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第三十三話 クレアとシュノー Ⅰ

 旧シャイセ公爵領の臨時代理領主と行政官一名を王都から輸送し、フリューを王都に送った俺は、ほとんど不眠不休で動き続けたこともあって爆睡した。


 そして、玄関のドアをノックする音に目が覚めたのがほんのつい先程。


 ドアを開けるとトレーネがいた。


「おはようございます。ハルさん」

「お、おはよう……?」


 トレーネは朗らかな笑みを浮かべて立っている。


 なぜトレーネがいるのか分からず、何か約束をしただろうかとぼんやりした頭で考えるが思い当たらない。


「えっと……どうした?」

「はい。実はハルさんさえよければ身の回りのお世話をさせて頂ければと思いまして、伺わせて頂きました」

「身の回り……家事をしてくれるということか?」

「はい。家事全般は習得しておりますので、食事の準備も可能でございます」

「それはありがたいが……」


 頭が回らない上に急な話で返事に困る。


 要するに使用人として仕事をしたいと申し出ているのだと思うが、トレーネはそれでいいのだろうか。


「トレーネはそれでいいのか?」


 そう問うと、トレーネは少し間を置き、数瞬目を伏せてから視線を戻す。


 その顔が真剣だったので、俺もまだ頭は寝ぼけたまま顔を真剣にする。


 トレーネは覚悟を決めたように話す。


「奴隷として馬車の中で揺られている間、わたしには絶望しかありませんでした。急にそれまでの人生が終わってしまって、未来が真っ暗になってしまったような気持ちでした。それは時間が経つと強くなっていき、競売前日の夜からは一睡もできずに泣いていました」


 トレーネは当時を思い返すように俯き、悲しそうな表情を浮かべる。やはり、あの時は気丈に振る舞っていたけれど内心では辛かったのだろう。


 トレーネは俯いていた顔をあげると、まるで神でも眺めるかのような表情で俺を見ながら言葉を続ける。


「そして、ハルさんがわたしを救ってくださった時、真っ暗な世界に一筋の光が差し込んできたように思いました。ハルさん。あなたはわたしにとって唯一の光なのです。一生をかけてお支えしてこの御恩をお返ししていきたいと思います」

「い、いや、待て、そんなに負い目を感じる必要は無い。トレーネはトレーネの生きたいように生きていいんだ。トレーネが幸せになるならそれが俺にとっての幸せでもあるんだ」

「でしたら、わたしにとっての幸せはハルさんにお仕えすることです」

「そういうことでは……いや、まあいいか……? いやいや、よくない。親の許可を取らなければならないだろう」

「両親には許可を取ってあります。それに、わたしに意見することはできませんので」


 そう言うトレーネの目には一瞬闇が宿ったように思えた。その後の両親との関係については聞かないでおいた方がいいかもしれない。


 子供に家事を任せることには抵抗感はあるが、この世界では子供の年齢から働くのは少なくとも平民では一般的なことだ。


 トレーネは年齢に比べてとてつもなくしっかりしている子なので家事を任せられるなら安心感はある。


 いつ気が変わってもいいように一時的な雇用という形ならいいかもしれない。


「じゃあ……とりあえず少しの間お願いするよ。ただし、やりたいことを見つけたらいつでもその道を進んでいいからな」

「ありがとうございます!ハルさんのお役に立つことがわたしのやりたいことです!」


 トレーネが出会ってから一番の笑顔でそう言うので、俺もつい顔が緩む。


 まあ、この子が笑顔ならそれでいいか。


 こうして起きて早々、寝ぼけていた俺は勢いに押し切られる形でトレーネを使用人として受け入れることになった。


 ――のだが。


「ハルさん!?大量の金貨をこんな玄関の近くに無造作に置いていては危ないですよ!?」

「家具はベッドしかないのですか!?」

「お庭も寂しいですよね」

「わたしに全て任せて頂けないでしょうか?」


 トレーネは家に足を踏み入れるやいなや俺が忙しさで放置していたことを指摘しまくった。


 俺もそろそろやばいかなと思っていたので、結局その日はベリービッヒに断って仕事を休み、一日中トレーネと家のことについて打ち合わせをすることになった。


 家具については明日以降トレーネの監修の下で大工にオーダーメイドのものを造ってもらうことになり、それまで食事は外食で済ませることになった。


 一生かかっても使い切れない金貨の山についても、貴族御用達の金庫職人との打ち合わせをトレーネが取り仕切ることになり、また、今後は慈善事業や公共事業への投資を軸にその管理をしてくれることになった。


 話をすればするほどトレーネの能力の高さに驚かされ、使用人初日にも関わらず今後は家のことは全面的にトレーネに任せようと腹を括った。


 翌日、トレーネが家でつくってきたという料理に朝から舌鼓を打ち、家のことを任せてアレスカーナへ向かうと、既に二人の客が玄関でベリービッヒと話していた。


 一人は戦士の格好をした女だ。最近装備の質も少しずつ分かるようになってきたが、かなりの業物(わざもの)のように思える。また、その肉体からはフリューに負けず劣らずの強靭さを感じる。


 もう一人は凍てつくような青い目と白髪が印象的な魔法使いの男だ。なんとなく見るからに氷魔法の使い手のような気がする。


 二人と話していたベリービッヒが俺に気づいてこちらに顔を向けると、二人も続くようにこちらを向いた。


「おう、ハル! お前に指名のお客さんだ!」

「君がハル――」

「アンタがハルね!」


 白髪の男の言葉を遮って戦士の女が飛んできた。


 飛んできた!?


「わたしはボッシュのリーダーのクレア! 急ぎの用があるの! 一緒に来て!」

「待ちなさい」


 白髪の男が手を上げると同時にクレアが更に上空に飛ぶ。


 クレアが一瞬前までいた場所に氷の塊が生まれ、地面に落ちる。


 それを見た白髪の男が舌打ちをする。


「何すんのよこのシスコン!」


 クレアの言葉に白髪の男が額に青筋を浮かべ、周囲に冷気が漂い始める。


 何か絶対に危ないことをしようとしていると予感した俺は、仲裁に入ることにした。


「ま、待て! 落ち着いて話をしよう! クレアの用件は分かった! あんたのことを聞かせてくれ!」


 俺がそう言うと、白髪の男から冷気が霧散した。クレアの方も今にも抜かんとしていた剣の柄から手を離して再び地面に降りた。どうやら二人とも話せば分かるタイプらしい。


「私はシーメンスのリーダーを務めているシュノーだ。君の噂を聞いてやってきた。妹を救って欲しい」


 シュノーがそう言ってその凍てつくような目で俺を見る。


 クレアも近い位置から懇願するように俺を見ている。


 急に現れた三大冒険者パーティのリーダー二人に困惑しながらも、とりあえず話を詳しく聞くことにした。


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