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第三十一話 商人と大切な商品 VI

 翌日の昼、俺とフリューとラッテはシャイセ公爵領の中心街へと来ていた。


 王都と比べると規模は小さいが、それでも家も店も多く、かなり繁栄していることが窺える。このあたりは元々は農村に囲まれた地域だったそうだが、シャイセ公爵の父親が若い頃に領内の山から金が豊富に採れることを発見し、それから半世紀ほどの間に一気に発展してきたそうだ。王家との対立もその金山が原因であるとラッテは話していた。


 そんな歴史を反映するように、王都では大通りの貴族向け店舗でしか見たことがないような珍しい形状の金細工の宝飾品を並べた店もちらほらと見える。それらの店には屈強な体つきをした男が警備として店内に立っていて、平民は近寄り難い雰囲気を出している。


 国中の貴族がそうした宝飾品を求めて訪れるのだろう。街には一目で貴族と分かる人々が従者を連れて闊歩している。


 一方で、一目で奴隷と分かる者も多く、首輪で繋がれた者や足枷に鉄球を繋がれた者もいる。その年齢は老年を除いて子供から大人まで多様で、比率としては男が多い。女の奴隷は重労働には適さない為、その多くは建物内にいるのだろう。


 こうして見ると、王都はその規模にも関わらず奴隷が非常に少なかった。奴隷商が存在するにも関わらず、奴隷の姿を見ることは一度も無かったように思う。あるいは、奴隷が奴隷と思えないほど扱いが良かった可能性もある。領主である王が何かしらの規制をしているのかもしれない。


 同じ国の中でも領主次第で統治の形も様々なのだろう。だが、事前に聞いていたシャイセ公爵の評判を考えれば、この街の奴隷の多さにも納得がいった。


 足枷をつけながら建築に使われるのであろう資材を運ぶ奴隷を見ながら、あらためてトレーネを救う決意を固める。


 俺の手には、昨日の作戦会議中にラッテの魔道具を使用してトリスタンのイメージを転写した板がある。そこに描かれているのは、やたらと高値で買い取ってくれた商人、金細工の店の店主、特別な金利でお金を貸してくれた貸金業者、そして盗賊達、それらの顔がまるで写真のように精密に描かれている。


 この世界では紙は非常に貴重なものらしく、平民が使用することは基本的に無いらしい。文字自体が浸透していないので何かを書くことも無く、従って書く為の道具も無いから何かを描く機会もほとんど無い。


 そうした世界においてはラッテの持つ転写ができる魔道具は非常に貴重な物だった。


 いくつか物を用意してきたが、今日はこの板を使って聞き込みを行う。


 俺は戦士に、フリューは魔法使いに、ラッテは武闘家に変装している。俺とラッテはあまり人に知られていないので変装も不要なのだが、フリューは有名人なので変装が必要だ。せっかくなのでフリューに合わせている。


「ローブを着てるだけなのに意外とバレないものね」

「あのね、あたしの化粧も結構効いてるはずよ」

「そう?ハルはどう思う?」

「凄いんじゃないか?フリューだと知ってなければ全く分からないと思う」


 ラッテの化粧は実際かなり凄いと思う。情報収集の為に化粧で別人を演じることも多いことから腕が磨かれたらしい。本当は偽装魔法を使いたいそうだが難易度が高く習得を断念したそうだ。黙っていたが、カルテがリューゲに化けていたのは偽装魔法だったのだろう。


「じゃあ普段のアタシとどっちが綺麗?」

「普段のフリューじゃないか?」

「……ほんと全く動じないわね」


 フリューもラッテも普段から男の反応で遊んでいるのか、恋愛感情がまだ分からない俺の反応にがっかりすることが多い。昨晩は王都からの道中で野宿したのだが、ラッテはしばらく色欲魔法というのを試していた。だが、結局効かなかった。俺はこの手の女にとっては天敵のような存在なのだろう。それは俺にとっては微妙な気持ちだ。


「そろそろ聞き込みを始めよう」

「そうね」


 既に今日の宿はとってある。準備は完了した。後はひたすら聞き込みをしていくだけだ。


 探したい相手は板にも描いてあるが、特に店舗を持ち移動することのない金細工の店の店主と貸金業者は話しておきたい。


 まずは金細工の店から攻めていく。


「あの店から行こう」


 近くにある金細工の店を指差しながら言うと、二人はコクリと頷いた。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 数時間歩いて七件目の金細工の店に入ると、似顔絵にそっくりな男が現れた。


