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第三十七話 クレアとシュノー Ⅴ

「と、とりあえずベッドに置いときましょう」

「あ、ああ」


 放心状態だった俺はクレアに言われるがままに氷の塊になったシュノーを二人で持ってベッドの上に置いた。


 その氷漬けの顔は絶望に染まっていて、先程までの冷徹なキリッとした顔は見る影も無い。


「まさかこれほどのシスコンだったなんてね……」


 クレアはアレスカーナでシュノーと騒動を起こした時にもシスコンと罵っていた。その時は冗談まじりの悪態だと思っていたのだが、どうやら想像以上のシスコンだったようだ。


 急すぎる事態に天を仰ぐ。


 数々の言動からシュナに対する愛情が家族愛と呼べるレベルを超えているとは思っていたが……。


 俺には恋愛感情を理解することはできないが、家族愛は分かる。あの大切に思う感情、守りたいと思う感情がそうだ。


 だが、シスコンは家族愛でも恋愛でもない。俺の理解を超えている。


 クレアの反応から察するにクレアにも理解できないものなのだろう。


 妹より兄の方が深刻かもしれない。依頼はシュナの問題の解決だったが、シュノーの方も何とかしたほうが良い気がする。


「クレア。シュノーも何とかしたほうがいいと思うんだが……」

「そうね。このままじゃシュナちゃんが独り立ちできなくなるわ。もしかしてシュナちゃんの件もシュノーのシスコンが問題だったんじゃないの?」

「ありえるな……。いずれにしてもシュナの為にもシュノーのシスコンは治した方がいいだろう。だが、シスコンなんてどうすれば治るんだろうな?」

「うーん。わたしに言われても……。でも、好きな人でもできれば治るんじゃない?」

「なるほど。シュナ以上に愛情を注げる人ができればシュナへの執着も薄れるということか。しかしあの様子だと見つけるのは大変かもしれないな……」

「そうね……」

「かと言って他には……いや、逆に……でも……」

「何かあるの?」

「あー、まあ、あるにはあるんだが、危険かもしれない」

「聞かせて」

「えーと……」


 思いつくには思いついたが、シュノーが壊れてしまうかもしれない。


 そして、なんとなくクレアは全力で乗りそうで、言うべきか悩む。


 少しの間考えて、伝えることにした。


「シュナからシュノーに自立を促す、ということなんだが、場合によっては拒絶も必要になるかもしれない」

「それよ!」


 クレアは唯一の答えを見つけたかのように表情を明るくして俺をビシッと指差す。


「だが、恋をしている可能性という話だけであんな調子だ。シュナに拒絶されることになれば巨大な氷山になるかもしれない」

「場所を気をつける必要があるわね」

「そうじゃない。魔力暴走が体内に影響を与えることもあるんだろ? 危ないかもしれないんだ」

「それはそうだけど、遅かれ早かれどうにかしなきゃいけないことでしょ? シュノーが危ないからってシュナちゃんが独り立ちできないのはダメなんじゃないかな」


 それはその通りだ。遅かれ早かれ、ではあるが、遅ければ遅いほどシュナへの影響が長引く可能性がある。


 それに、シュノーも領主として跡を継ぐのだから、いずれ自身も家庭を築いて子供に跡を継がせようという意思はある筈だ。


 家庭を築くのだから愛する人を見つけなければ――。


 いや、愛のない家庭もある。それもこの世界の貴族ならば普通にあり得そうだ。


 まさか、シュノーはシスコンのまま家庭を築くつもりだったのか……?


 もしそうだとしたらシュナにとっても、シュノーがやがて築く家庭にとっても不幸なことになりかねない。


 やはり多少のリスクを覚悟してもシスコンは治したほうがいい。


「そうだな。その通りだ」

「でしょ? じゃあシュノーはシュナちゃんから自立を促す、決まりね!」

「わかった。シュノーはそうするとして、肝心なシュナの方だな」

「そうね。えっと、どんな話をしてたんだっけ? そうそう、アラインちゃんはその男の子と上手くいったの?」

「ん? ああ、見張りをしてその少年を見つけ出せたから、アラインと直接話をさせたら解決したんだ。色々な不幸な偶然が重なって誤解をしてしまったようだ」

「ふーん。そうなんだ。よかった」

「この件から考えるに人間関係が精神に与える影響は大きい。だからシュナの人間関係を調べることから始めよう、ということをシュノーに提案したかったんだ」

「そういうことね。でもこれじゃシュノーの力は借りられないけど、どうするの?」


 クレアの言葉にあらためてシュノーを見る。


 ベッドの上のシュノーは氷漬けになっていて会話をすることは不可能だ。


「そうだな。本当なら関係者への報告が先だと思うんだが、逆にこの状況を活かしてシュナとの会話のきっかけにしたい」


 城に入ってから今まで、シュノーの従者にもシュナの従者にも遭遇していない。だが、辺境伯の子供なら従者もいる筈だ。


 予想ではシュノーの従者は王都のままで、シュナの従者は城のどこかで待機しているのだと思う。既に見張り等からシュノーの来訪が伝わっていて兄妹の会話に水を差さないように控えたのかもしれない。


 シュナと会話する場合、シュノーがいないならシュナの従者を通すのが正しいのだと思うが、それだとまず報告の内容を精査された上で家全体、少なくとも両親には問題が共有されるだろう。


 そうなれば上手く話が進んで辺境伯を味方につけたとしてもシュナとの間に壁が生まれてしまう。


 シュナと直接会話をするなら従者が部屋の前にもいなかった今がチャンスだ。


「俺がシュノーが氷漬けになってしまったことを相談するという(てい)でシュナと会話を試みる。その間、クレアは看病という体でシュノーの側にいて、もし誰かが来たら事情の説明をする。ということでどうだ?」

「別にいいけど、それで上手くいくかな?」

「どうなるかは分からない。シュナとの会話次第でどのようにも転ぶし、クレアの方も看病をしている最中に予期しない人が来るかも知れない。だが、最優先はシュナの問題を解決することだ。その為に心を開いてもらう必要がある。そしてシュナの問題が解決したらシュノーだ。状況が変わってもそれを心に留めて行動しよう」

「そうね! わかったわ!」

「じゃあそんな感じで頼む。俺は早速シュナの部屋に行ってくる」

「わたしはこれの看病ね!」


 クレアは部屋から適当な椅子を持ってきてベッドの隣に座る。


 俺は氷漬けのシュノーとクレアを残してシュナの部屋へと向かった。

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