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第三十四話 クレアとシュノ― Ⅱ

 シュノー・ヴィンター――パーティ人数が十人にもなる最大にして最強の魔法使い集団シーメンスのリーダー。クールン王国の西端を形成するホフ山脈の丘上都市ヴィンター辺境伯領領主の長男であり、王国随一の氷魔法の使い手でもある。少し前から妹のシュナが塞ぎ込んでしまい、同じく塞ぎ込んでいたが元気を取り戻したアラインの噂を聞いてハルに助けを求めに来た。


 クレア・フォーゲル――四人中三人が戦士で一人が僧侶という物理攻撃特化型パーティ、ボッシュのリーダー。17歳にして剣の技術はシュタークと並ぶ実力の持ち主。故郷の農村が干ばつにより作物が育たず井戸も枯れる寸前だと知らされ、飛行しながら輸送もできるというハルの噂を聞いて一刻も早く水を運んでもらうべく助けを求めに来た。


 庭での騒動の後、二人から簡単な自己紹介と依頼内容を伺ったが、優先順位は明らかだった。


 シュノーもクレアの話を聞くとそれを察したような顔になる。


「シュノー。クレアの依頼の方が緊急性が高い。先に彼女の故郷へ水を運ぼうと思うが構わないか?」

「仕方無い。だが、噂が真実なら空を飛べるのだろう? 私も連れて行って欲しい」

「なんでアンタも来んのよ」

「無論、そのまま妹のもとへ直行する為だ」


 それを聞いたクレアは肩を(すく)めてこちらに視線を向ける。俺が決めろということだろう。


 クレアはシュノーが同行することにあまり乗り気じゃないようだ。この二人はどうも犬猿の仲というか性格的に相性が悪いのかもしれない。


 だが、クレアの件でもシュノーの氷魔法が役に立つのは間違いない。


「クレア。水を運ぶという話だったが、村の全員分の水を運ぶには大きな入れ物も必要だろうし俺も運べるか分からない。シュノーの氷魔法でいいんじゃないか?」

「それもそうね! じゃあ一緒に来て!」

「君に言われずとも行く。いいな、ハル?」

「ああ」


 同行の許可を確認すると二人はさっさと家の外へ出ていった。


 まだ報酬の話もしていなかったのだが、まあ三大冒険者パーティの連中だし後で決めてもいいだろう。


 ベリービッヒにまた数日程外出する可能性があることを告げると、笑いながら「どこにでも行ってこい」と返された。


 玄関を出ると待っていた二人に声をかける。


「じゃあ行こうか。シュノー。背中に乗ってもらう形になるから、腰に掴まってくれ」

「了解した。……これでいいか?」

「そんな感じだ。じゃあ飛ぶぞ」


 そう言って飛行用の風魔法を起動し、いつものように宙に浮く。


「これが噂の風魔法のみの飛行か……! なんという精密な制御だ……」

「実際に見るととんでもないわね……」


 二人とも俺の風魔法に驚愕している。


 色々と経て理解してきたが、この風魔法はたしかに驚かれるが仮に実戦をしたら彼らの方が遥かに強いだろう。シャイセ公爵の件ではフリューはもちろんラッテ相手でも勝てる気がしなかった。


 それは経験の差が大きいと思うが、戦闘の用途に絞って技術や威力を高めてきた者はやはり何か凄みのようなものがある。その頂点にある三大冒険者パーティだからというのもあると思うが。


 とにかく、ちょっと褒められたからと言って調子に乗っていいようなものではないのだ。


 俺に続いてクレアも宙に浮く。


 前にクライネから教えてもらったが、クレアの飛行魔法は風魔法のみで浮く俺と違って重力魔法との合わせ技だ。実際に見てみるとかなり違うことが分かる。


「クレアの飛行魔法はやっぱり省エネというか風量が俺よりずっと少ないんだな」

「わたしにとってはそれが普通なんだけど……ていうかそんな風量でそこまで自在に制御できるのが凄いというかおかしいというか……」

「クレアの言う通りだ。そんな複雑で精密な制御をどうやって習得したのだ?」

「あー、まあいずれ教えるよ」


 疑惑の目を向けている二人から視線を逸らす。


 三大冒険者パーティの連中に対しては誤魔化しは効かないということも学んだ。嘘をつくよりは教えられないというスタンスの方が流しやすい。


「まあ別にいいけど。急ぎたいんだけど、どのくらいスピードあげられるの?」

「まだ全力を出したことはないんだ。とりあえず後についていくよ」

「ふーん、わかった。じゃあ行くわ! ついてきて!」


 そう言うとクレアは一気に加速する。


 速い!