「すごいな。本当にそっくりだ」

「でしょう?じゃあ、ちょっと待っててね」


 ラッテは店主に近づいていくと、体を密着するかと思うほどの距離に近寄せる。


「店長さん。少し質問してもいいかしら?」

「はい」

「最近シャイセ公爵に頼まれたりしたことはない?」

「ないです」

「じゃあ、誰かに頼まれて盗賊と組んだことはある?」

「はい」

「そのあなたに依頼をした人のことを教えて」

「クロゼットさんという名前だったと思います。以前は冒険者をやっていたそうで、とても強いみたいです」

「クロゼットね。わかったわ」


 ラッテは荷袋から昨日トリスタンのイメージを転写するのに使用した魔道具と薄い板を取り出し、カウンターに置く。


「じゃあクロゼットの顔をできるだけ細いところまで思い浮かべて」

「はい」


 ラッテが何やら魔道具を稼働させると、板に男の顔が描かれていく。既に描かれたものと同じくまるで写真のように精密なものだ。


 ラッテは三枚の板に転写させると魔道具と板をしまい、俺が持っているものと同じ他の顔がまとめて描かれた板を出す。


「こんなものね。それで、この中にその盗賊はいる?」

「いいえ」

「じゃあ、この貸金業者とは組んでた?」

「はい」

「そう。じゃあ、今までの会話は忘れて」

「はい」

「店長さん。少し質問してもいい?」

「ああ。なんだ?」

「最近シャイセ公爵に頼まれたこととかあるんじゃない?」

「シャイセ公爵?無いぞ」

「そう。なんか怪しいことをしてるみたいだから調べてるのよ。何か分かったら教えて。あたし達は街の東の方にある青い屋根の宿に泊まる予定よ」

「あのボロい宿か。わかった。何かあったら伝える」

「よろしくね。それじゃ」


 ラッテは去り際に困惑の表情で警備をしている男に「今のことは忘れてね」と言うとそのまま店を出る。男の表情は少しして何事も無かったように元の強面に戻る。


 これで七回目になるが、何度見ても面白い。そして、あまりにも危険すぎる。ラッテを見ていると恋愛感情が無くて良かったとすら思えてしまう。


 ともあれ、これで金細工の店に関しては完了だ。


「次は貸金業者だな」

「ええ。行きましょう」

「なんか楽しそうじゃない?」

「だってハルは全く効かないからちゃんと効くのが嬉しくって」

「それはそうかも」


 女二人は楽しそうにおしゃべりしながら街を歩いている。


 俺は内心この二人と恋愛関係になる男はおもちゃのように遊ばれてるだけじゃないのかと思ったが、深く考えないことにした。


 それから更に数時間かけて六件の貸金業者を回った。


 質問は金細工の店でしたものと変わらない。組織的な犯行に関与したかを聞いて回った。


「よし。こんなところだろう」

「そうね。日も暮れたし、今日はもう切り上げるとしましょう」

「あとは冒険者が行きそうな料理屋で食事ね。やっぱりあそこかしら」


 今日の最後の予定となる料理屋での聞き込みだが、ラッテには心当たりがあるらしい。冒険者であるフリューはともかく俺は今日初めて来たばかりなので、全面的にラッテに任せようと思う。


 既に日は完全に沈んでいて、街は貴族向けの家と店以外は灯りが無い。街の中心部はまだ明るいが、外れに行くに従って暗くなる。この点は王都と同じだが、街全体が小さい分、王都よりも灯りの範囲が狭い。


 ラッテに案内された料理屋はそんなまだ明るい中心部にあった。近づくにつれて冒険者特有の己の力を誇示するような大きな声が聞こえてくる。そして、次第に戦士と魔法使いの分かりやすい服装をした通行人が増えてきた。ラッテの見立て通り、ここは冒険者が特別に多いようだ。


「相変わらず冒険者の服装は分かりやすいな」

「今日はあなたも戦士でしょ」


 フリューに言われて思い出したが、今日の俺の服装は戦士だった。フリューは魔法使いらしくローブを着てるし、ラッテは武闘家らしく薄着だ。まあ、ラッテに関しては色仕掛けの成功率を上げる為という理由もあるが。


