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第三十五話 クレアとシュノー Ⅲ

 シュノーの案内に従ってやってきたヴィンター辺境伯領の丘上都市は、まるで天空の街だった。


 長く続く山脈に多くの建物が立ち並び、その脇には山の傾斜を利用した水路が続いている。


 所々に人工的に作られたと思われる小さな溜池もあり、そこをプールのようにして遊ぶ人だかりができている。


 少し下った山の中腹は広い草原になっていて家畜を放し飼いにしているようだ。


 街の中のとりわけ大きく切り開かれた場所には大きな城と庭も見える。あれが領主の城であり、シュノーの実家なのだろう。


 かなり標高が高い筈だが、街を行き交う人の数は多く、とても賑わっている様子だ。


「初めて来たけど、綺麗な場所ね!」

「本当だな。こんなに綺麗な街は初めて見るよ」

「ヴィンター家では代々この景観を大切にしているんだ。そう言ってくれると嬉しい。私もいずれ長男として父の跡を継ぐが、この美しい領地を守っていきたいと思っている」


 シュノーの言葉からは故郷に対する誇りと愛を感じる。


 辺境伯と言えば国境を守る役割を持った貴族だ。西の隣国との関係は知らないが、何世代にもわたってこの地を守り続けたということからも経済的にも戦力的にも相当の実力者であることが窺える。


「親が辺境伯だっていうのは知ってたけど、冒険者をやってるから跡を継ぐ気は無いのかと思ってたわ」

「冒険者は元々、己の研鑽と知見を広げることを目的に始めたのだ。辺境の領主として強くあらねばならないからな」

「そうだったのか。それで三大冒険者パーティと呼ばれるまでになるのはすごいな」

「それは仲間達の実力もあるし、先祖代々の氷魔法によるものも大きい。私一人で成し遂げたものではない」

「それでもすごいと思うわ。魔法使いばかりのパーティをよくまとめあげてるわよね。全部アンタが指示を出してんでしょ?」

「そうだ」

「指示って、例えば戦闘中にどんな魔法を使うかみたいなことか?それを全員分?」

「そうだ。無論、私が戦闘に参加できない状況では副リーダーが担当するが」


 それって、とんでもなく難易度が高そうなんだが……。


 でも、考えてみれば最初から役割分担ができているミーレのようなバランスの良いパーティと違って、人数も多いし魔法使いばかりとなると司令官的な役割は必要だろう。


 実際の戦闘を経験したことは無いが、シュノーが傑物であることは想像に容易い。シュタークやクレアは精神的な柱としてのリーダーという側面が大きいように思うが、シュノ―は戦術家としてその役割を担っているのだと思う。


「それにしてもハルの魔法は便利だな。山の登り下りはこの領地の唯一の欠点とも言えるものだ。それを一直線で進めるのだから、その魔法の需要は計り知れない。まだミーレには正式に所属していないのだろう?シーメンスで魔法の腕を磨いてみてはどうだ?」

「ちょっと! ウチに誘うつもりだったんだけど!」

「いや、ハハ、考えておくよ。お、近づいてきたな!」


 まさか二人からも誘われるとは思っていなかったので少し強引に話を逸らした。


 シュノーの実家の城は遠目からでも大きかったが、近づくとより大きく見える。王都のものと遜色ないほどの大きさだ。


「そのまま庭に降りていい。何かあれば私が対処する」

「わかった」


 シュノーの言葉に従って城に近づいていくと、右肩からシュノ―の右手が伸びる。


 直後、視界の一点が氷に包まれる。


 俺はいきなりの事態に驚愕しながら問う。


「何だ!?」

「見張りが鐘を鳴らそうとしたので凍らせた。気にしなくていい」


 突如巨大な氷と化した場所をよく見ると、屋根ごと凍った鐘の下で見張りの男が慌ててこちらに頭を下げている。


 まだそこそこ距離があるが、あんな位置まで凍らせることができるのか。シュノ―には驚かされてばかりだ。


 同時に、三大冒険者パーティのレベルを相手にすると見張りが機能しないということだ。フリューでも似たようなことは可能だろう。知れば知るほど敵に回したくない連中だ。


 無事に見張りも排除されたので、そのままゆっくりと庭に降りていく。


 門衛や衛兵が寄ってくるがそれぞれの前に氷の壁が生まれて足を止める。みんな氷魔法を見るとシュノーの存在に気づくようだ。


 そうして降りた庭からは遠くまでずっと見渡せる光景が広がっていた。


 俺は空を飛ぶことができるから見晴らしの良い景色には慣れているが、そうでない人々にとっては紛れもなく人生でも有数の絶景だろう。


 飛行中に自分達を覆っていた空気の層を解除すると、標高が高いだけあって夏にも関わらず涼しい。やけに人が多いと思ったが、観光に訪れる人も多いのかもしれない。


「ハル。クレア。こっちだ」


 俺とクレアは周りをキョロキョロとしていたが、シュノーに促されて城の中へと入っていった。


 城の中の雰囲気も王都のものとは異なるものだった。王城が歴史を感じる重厚な雰囲気を感じたのに対して、こちらでは随所の意匠から華やかさを感じる。


 シュノ―に案内されるまま城の階段を四階まで上り、ある部屋の前で足を止める。


 そしてその部屋の前でゆっくりとこちらを振り向いたシュノ―は俺とクレアの二人だけに聞こえるようにヒソヒソ声で話す。


「ここがシュナの部屋だ。ハル。あらかじめ伝えておくが、シュナは客観的に見て世界一美しいがまだ15歳だ。決して(よこしま)な感情を抱かないように注意してほしい」

「それなら安心して欲しい。俺は相手が誰であろうとそんな感情を抱くことは無い」

「そうか。それならばいい。どうか妹を救って欲しい」

「できる限りのことをすると約束する」

「ありがとう。頼んだ」


 そう言ってシュノーは軽く頭を下げると、部屋の扉に向き直ってノックをする。


「……はい」

「シュノーだ。入ってもいいか?」

「……構いません」


 その言葉を聞いてシュノーは再度こちらに向き直り、確認するように頷き合うと扉を開けた。


 扉の先の床上はまるでドライアイスの煙のように白い冷気で満たされていた。


 その白い冷気が足元へ漂ってくる中、視線を上げてベッドの上で体を起こしている者へ目を向ける。


 その少女はまるで絵画のように非現実的なまでに美しかった。

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