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第三十六話 クレアとシュノー Ⅳ

 シュノーの後に続いてシュナのいるベッドの横に立っても、その非現実感が薄れることは無い。


 特にその白い髪がそうさせているのだろう。それ自体はシュノーも同じなのだが、部屋の冷気も相まって神秘的な雰囲気を漂わせている。


 また、塞ぎ込んでいるという話の通り、その表情は暗く視線は自身の手元に落ちたままだ。それも人によっては神秘的に見えそうだ。個人的には幽霊のようにも見える。


「……おかえりなさい、お兄様」

「ただいま、シュナ」


 シュナの小さな声に返したシュノーはこれまでの冷徹な姿からは想像できないような優しい顔と声色をしていた。


 猫撫で声というわけではないが、妹への愛で溢れていることが周囲にダダ漏れといった様子だ。


 俺はそんなシュノーの変貌ぶりに目を剥く。隣を見るとクレアの目も飛び出さんばかりに開かれている。


「今日は知り合いにも来てもらったんだ。こちらはハル。卓越した風魔法の使い手で空を飛ぶこともできる。人や物を運ぶことも可能で、今日はハルに連れてきてもらった」

「ハルだ。よろしく」


 シュノーに紹介される形で挨拶をするが、視線が合うことも無い。


 シュナは下を向いたまま、小さくお辞儀をした。


「こちらはクレア。名前で気づいたかもしれないがボッシュのリーダーのクレアだ。説明は不要だろう」

「クレアよ! よろしくね!」


 クレアの挨拶にも反応は同じだ。


 シュノーは俺達の紹介を終えると一歩シュナの方へ進んで今度はシュナ側から話す形になる。


「そして、こちらが妹のシュナだ」

「……初めまして。シュナと申します。お会いできて光栄です」


 シュナと一瞬目が合うが、すぐに視線は伏せられる。


 シュノーはそんな妹の様子を見ると膝を曲げてシュナの目線に合わせる。


「体の方は大丈夫か?」

「……はい」

「そうか。何かあったら遠慮無く言ってくれ。もし家族に話しにくいことならハルやクレアが聞いてくれる筈だ。二人はしばらくの間ここにいるから、友達と思って話していい」


 その言葉にシュナの手が僅かに握られた。


 シュナは言葉を返すことなく、小さく頷いた。


 そんな妹に優しい表情をしながら小さく頷くと、シュノーは立ち上がる。


「では、二人に街を案内してくる」


 俺達は視線が合うと小さく頷き、三人して部屋の外へ歩いていった。


 部屋を出て少し歩いて、また別の部屋に入る。


 今回はノックも無い。


「私の部屋だ」


 部屋に入ると、シュナと話していた時とはまるで別人の顔と声色でシュノーがそう言った。


「アンタ……噂には聞いてたけど本当にすごいわね……」

「わかっている。我が妹ながらあの美しさには神々しさを感じる程だ」


 クレアは何かを言いたげに口を開いたが、言葉を発することなく閉じた。


 俺はクレアがシュノーにシスコンと言っていたことからそのことだろうと察したが、クレアのスタンスを踏襲してあえて触れないことにした。


「早速だが君達の意見を聞きたい。シュナが塞ぎ込んでしまった原因について、先程の会話から何か気づいたことはあっただろうか」

「んー。まず気になったのはあの部屋の冷気ね。常にあんな状態なの?」

「一年程前からあの状態だ。それまではあのように冷気が常時漏れていることは無かった。ただ、家系的に魔力暴走が起こりやすいと聞いていたのでそこまで気にすることはなかったのだ」

「でも一年は長すぎるでしょ」

「そうだな。ちょうどその頃から口数も少なくなった。それまでは天使のようだったが、女神のようになった」

「すまない。魔力暴走というのはどういうものなんだ?」


 俺がそう質問をすると二人とも意外そうな顔でこちらを見る。


「知らないのか……? 体内の魔力が制御できなくなることだ。それによって起こることは様々あるが、大きく分ければ体内と体外の両方またはいずれかへの影響になる。シュナの場合にはそれが体外への影響として周囲に冷気が出てしまっているのだ」

「なるほど。それは大変だな……。原因は何なんだ?」

「原因としては体質や精神が不安定な時になると言われている」

「シュナちゃんの場合は両方よね」

「その可能性は高いが確定しているわけではない。だが、精神面が原因であることを想定してその解決に臨んで欲しい」

「わかった」


 つまりはアラインの時と同様、塞ぎ込んでしまった原因が人間関係にあると考えて問題を調べる必要がある。


 普段接している人々に対して心を開くことができず、解決に繋がらないこともあるのはアラインの件で学んだ。


 そこに俺のような外部の人間が入って上手く悩みを聞き出すことができれば解決に導ける可能性がある。シュノーが期待しているのはそういうことだろう。


 アラインの件では、アラインが当初全く取り合ってくれなかった為、聞き込みや見張りの末に原因となっていた少年を見つけ出し直接本人と会話させることで解決した。


 今回の場合、シュナは会話には応じてくれそうなのでその点では楽なようにも思えるが、逆に俺次第とも言える。


 ひとまず、原因が人間関係にあるという前提について、心当たりが無いかを含めてシュノーの意見を聞いてみよう。


「シュノー。シュノーはアラインの件を聞いて俺に助けを求めに来たということだったが、具体的にアラインがなぜ塞ぎ込んでしまって、いかに解決したかというのは知っているのか?」

「いや。私が知っているのはハルが辛抱強く尽力したおかげで塞ぎ込んでしまった貴族の少女を救ったということだけだ」

「ん……? つまり、具体的なことについては知らないのか?」

「詳細については聞き及んでいない。だが、もし可能ならば参考に聞かせてもらえると助かる。顧客の個人的な事情もあるだろうが、他言しないことは約束する。クレアも、いいな?」

「もちろんよ」


 ……アラインの件をどこまで話すか。


 まさかシュノーが全く知らなかったとは思わなかった。


 俺に求められていた役割は人間関係の調査と解決ではなく、より漠然とした精神面の問題解決だったというわけか。


 だが、人間関係が精神面に影響を与えている可能性があるという前提を共有しなければ、解決に向けて進めるのは難しいだろう。


 その線で解決の糸口を探す為にも、シュナの人間関係についての情報が必要になるからだ。


「じゃあ話すが、アラインの個人的な話も含まれるから秘密で頼む」

「了解した」

「わかったわ」


 二人が秘密を誓ったことを確認して、あの事件のことを話し出す。


「一言で言えば、原因は人間関係にあった。アラインは両親により貴族にも平民にも分け隔てなく接するように教育され、その通りに誰からも愛される少女に成長した。しかし、ある時偶然に貴族と平民は結ばれないという話を耳にした。それは密かに平民の少年に恋をしていたアラインにとって耐え難いもので――シュノー!?大丈夫か?」


 シュノ―が目眩を起こしたのか、突然体勢を崩して壁に寄りかかった。


 呼吸は荒く、その顔はみるみるうちに青ざめていく。


「……まさか、ハル……君は……シュナが恋をしているとでも言いたいのか……?」

「ん……? それも可能性の一つだが、あり得るだろう……?」


 俺がそう言った途端、シュノーの全身が氷に包まれて床にゴロッと転がった。


「「え!?」」


 思わずクレアと声が重なった。


 何が起こっているのか分からない。


 まさかの事態に俺もその場で硬直してしまった。

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