「俺、似合ってるか?」

「三大冒険者パーティで戦士をしてると言われても信じられるくらい似合ってるわよ。アタシは?」

「フリューは……化粧もあるかもしれないが、やっぱりいつもの武闘家姿の印象が強いな」

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ。魔法使いなんて柄じゃないから」


 俺は家電の神様のサービスなのか恵まれた体に転生させてもらったが、フリューも神様から寵愛を受けているかのような肉体をしている。彼女が武闘家として本気で戦う姿をまだ見たことは無いが、目で追えないほどの速度で動けることといい、女らしい細身の体でありながらその能力は計り知れない。


「何話してんのー?入るわよー!」


 ラッテの後を追う形で料理屋に入ると、王都の料理屋でもそうだったように客は俺達を下から上まで睨めつけるように見てくる。冒険者はどこでも一緒だ。


 しかし、そのほとんどがフリューを見ると視線を落として食事に戻る。ラッテの変装やローブ姿によってフリューだとは気づいていない筈だが、何かしらで格上だと判断したのかもしれない。


 ラッテが先導するように適当に空いている席に座ると、ウェイトレスの女がやって来た。


「ご注文はいかがいたしますかー?」

「三人とも店のおまかせでお願いできるかしら?あと店長と少し話したいの」

「かしこまりましたー。少々お待ちくださいませー」


 ラッテの急な要望にも関わらずウェイトレスはこともなげに対応した。


 周囲を見回すと、みんな会話の音量を下げてこちらに耳をそばだてるようにしている。かなり注目されているようだ。


 俺は荷袋にしまっていた似顔絵が描かれた板を取り出して、トリスタンを襲った盗賊を探す。スキンヘッドの大きな男と魔法使いの女だが、ここにはいないみたいだ。


 少しすると料理を持ったウェイトレスと共に店長がやって来た。店長の登場に再び周囲の注目が集まる中、ラッテが口を開く。


「あなたがここの店長さんね」

「おう。俺が店長だ。呼ばれたみたいだから来たが、何か用か?」

「実は人探しをしてるのよ。元冒険者がシャイセ公爵に頼まれて盗賊を装って行商を襲ったって噂でね」


 ラッテの言葉に一気に周囲のざわめきが大きくなる。


「シャイセ公爵ってここの領主だよな?」

「領主が冒険者に盗賊をやらせる?そんなことあるか?」

「でもここの領主って悪い噂は結構聞くぜ」


 そんな言葉がヒソヒソと聞こえてくる。


 ラッテは更に注目を集めるように、スキンヘッドと魔法使いとクロゼットがそれぞれ転写された三枚の板を荷袋から取り出して店長に見せる。


「こんな顔なんだけど見覚えないかしら?」


 その言葉に店長も冒険者達も食い入るようにして板を見る。全員その顔に注目する以上にその絵の精巧さに驚愕している様子だ。


「すげえなこれ。まるで本物の人間がいるみたいだ。だが、その三人には見覚えがねえな」

「そう?残念だわ。一応、この三枚の板は置いておくわね。もし見かけたり心当たりがあるようなら、街の東の方にある青い屋根の宿に泊まる予定だから教えてくれると助かるわ」

「ああ。わかった。何かあったら伝えよう」


 ラッテは周囲の群がる冒険者にも回すようにしてその三枚の板を見せて言う。


「あなたたちもこの三人を見かけたら街の東の方にある青い屋根の宿に来てちょうだい」


 それを聞いた冒険者達は板をまじまじと見るが、どれも心当たりが無いといった表情だった。


 その後、店長のおまかせ料理に舌鼓を打った俺達は、予定通りに宿へと向かい、周囲に人がいないことを確認してからその目の前の民家へと入った。


 これから僅かでも睡眠を取らなければならないが、その前に作戦の確認を行う。


「これからのおさらいをしたい。いいか?」


 俺がそう問うと二人はコクリと頷く。


「もし今日撒いてきた餌に食いついて宿の襲撃にやってきたら、フリューが身柄を拘束してラッテが尋問をする」

「そうね。ただし、クロゼットが偽名で顔も偽装という可能性もあるから、もしアタシでも手こずるような相手ならその時点でハルも協力すること。三大冒険者パーティ並の相手だと命の危険もあるから覚悟もするように。とにかく風で距離を取って相手を地面から離して動きを止めなさい」


 フリューの注意に首肯を返す。


「あと、あたしの尋問も相手が防御魔法や魔道具を使用してたら失敗する可能性もあるわ。その場合は、まあそのまま交渉ね」

「そうだな。いずれにせよ、城での取り調べの際には偽証を防ぐ為に人心・身体の操作魔法は解除されるということだから、結局交渉が必要になる。その際には、これを持ち出して答弁取引に応じてもらうように持ち掛ける」