 俺も風量を一気に上げて後を追うように加速する。


 十秒程かかったがようやく追いついた。


「速いな!」

「アンタもね! まだいける!?」

「ああ!」


 俺の返事を聞くとクレアは更に加速した。


 今度は難なく追いつく。


 それを見たクレアは驚いた顔をする。


「嘘!?」

「まだいけるぞ! どうする!?」

「わたしは無理! 速すぎ!」


 どうやらこれがクレアの最高速らしい。思ったほど速くはない。


「おそらく、重力魔法によって抵抗が低い分、初速はクレアの方に分があるのだろう。ハルの方が風速があるから最高速度はハルの方が上ということだ」


 シュノーの説明に納得する。


 あの初速は俺にとっては驚異的なものだった。いきなり風速に近い速度で飛べたなら戦闘では役に立つだろうな。それがクレアの強みになっているのかもしれない。


「もし急ぐなら掴まってくれればもっとスピードが出せるぞ!」

「じゃあお願い!」


 クレアがシュノーの背中に乗ったことを確認すると、更に速度を上げていく。


 以前出した最高速を超えて、どこまでも速度を上げていく。


 山も川も畑も村も一瞬で通り過ぎていく。


「ストーーーップ!!!」


 クレアの声に一気に逆風を起こして速度を落としていく。


 最後に見えた村がクレアの故郷だったらしい。


「は、はやすぎ……少し通り過ぎちゃったわ……」

「なんだ今のは……私は一体何を見た……」


 二人ともかなり驚いているようだ。


 俺自身、今みたいなスピードは出したことが無かったので肝が冷えた。


 一応、衝撃波の対策に前方の空気をあらかじめ切り開くようにした上で、自分達を包むように空気の層をつくって直接空気が当たらないようにしてみたが、上手く行ってよかった。


 というか、もし鳥みたいな魔物が前を飛んでたら正面衝突してたんじゃ……?


