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第四十話 クレアとシュノー Ⅷ

「すいません、ずっと握らせてしまって」


 シュナが手を離しながら謝罪をする。


「いいよ。暖房も解除するか?」

「私を覆っているこの温かい風のことですよね? ハル様さえよければこのままにして頂ければ嬉しいです。とても心地よいので……」

「そうか。ならそうしよう」


 暖房を起動した時に大きな反応があったが、どうやら心地よいと思ってくれていたらしい。


 氷魔法の使い手だが暖房が心地よいと思うというのはどういうことなのか。やはり魔力暴走が関係しているのだろうか。


 俺はシュナのベッドの隣で(ひざまず)いた姿勢だったので立ち上がり、あらためてシュナの様子を見る。


 最初は白い髪と暗い表情から幽霊のようにも見えたが、今は血色も良くなり微笑みの似合う年相応の貴族の少女という感じだ。


 と言っても非現実的なまでに美しいことには変わりなく、シュノーが天使や女神と呼んでいたのも納得だ。


 これからどうするか。とりあえずシュナは精神的にはかなり安定したが、対症療法に過ぎないので原因を知りたいところだ。


 俺のそんな心の内を察したのか、シュナが口を開く。


「気になりますよね。何故突然手を握ってほしいだなんて言ったのか。何故魔力暴走を起こしているのか。それに……お兄様から私を診てもらうように頼まれているのではないですか?」


 驚いたことに依頼の件も気づかれていたようだ。


 ここまで読まれていては誤魔化すよりは正直に言った方が良いだろう。


「実を言うとそうなんだ。俺は王都でよろず屋として働いているんだが、シュノーにシュナのことを救って欲しいと依頼があった。どうか気を悪くしないでほしい」

「いえ、以前にもいきなり人を連れて来ることが何度かありましたので、今回もそうだろうと思っていました。でも、こうして魔力暴走がおさまったのは初めてのことなのです。感謝しております」

「そうだったのか。言われてみればシュノーのことだからこれまでにも人を連れて来ていても不思議じゃないな……」

「お兄様は私のことになるとすごいので……その……感謝しているのですが……」


 そう言うシュナは困ったような顔をしているが、嫌悪しているようには見えない。


 その様子だけを見てもこれまでシュノーがどのような兄だったのかが窺い知れた。


 やはりシュナからすると優しいがちょっと困る兄という認識なのだろう。


「ああ……シュナのことが大好きみたいだな。実はそのことも話せればと思う、後でな」

「そうですね。まずは私の魔力暴走についてお話したいと思います。お兄様からは何かお聞きになりましたか?」


 そう言われてシュノーからの説明を思い出しながら答える。


「えっと、たしか家系的に魔力暴走を起こしやすいということと、体質や精神が関係しているということだったな」


 精神面が原因だとして調査をする予定だったことについては話さないでおく。それを持ち出してその方向に会話を誘導してしまうのも強く否定されるのも避けたかったからだ。まずはバイアスの無い状態でシュナの意見を聞きたい。


 シュナは俺の回答に少し間を置いて再び問う。


「……他には何も言っておりませんでしたか?」


 それはどういう意味なのか。


 何かを隠していると思われている?


 精神面が原因だと推測していたことについて話した方がいいか?


 思い出すようなふりをして少しの間考えてから答える。


「いや、特には無いな」

「……そうですか」


 少し間を置いてシュナは答えた。


 そして、更に少し間を置いて、真っ直ぐに真剣な目で俺を見つめて言葉を続ける。


「ハル様。今からお話することは私の、いえ、ヴィンター家の秘密を含みます。他言しないとお約束して頂けますか?」

「ああ。約束する」


 突然の秘密の共有の申し出に驚いたが、シュナの魔力暴走の核心に関わる話だと思い即答する。


「分かりました。それではお話します。

 私の魔力暴走は二年近く続いているのですが、元々はハル様も仰ったように家系的な体質の問題でした。

 それは、ヴィンター家では男よりも女の魔力が強いことに起因しています。このことは兄はまだ知りません。領主と女の子孫のみが知ることです。兄も領主を継ぐ際にこのことを知らされます。

 女である私は、次期領主である兄よりも魔力が強いことを知られるわけにはいきません。領主の地位の継承問題に発展するからです。

 このことは、子供の頃に父から聞かされました。それ以来、魔力を抑えて目立たないようにしてきました。

 ですが、それは体にとって負担だったようで、二年程前から少しずつ体調が悪くなり、周囲にも影響が出てしまうようになりました。

 家系的に魔力暴走を起こしやすいというのも、おそらくヴィンター家でも女は魔力暴走を起こしやすいのだと思います。それを父が兄に言葉を濁して伝えたのでしょう」

「そういうことだったのか……」


 なんてことだ。


 シュノーと俺の推理は間違いだらけだった。シュナの自覚する魔力暴走は二年も前から続いていて、精神面の問題ではなく家系と体質の問題であり、更に悪いことに体外だけでなく体内への影響も発生していたようだ。


 前提となるヴィンター家の女の秘密を知らなかったことで推理が根幹からずれてしまったのだ。


 そして、この秘密は継承問題になるから家の関係者は勿論シュノーに伝えることもできない。今までにシュノーが連れて来たという人々にも伝えることはできなかったのだろう。


 それほどの秘密を共有されたことに、その重さを感じると共に、疑問も浮かぶ。


 俺に話してよかったのか?