 俺は荷袋から一枚の羊皮紙を取り出す。昨日の作戦会議後に城へ行き、王に直々に執筆してもらった文書だ。


 そこには、俺達に対して、シャイセ公爵が臣民に対して不利益をもたらす行為の証拠を見つけた場合には財産の差し押さえと拘束をする権限を移譲する旨、また、シャイセ公爵の指示により犯罪行為をした者に対して証言と引き換えにその刑罰を減免することを約する旨が書かれている。


 俺にはもちろん読めないし、ほとんどの人には読むこともできないが、文字の読み書きを習う貴族なら読めるらしい。おそらく襲撃者も読めないだろうが、紙というだけで貴族の文書であることは分かるだろうし、王家を表す印影である国璽(こくじ)があることから伝わることを祈るしかない。


「そして、相手が交渉に応じたなら、証人として一緒にシャイセ公爵のもとへ飛んで行き、その場でシャイセ公爵を拘束し、財産を差し押さえる。そこからトレーネを買い戻す為の金を盗む」


 俺がそう言うと二人が小さく笑う。


「ちょっと言い方」

「まあ実際、王による沙汰が下される前から差押え財産に手をつけるわけだから、盗むには違いないけれど」


 この世界ではまだ司法というものが独立していないので、王が法であり、裁定を下すのも王だ。それならば適当に理由をつけて政敵のシャイセ公爵を潰せばいいと思いそうだが、王だからと言って無茶苦茶をしすぎると領主達の反感を買って最悪の場合には反乱を招くことになる。シャイセ公爵にも周辺の小貴族達の支持があるので証拠も無しに裁くことはできないのだ。


 そんな厄介なシャイセ公爵がついに墓穴を掘った今回の話は王にとっても都合の良いものだったので、すんなりと協力を得ることができた。


 だが、それで全てが解決するというわけではない。


「トレーネの件はシャイセ公爵を拘束したところで解決しないからな。被害者への支払いを待っている間に売られてしまう。だからちょっと『借りる』だけだ」

「ふふ、そうね」


 フリューが俺の言い換えに微笑みながら返す。


 シャイセ公爵がどうなろうと、奴隷商はトレーネを売って金に替えるだろう。そして、二人がどんな取引をしていたところで、奴隷商がしていることは合法の人身売買だから裁くことはできない。この件で明確に犯罪者として挙げられるのは、シャイセ公爵と、その指示を受けて盗賊行為を指揮したクロゼット、盗賊を装って商品を強奪した元冒険者の集団くらいだ。他に関してはあくまで会話の中で誘導をしたに過ぎず、トリスタンにも非があるので確実に犯罪行為と断定することはできない。


 事前の予想ではシャイセ公爵が直接トレーネを買うものと思っていたが、道中でトレーネを乗せていった馬車を見つけることは出来なかった。奴隷商がシャイセ公爵と繋がっている可能性は高いと思うが、もしかしたら王都の奴隷競売で売ってその売上の一部を還元するだけかもしれない。


「それで、シャイセ公爵の金を手に入れたら俺とラッテは王都へ戻って明日行われる奴隷競売の会場へトレーネを探しに行く。フリューは道中で見逃した可能性を考えてここに残り、馬車が来たら直接取引する」

「ええ。その場合はこっちのことは任せて。それが上手く行った場合の展開ね」


 問題は、上手く行かなかった場合だ。


「だな。上手く行かなかった場合、つまり、今夜もし誰も襲撃してこなかったら、クロゼットを探さなければならない。そして、今のところクロゼットの住処(すみか)の手がかりは無い」

「料理屋の冒険者達が情報提供に来てくれることを願うしかないわね。でも、一番怪しいのはシャイセ公爵の屋敷ね。あとは偽装して普通に暮らしている可能性もあるわ。まあ最悪、あたしの色欲魔法で直接公爵を操作して呼べばいいんだけど」

「それは駄目だ。証拠も無しに領主に対して色欲魔法を使ったことがバレたら結果に関わらずラッテにも罰が与えられるんだろ?それなら俺がこっそり侵入して金を盗む。トレーネを救えればいいんだからな」