 ……本当に上手く行ってよかった。


 顔を引き攣らせながら通り過ぎた村へ向かって降りていく。


 上空から見ると田舎の農村という感じで、干ばつの被害を物語るように夏にも関わらず緑が少ない。


 そして、外には誰も歩いていない。


「想像以上に深刻そうだな」


 シュノーの言葉にクレアの返事は無い。言葉を失っているのかもしれない。


 直後にクレアがシュノーの背中から離れて飛んでいったので、後を追う。


 クレアは村の中の小さな家の前に降りると、そのまま中に入っていった。


 俺もその家の前に降り、シュノーと頷き合うと中に入る。


 中には父親と母親と見られる二人の大人と一人の少年が横になっていて、もう一人の少年がクレアと抱き合っていた。


 クレアは抱擁を解くと四人に向かって言う。


「もう大丈夫よ! 助けを呼んできたから! ハル。シュノー。わたしの家族よ」


 そう言って俺とシュノーに視線を向ける。


「シュノー。急いだ方がよさそうだ」

「わかっている」


 シュノーは早速氷魔法を起動し、飴みたいな小さな氷をいくつも手の上に生成してクレアに渡す。


「ひとまずこれを」

「ありがとう」


 クレアはそれを家族の口に入れていく。


 横になっていた両親や弟が体を起こす。


「すまないクレア……お二人もありがとう……」

「まだ寝てていいから。ゆっくりね」


 クレアの両親は相当水を我慢していたのか、唇も乾燥しているしかなりやつれている。おそらく、子供達に優先して水を与えていたのだろう。


 これが村全体で起きているとなると、事態は深刻そうだ。


「井戸の問題を先に解決した方がよさそうだな」


 シュノーも同じことに思い至ったようだ。


「そうね。井戸の場所を案内するわ。ちょっと待ってて」


 クレアはシュノーが生成した氷の粒を台所から持ってきたお椀に入れると、それをまだ動ける方の弟に渡す。


「シュパーツ。これをみんなで舐めてて」

「わかった。ありがとう姉ちゃん。二人もありがとう」


 シュパーツと呼ばれた弟はそう言って礼をした。クレアからは明朗快活な印象を受けたが、弟の方は大人しそうだ。


 クレアに案内されて向かった井戸は、中を覗くと既に枯れてしまっていた。


 どおりで外に誰もいなかったわけだ。もう家の中でじっと助けを待つしかなかったのだろう。


 シュノーは状況を確認すると井戸に手をかざし――。


 その手を下げた。


「もっと良い方法が無いか考えた方がいいな。今は氷よりも水が、それも至急必要だ」

「そうだな。一応聞くが、水は出せないのか?」

「無理だ。私の家系は代々氷魔法に特化している」

「そうか……。何か手っ取り早く水を生む方法は……」

「アンタ達の魔法を組み合わせて雨を降らすことってできないの?」


 クレアの言葉にシュノーと顔を見合わせて、雲一つ無い青空を眺める。


「できると思うか、ハル?」

「やってみないと分からないが、できるかもしれない。氷魔法というのは空気を冷やすことはできるのか?」

「可能だ。氷魔法では氷を生成することと対象を冷やして凍らせることの二つができる。後者の対象を空気にすればいい」

「なるほど。それならその冷えた空気を上空から風で広範囲に広げれば雲をつくることができるかもしれない」

「雲をつくる……か。おもしろい」


 シュノーの顔が挑戦的なものになる。


 初めての試みだが、原理的には正しい筈だ。


「じゃあ早速やってみよう。掴まってくれ」

「了解した」


 シュノーが掴まったことを確認すると、上空高くへ上がっていく。


 途中から空気が薄く、寒くなってきたので自分達を包む空気を周囲から寄せ集めて更に暖房モードにする。


「そんなことまでできるのか。本当に自由自在だな」

「ああ。得意なんだ。それじゃそろそろ始めるけどいいか?」

「了解した。私が手をかざした先を冷やす。白くなるから分かるはずだ」


 そう言ってシュノーは俺の右肩の上から手を伸ばす。


 その右手の1.5mくらい先で1m四方くらいの空間がドライアイスで囲まれたかのように空気が白く染まる。


 俺もその白い空間に向けて手を伸ばし、サーキュレーターのように風を真っ直ぐに放つ。


 すると、ずっと先まで白い空気が生まれていき、一直線の雲のようになった。


 成功だ。


 干ばつで空気も乾燥しているから出来ないかもと思ったが、思った以上に水蒸気はあるらしい。


「いけそうだな!」

「さすがだな」

「シュノーもな! じゃあ回転しながらどんどん層を厚くしていくぞ!」

「了解だ」


 俺とシュノーはサーキュレーターのように水平に回転して円形に雲を発生させていく。


 更に垂直に位置をずらしながら何層もその円形の雲を重ねていく。


 五周する頃にはかなり雲感が出てきた。下を見ると円形の大きな影がすっぽりと村やその周辺を囲んでいる。米粒のような小ささなのでよく見えないが、村人達が動いているように見える。


 どのくらい厚くすれば雨は降るだろうか。降り過ぎても洪水になる。いや、降り過ぎたら暖房と除湿で雲を消せばいいのか。ならどんどんつくっていこう。


 そして十六周目、かなりがっつり分厚くなった雲は、ついに雨を降らせ始めた。


 思わず笑みがこぼれる。


「よっしゃ!」

「フッ」


 表情は確認できないが、シュノーも嬉しそうなのが分かる。


 少し高度を下げて周りの様子を確認するが、雷や竜巻といったものも発生していない。


「大丈夫そうだな! じゃあ降りるぞ!」

「了解した」


 無事に雨降らしに成功したことを確認して、そのまま高度を下げていく。


 村の様子が分かるくらいまで下がると、人々が家から出てこちらを見ながら万歳をしている。


 更に下がるに従ってその声が聞こえてくる。


「うおおおおおおおおお」

「ありがとおおおおおおおおおお」


 大雨の中、かなり熱狂的に叫んでいる。


 地面の方は既にちらほらと水たまりが見えるが、洪水になりそうには思えない。こちらも大丈夫そうだ。


 上手く行った。


 俺も嬉しくなって右手をあげて声に応える。


 すると、人々の声がまた一段と大きくなった。


 そんな村の中から一人が上空の俺達に近づいてくる。


 クレアだ。


「二人ともありがとう! すごい助かった!」

「これで大丈夫そうか?」

「これだけ降れば井戸は大丈夫だと思う! 農作物も多分大丈夫! あんなでっかい雲よくつくれたわね!」


 言われて上を見ると、思ったよりずっと巨大な、どこまでも続いていそうな雲があった。


「あれをつくったのか……私達が……」

「ああ……思ったよりだいぶ大きいな……」

「すごかったわよ! 天変地異が起こってるみたいだったわ! 一直線にバーーーっと雲をつくったと思ったらぐるーーーって空を覆って、どんどん雨雲になっていくし、みんなが熱狂するのも当然ね!」


 下からは人々が絶えず歓声をあげている。そう聞くと自分のしたことながらこの熱狂にも納得がいった。


「でも下に降りたら多分今日はずっとお祭りになっちゃうわ。だからさっさとアンタの妹のところに行きましょ!」

「では遠慮無くそうさせてもらおう。ハル、行こう」

「わかった。クレア、また掴まってくれ」

「えっと……こうね!」

「ではハル、ひとまず私の指差す方角へ飛んでくれ」

「わかった! じゃあ行くぞ!」


 そうしてクレアの故郷に雨を降らして早々に、シュノーの妹のもとへと向かった。


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