第三十二話 ハルカゼ争奪戦 0
「……と、まあそんなところね。大活躍だったわよ。特にあの長距離輸送能力は兵站を根本的に変えうるんじゃないかしら。まだまだ能力の底が知れないわ。このくらいで十分?」
「ハル様のご活躍に関して詳細にご報告頂き、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。それでは約束の金貨10枚になります」
「こちらこそ、よろしく頼むわ。次回だけど、シャイセ公爵の件で助力した礼にあたしの言う事を聞いてもらうことになってるのよ。その報告をさせてもらうわ。もしくは、何か彼にしてほしいことでもある?」
ラッテの質問にリューゲは考え込む。カルテとハルを接近させる策は無いか、急速に頭を回転させて考えるが、良案は浮かばない。
「無ければあたしの依頼をしてもらうわ。公爵達から娘の相手の相談を受けててね、少し相手をさせてあげようと思ってるのよ」
「……カルテ様、いえ、王家よりも公爵達を優先されるおつもりですか?」
「身分の差なんて関係無いでしょう? あたしは顧客の要望に応えようとしているだけよ。もっとも、報酬次第では優先せざるを得なくなるかも知れないわね」
「……金貨20枚を下限にするということでいかがでしょうか?」
「三大冒険者パーティのメンバーを凌ぐほどの潜在能力を持つ者に関する一次情報としては安いくらいじゃないかしら? そこに何でも言うことを聞いてくれる優先権をつけるのだから価値は計り知れないわよね」
「何でも……ですか……」
「何でもは言い過ぎたわ。でもシャイセ公爵の件ではそこそこの貸しを作ったから言えば多少のことは聞いてくれるはずよ。例えば一週間くらい二人きりにならざるを得ない状況にするとかね」
「……その貸しに値をつけるとしたらいくらになるのでしょうか」
「そうねえ。金貨500枚はつけてもいいかもしれないわね」
リューゲは考える。債権としては緩すぎる漠然とした言うことを聞いてくれる権利。それに法外とも思える500枚もの金貨を支払う価値はあるのか。
だが、もし支払わなければハルは公爵達の娘の相手をさせられ、カルテ以外の女に恋愛感情を持ってしまうかもしれない。
逆に500枚の金貨を支払えばカルテと同棲させることもできそうな口ぶりだ。
リューゲは一度深呼吸をする。
相手はハルだ。ラッテの情報はこれまでに幾度も有用さを証明してきたが、ハルに関してはラッテの言葉では測れないものがある。
それに、カルテが他の上位貴族の女性達と比べて劣る等とは全く思っていない。仮にハルが他の女性をきっかけに恋愛感情が芽生えたとしても、きっとカルテのことを想う筈だ。
「そちらに関しましては遠慮させて頂きます」
「あら。値切り交渉もしないのね。そこそこ良い話だと思ったんだけど」
「私はカルテ様が誰よりも魅力のある方だと自信を持っておりますので。ですが、もし他の上位貴族の方達もハル様を射止めるおつもりであれば、王家の威信をかけて全力で挑むことになるでしょう」
「ふふ。そう。ちなみに相手は貴族だけじゃないわよ。あたしの見立てではフリューやクライネもいずれ恋敵になるでしょうね」
「ミーレの方々もですか……」
まさかクライネまで参戦してくるとは思わず、たじろぐ。一緒にいる時間が一番多いのは彼女だ。一気に劣勢に立たされたような気分になる。
「承知しました。カルテ様と相談のうえ、対策をしてまいりたいと思います」
「楽しみにしているわ。それじゃ、失礼するわ」
「ありがとうございました」
ラッテが客間から退室したことを確認すると、リューゲは大きく息を吐いた。
ハルとラッテがトレーネの家族との再会を見届けた後、二人は城を訪れて王にシャイセ公爵の件の報告をした。
王家にとって長年の悩みの種だったシャイセ公爵を潰してくれたことで王は歓喜し、ハルに褒美として金貨三千枚と騎士爵を与えることになった。
報奨金については以前にもカルテを救った功績のこともあり金貨二十万枚を提案したが、財務官達による必死の説得により財政が破綻せず傾きもしない範囲に収まった。
爵位の授与に関しては余罪も含め行政官達による調査を待って王が沙汰を下した後になるので一ヶ月はかかる見込みだ。
ハルがフリューのもとへ向かう前に仮眠するために自宅へと戻る中、ラッテは前日に裏で交わした約束通りハルの言動についての詳細を独自の分析も含めてリューゲに報告した。
その内容はハルを王家に迎えるに相応しくリューゲにとっても喜ばしいものだったのだが、一方で恐れていた事態が進行してしまった。
ハルは容姿的に女性受けするのは目に見えていたので、知名度があがるにつれ競争が激化することは自然の流れだった。
しかし、想像以上に早い。まだカルテとの件から十日程しか経っていないというのにこれでは数ヶ月も経つ頃にはカルテと言えど確実に埋もれてしまう。
もしかするとクールン王国にとどまらないほどの競争になるかもしれない。そうなると一国の王女という優位性も失われる。
リューゲはそこはかとなく波乱の予兆を感じながらカルテへの報告に向かった。