「侵入ならアタシの方が適役なんだけど?」

「ミーレの連中に申し訳無いから駄目だ。とにかく、元はと言えば俺が引き受けた依頼だ。クロゼットが見つからなかった場合には俺が単独で金を盗む」


 これが俺の出した結論だった。


 最初に言った時は犯罪者になってまで救うのかと二人からは言われたが、やはりトレーネが奴隷になるのは許容できなかった。


 それからは二人も何かと提案してくれるが、二人を巻き込むつもりは無い。


「まあ、その時はその時だ。これから情報提供があるかもしれないし、あればその情報次第で状況は変わる。視野を広く柔軟に構えよう」


 二人は様々な経験をしてきているだろうし、最後の言葉は言うまでも無いだろう。どちらかと言えば俺が自分自身に言い聞かせる為に言ったようなものだ。


 二人の首肯を確認して、俺は視線を目の前の宿に向ける。全室貸し切りにしてあり、ラッテの幻影魔法によってその一室には俺達の幻が泊まっている。こちらの民家の住人には今夜の間だけ家を貸してもらい、代わりに高級な宿に泊まりに行ってもらった。


 ラッテの幻影魔法は一定の範囲内の空間を一定の方向性を持った幻に変えることができる。


 例えば家の場合には「平民向けのボロい家」と大雑把な方向性を与えればその空間を目にした者は「自分の思う平民向けのボロい家」の幻を見る。それは人によって千差万別で、外壁は白だったり赤だったり、様々なものになる。


 従って、誰が見ても同じ幻を見せる為には、その方向性を細部に至るまで具体的にしなければならない。外壁一つ取っても色、材質、質感、叩いた時の音、ヒビの位置等、無数に思えるほどの方向性がある。それが庭も含める範囲まで全てを幻に包むのだから、ラッテの幻影魔法の異常性が窺えた。


 だが、人を偽装する偽装魔法と違って、場所を限定されるという弱点はある。やろうと思えば何度も自分に幻を重ねるように幻影魔法を連続発動すれば移動しながらでも偽装魔法のようなことは可能だが、いちいち不要な空間にまで方向性を与えなければならずコスパが非常に悪いのだそうだ。


 幻影魔法には空間内の人物に真実を見せる為のスイッチを設けることも可能で、ラッテの家の場合にはそれがベッド横の棚に魔力を通すことだったのだそうだ。


 そんなラッテの幻影魔法によって造られた俺達の幻が、開けられている部屋の窓から顔を出す。先程も見たが驚愕せざるを得ない精巧さだ。


 準備はできた。


「じゃあフリューから寝てくれ」

「わかったわ」


 見逃しが無いように見張りは二人組で行うので、一人ずつ数時間の睡眠を取っていく。見張りの順番は、最初に俺とラッテ、次に俺とフリュー、最後にフリューとラッテの予定だ。


 俺とラッテはフリューがベッドに入ったことを確認すると、頷き合って見張りを開始した。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 数時間が経ち、ラッテとの見張りの時間は何事も無く終わった。