 言葉にはしないが、シュナが何を思ってそう決断したのかは知りたい。


 俺がそんなことを思っていると、シュナは視線を落として暗い表情で話を続ける。


「元々はそうしたことから始まった魔力暴走ですが……それでも、後で体調を崩すことを覚悟で我慢すれば抑え込むことはできました。

 でも……一年程前に、我慢しながら幼馴染の……人と話していた時に、突然抑えが効かなくなったように周囲に強い冷気が出てしまって、私を心配して触れたその人の手も……腕ごと凍ってしまいました。

 幸い、腕は動くようになりましたが、その……彼はウチに仕える騎士の子供で、将来は父親を継いで騎士になる筈が……利き腕に力が入らず、諦めてしまうことになりました。

 そのことがあってからずっと魔力暴走が抑えられなくなり、いつまた触れた人を凍らせてしまうか分からないので他人と話すことも無くなりました」


 そこまで聞いて、全てが繋がった。


 その子供とは仲が良かったのだろう。もしかしたら恋人だったのかもしれない。


 だが、自分が原因で将来を奪ってしまったのだ。


 トラウマとなるには十分な出来事だろう。


「ハル様が冷気を取り去ってくれた時には、その風の暖かさが心の中まで届くようでした。

 なので、この人ならと、縋るような気持ちで手を握って欲しいとお願いしました。ウチの家系以外では、もう誰にも触れることができないとまで思っていたので……」


 そんなことはないだろう、という言葉が出掛かったが、当初のシュナの状態を考えるとそれもなくはないのかもしれない。


 俺に秘密を共有した理由というのもそういうことなのだろう。


 しかし、ここまでの話から原因は分かったが、同時に解決するのは難しいとも思った。


 まずは家系と体質の問題。


 これについては、現状思いつくのは、一つは体の負担を無くすこと、つまり魔力を抑えずに済むように放出させること。もう一つは俺がサポートして常に暖房の空気を纏わせること。


 前者には周囲にバレずにどうやってやるかという問題があり、後者には俺が必要だという問題がある。


 次に精神面の、つまりトラウマの問題。


 俺以外の人にも触れることができるようにしなければならないが、良い案は浮かばない。慣れるしかないように思う。


 ちょっと考え込んでしまったので慌てて返事をする。


「俺の手でよければいくらでもあげるよ」

「え!?」

「あ、すまない。ちょっと考えてたんだ。どうすればシュナの体が良くなって、精神の方も、その、辛い過去を乗り越えられるかと思ってな」

「あ……はい」

「一つ、まず真っ先にやってみたほうがいいと思うことがあるんだが、この城から出ることは可能か?」

「えっと、はい。それは構いません。従者に一言言えば許可を取れると思います」

「そうか。ならちょっと遠くまで飛んで、その溜まった魔力を一度思いっきり解放してみたほうがいいと思ったんだが、どうだ?」


 俺がそう言うと、シュナは唖然としたような顔になる。


 そして、少し間が空いてから口を開く。


「すいません……魔力を解放するというのは考えたことも無かったので……。そうしたいのは山々ですが、その、付近だと知られてしまうのでかなり遠くまで飛ばないといけませんが、可能なのでしょうか?」

「それは問題無い。今日も王都からクレアの村に飛んで、それから飛んで来たんだ」

「そう言えばお兄様がそのように言っていた気がしますが……」


 シュナはまだ信じられないような顔をしている。


 こればかりは実演するしかないだろう。


「大丈夫だ。風魔法なら得意なんだ」

「分かりました。では、どうぞよろしくお願いします」

「わかった。じゃあそうするとして、一旦シュノーの部屋に行ってもいいか? クレアに看病をしてもらっているがちょっと様子を見ておきたくてな」

「そうですね。私も気になっておりましたので。向かいましょう」


 そう言ってシュナはベッドの横に足を着く。


 それで気付いたが、寝巻だ。


「あ……先に着替えますね」

「そうだな。じゃあ先にシュノーの部屋に行ってるよ」

「わかりました。それでは、後ほど」


 シュナの体を包む暖房を解除して、先にシュノーの部屋へと向かう。


「待って……ください」


 ――と思ったのだが、呼び止められた。


「その……やっぱり暖房をつけたままにしてほしくて……少しでも消えるとまた心の中まで冷たくなっていきそうで……」

「わかった。じゃあここで着替えを待ってるよ」

「すいません……」

「いいよ」


 シュナを見ないように窓の外へ目を向ける。


 空はまだ青いが、もう昼は過ぎている。


 朝にアレスカーナを出発して、クレアの村の件を解決して、今は午後二時前くらいだろうか。少しお腹も減ってきた。


 ……シュナは、当分の間は暖房を外さないほうがいいかもしれない。


 あの様子だと暖房を解除した途端に前の状態に戻ってしまいそうだ。


 でも、そうなるとずっと一緒にいなければならない。


 少なくとも数日は寝食を共にすることを覚悟しよう。


 数日もしたら帰る頃にはトレーネは家のことをたくさん進めてるんだろうな。


 そんなことをぼんやりと考えていると、シュナから声がかかった。


「ハル様。準備ができました」


 その声に振り向くと、貴族の衣装を身に着けて更に美しさが増したシュナがいた。


 恋愛感情が分からない俺でさえその美しさに圧倒されるのだから、普通の男は魅了されてしまうのではないだろうか。


「お待たせいたしました。それでは、行きましょうか」

「ああ」


 衣装が変わったからか、その微笑みも貴族らしい華やかさを纏ったように思える。


 表情が良いことに安堵を覚えながら、シュノーの部屋へと向かった。

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