 元々、まだ夜の浅いこの時間帯には襲撃者が訪れる可能性が低いと考えていたので落胆は無い。


 逆に、これからの数時間は寝静まる時間帯だ。祈るような気持ちで襲撃者を待つことになる。


 フリューを起こしてラッテがベッドに入る。


 フリューはまだ眠そうだが、無言で見張りを始める。


 今は真夏で日が沈むのが遅いとはいえ、街の少し外れに位置するここには灯りも無いし既に深夜の時間帯だ。薄い月明かりしかなく、物音一つ聞こえてこない。


 俺達も息を潜めてただじっと見張りを続行する。


 そして、しばらく時間が経った時。


 人影が音も立てずに歩いてきた。


 フリューと顔を見合わせる。


 俺もフリューも笑顔が隠しきれない。


 内心ではハイタッチして歓喜を叫びたいのを我慢しつつ、人影に視線を戻す。


 人影は宿の前に立ち止まると、侵入しやすいように開けておいた窓を少しの間見つめる。


 そして、周囲をあらためて確認すると、音も無くジャンプして窓枠に着地し、少しの間室内を見てから部屋に侵入した。


 見事に罠に掛かったことを見届けた俺はラッテを起こす。


 行動開始だ。


 ラッテは目を開けたが、まだ寝ぼけている。


 フリューは音を立てないようにして見張りの鎧戸を開けると、俺の目の前から姿を消した。


 俺は寝ぼけているラッテを腕に抱えて、フリューに続くように向かいの俺達の幻がいる部屋に風魔法で飛んで入る。


 部屋に入ると、月光に照らされたその光景は悲惨なものだった。


 部屋中が血飛沫で染まり、バラバラに引き裂かれた俺達の死体が転がる中で、フリューが男を地面に組み伏せている。


 幻と理解しつつも、あまりにも現実感のある映像に軽く目眩を覚えた。


「ラッテ。やってちょうだい」

「わかったわ」


 ラッテもほんの少し前まで寝ぼけていたが、意識は覚醒したようだ。


 ラッテは俺の腕から降りると、フリューに取り押さえられて身動きできない男に話しかける。


「少し言う事を聞いてくれる?」

「はい。わかりました」


 かかった。


 力が抜けていくのを感じる。


 作戦は成功した。


 こうもあっさりと。


 ラッテは色欲魔法にかかったことを確認すると、幻影魔法を解除した。


 周囲の凄惨な幻が消失し、ただの少しボロい部屋になる。


 俺がそのことにまた安堵を覚える中、ラッテが尋問を始める。


「あなたがクロゼットかしら?」

「はい」

「偽名も使っていないのね。顔もそのままだし。シャイセ公爵は予想以上に馬鹿なのかもしれないわね。それで、あなたはシャイセ公爵に頼まれて詐欺や盗賊を指揮したわね?」

「はい」

「あなたとシャイセ公爵の関係性を教えてくれる?」

「数ヶ月ほど前に、シャイセ公爵に誘われて彼の下で働くことになりました。ちょうど冒険者としても行き詰まっていて、家族を養うのに安定したお金が欲しかったので誘いに乗りましたが、後悔しています」

「後悔の理由を教えて」

「表に出せないことをする時の為の護衛として働くことが多かったのですが、その時も身近で見ていてクソみたいなやつだと思っていました。今回は自分が詐欺や盗賊の指揮をすることになり、自分も犯罪者になりました。家族に嘘をつかなければならないことが苦しいです」

「それは大変ねえ。ハル。あの紙を出してくれる?」


 言われて俺は荷袋から例の羊皮紙を取り出して男に見せる。


「これ、何て書いてあるか分かるかしら?」

「いいえ」

「これは王が直々に書いた文書よ。その印影が証拠。それで、要約すると、シャイセ公爵の拘束を私達に許可しているのと、シャイセ公爵の悪事を証言したらその犯罪行為を許す、と書いてあるわ。意味、分かるでしょう?」

「俺は許されるんですか?」

「証言してくれればね。どうする?」

「証言します」


 色欲魔法の影響下だが、意思は確認できた。交渉をすれば通る。


「じゃあ魔法を解除するけど、暴れないでね」


 ラッテが魔法を解除すると、虚ろだったクロゼットの目に光が戻る。


「もう一度聞くわ。王の前でシャイセ公爵の悪事を証言してくれる?」

「何だって証言するよ。ありがとう」


 クロゼットはそう言うと目に涙を浮かべた。


 そんなクロゼットを見て、俺とラッテとフリューは互いに視線を交わして頷き合った。


 フリューがクロゼットの拘束を解き、俺はクロゼットに向けて口を開く。


「では、早速で悪いがこれからシャイセ公爵の屋敷に乗り込んで拘束と財産の差し押さえをしようと思う。一緒についてきてくれるか?」

「ああ。わかった」

「よし、じゃあ立ち上がって俺に掴まってくれ」

「ん?あ、ああ。わかった……?」


 クロゼットが俺の背中に掴まり、フリューとラッテが俺の前に掴まる。


「じゃあ、飛ぶぞ」

「え、ええええええ!?」


 しんと寝静まった街の一角にクロゼットの叫び声が響く中、俺達はシャイセ公爵の屋敷へと向かった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 門衛も侵入者が空を飛んでやってくるとは思わないのか、全く気づかれることなくシャイセ公爵が眠る部屋を発見すると、音も立てずにその窓を開けて侵入した。


 三階建てのその屋敷はかなり豪華なものだ。王都の貴族向けの住宅でもこれほどの大きさのものは見たことがない。さすがは公爵といったところだろう。


 シャイセ公爵の寝室も豪奢な金細工や美術品が飾られている。


 ベッドは二つあり、一つは大きなものでシャイセ公爵と思われる上半身裸の太った男が仰向けになって寝ている。もう一つの小さなものは少し距離を置いたところにあり、首輪に繋がれた全裸の少女が三人寄り添うようにして寝ている。


 俺が彼女達を視界が捉えた瞬間、壁に繋がれた三本の鎖が音も無く両断された。一瞬後にフリューの姿が見え、彼女が手刀で切断したのだと理解する。


 フリューが俺を向き視線で訴える。彼女達のことはフリューがやると言いたいのだろう。俺はコクリと頷いて肯定する。


 俺はいびきをかいて眠るシャイセ公爵を風魔法で浮かべて移動し窓の外に浮遊させる。三階のここからなら落とすだけで死ぬだろう。無駄に痛めつける気は無いが今後のことを考えると死の恐怖を刻み込んでおく必要がある。


 そのまま風を竜巻のように激しく回転させていくとシャイセ公爵が目を覚ます。


「ぶああああああ!!?だ、誰か、誰かああああ!!!」


 シャイセ公爵の悲鳴に門衛が気づいたようで走ってくる。


 俺は回転を止めてシャイセ公爵の頭を下にする形で浮遊させる。


「ひええええああああああああ!!!た、助けてええええええ!!!」


 またもや悲鳴がこだまする。


 部屋の中では、フリューによって解放された少女達が布にくるまれながらポカンとした様子でシャイセ公爵を眺めている。


 俺は逆さまのままのシャイセ公爵の顔をこちらに近づける。


「おい。死にたくないなら俺の質問に――」

「お、おまえええええ!!!私に何を――」


 風魔法を打ち切って落とす。


 シャイセ公爵の絶叫が響く中、地面スレスレで再度浮遊させて部屋の窓のところまで上昇させる。


 再び窓の外まで来た時には放心状態の顔になったシャイセ公爵がいた。


「どうする?死にたいか?」

「い、いえ……死にたくないです!!!た、助けて……」

「なら落ち着いて聞け。お前は臣民に不利益をもたらす者として拘束されることになった。その証人はこのクロゼットだ。意味は分かるだろ?」


 シャイセ公爵はクロゼットを認めると顔を真っ赤に染めて再び叫びだす。


「き、貴様ぁ!!!私が雇ってやっ――」


 再び落として窓の外まで上昇させる。


 すると、裸の上半身が濡れているので何かと思ったが、どうやら失禁してしまったらしい。


 少し距離を置く。


「いいか。お前ができることは次の二つだ。落とされて死ぬか、黙って拘束されるかだ。どっちがいい?」

「黙って拘束されます……」

「それでいい。お前の財産も差し押さえになった。特に金貨の場所はどこにある?」

「金貨は……二階の財政執務室にあります」

「ラッテ」


 俺の言葉に応じてラッテが前に出る。


 一瞬シャイセ公爵がデヘッとした表情を浮かべると、次の瞬間には目が虚ろになる。


「金貨が一番多くある場所はどこ?」

「この部屋の絵画の後ろが金庫になっています。絵画のフックを外すとその穴が錠になっています。鍵は絵画の額縁に埋め込まれていて、魔力を通すと外れます」


 フリューが近くにあった絵画を外して額縁に魔力を通すと、ポコっと鍵が落ちた。その鍵をフックを外したところに出てきた錠に入れて回すと、途端に壁の一部が金庫の扉となって開いた。その中には金貨が小さな山になっている。


 部屋を見回すとまだ絵画が十以上もある。この全てが金庫になっているならかなりの量だろう。


「トレーネの金には十分だな。じゃあ急ごう。と、その前に」


 俺は深夜にも関わらず部屋の周囲に集まった屋敷の人間に向けて大声で言う。


「シャイセ公爵が悪事を行っていた証拠が見つかった!公爵は拘束する!また、この屋敷を含む財産は差し押さえられた!無断で物を持ち去るな!これは俺達に権限が与えられたことを示す王直筆の文書だ!」


 俺が国璽のついた紙を持って部屋の外の人々に見せると、驚愕の顔を見せる。ほとんどは読めないだろうと思うが、やはり紙の力は大きいのだろう。


「だが安心しろ!お前達が罪に問われることは無い!直に王都から行政官を伴って王が訪れるだろう。それまでいつも通りに暮らせばいい!」


 実際のプロセスについては知らないので、それっぽいことを言って不安を抑える。シャイセ公爵の拘束中に他が暴れたりすると困るのだ。


 俺が自信満々な顔を浮かべて言ったのが効いたのか、屋敷の人々は表情を明るくした。これならフリューとクロゼットに任せておいて大丈夫だろう。


「今はまだ夜だ!ひとまず安心して寝ておけ!」


 俺がそう言うと部屋の周囲に集まった人々が散っていった。


 俺は人々が部屋の周囲から消えたのを確認すると、先程開けた金庫から金貨を自分の荷袋へと移していく。


 更に、窓の外に浮遊させていたシャイセ公爵を部屋の中に入れて落とす。


 すかさずクロゼットが取り押さえ、地面に組み伏せるようにして拘束する。シャイセ公爵はすっかり怯えきっていて、抵抗することも無い。


 俺はフリューに国璽の入った紙を渡すと、別れを告げる。


「もうラッテを連れて出発するから、あとは頼んだぞ!」

「わかったわ。トレーネの件が片付いたらまた来てね」

「もちろん。それじゃ、また後で!」


 ラッテが背中に掴まったことを確認した俺は、そのまま休むことなく窓から飛んでいった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 早朝。


 まだ日も浅く、道を歩く人は少ない。


 一睡も取らずにラッテを乗せて飛び続けた俺は、ラッテの案内に従って奴隷競売が行われる会場の周辺に来ていた。


 そこには各地から集められた奴隷を乗せた馬車が沢山並んでいる。


 そのうちの一つに、見覚えのある馬車が見えた。


 思わず顔が緩む。


 早歩きでその馬車に近づき、荷台を見る。


 そこにはあの日見た男達が雑魚寝する中で、一人の少女が膝を抱えて座っていた。


 少女は俺の足音に気づいたのか、下げていた頭を上げてこちらを向いた。


 その目の下には酷いクマがあり、腫れぼったい目は充血していた。


 俺と目が合うが、また顔を下に向けてしまう。


「あんた、あの時の人じゃねえか。どうした?別れの挨拶でもしにきたのか?」


 奴隷商が俺に気づいて体を起こし、声をかけてきた。


「トレーネを買いに来た。いくらだ?」


 俺の言葉を聞いて奴隷商は黙る。


「ちなみに、シャイセ公爵は拘束されている。直に爵位も剥奪されるだろう」

「な!?」


 奴隷商が驚愕の表情を浮かべる。


 そして、俺とラッテの顔を何度か見ると、大きくため息を吐いた。


「金貨100枚だ。それ以上はまけられねえ」

「いいだろう」


 俺は荷袋から金貨を取り出していく。


「……70、80、90、100。たしかに金貨100枚受け取った。好きにしてくれ」


 奴隷商は金貨を受け取ると、馬車に備え付けられた金庫に入れて、再び元いた位置に戻って眠ってしまった。


 その光景を唖然とするように見ていたトレーネと目が合う。


「トレーネ。おいで」


 俺がそう言って手を広げると、トレーネはゆっくりと歩いてきて、荷台から降りる。


 そして、そのまま、ゆっくりと俺に抱きつく。


 俺が抱き締め返すと、やがてすすり泣く声が聞こえてきた。


 肩が震えている。


 眠れなかったのだろう。


 ずっと泣いていたのだろう。


 あの時は気丈に振る舞っていたけれど、当日になって耐えられなかったんだろうな。


「帰ろうか」


 俺がそう言うと、トレーネは俺の胸に頭を擦るようにして首肯する。


 俺は泣き続けるトレーネを見て、笑顔が見たいと思うようになった。


「よし。じゃあ飛んで帰るよ」

「え」

「いいから、ほら、掴まって」


 トレーネが涙声で困惑する中、俺はトレーネを背中に掴ませて、ラッテをお姫様抱っこの形にする。


 そのままゆっくりと空を飛ぶ。


 トレーネは最初は怖がってギュッとしがみついていたが、少し経つと慣れてきたのか泣いていたことも忘れたように話すようになった。


「ハルさん!もっと速く飛べますか?」

「もちろんだ!」


 俺がスピードをあげて飛ぶとトレーネははしゃいだように喜ぶ。


 行ってみたい場所を聞いたりして飛んであげると嬉しそうにしていた。


 そんなトレーネの子供らしいところを見れて、俺も嬉しかった。


「さて、じゃあそろそろ家に帰るか。両親も待ってるだろうしな」

「……はい」


 トレーネはやはり親に対してまだ複雑な感情もあるのだろう。


 これから、家がどうなるかは分からない。俺が持ってきた金の残金は戻さなければならないし、王の沙汰が下されるまでは被害額のうちどれ程が戻るのかは不明だ。


 だが、俺としては家族が再び仲良くなってくれると嬉しい。


 トレーネの案内で家に到着する。


 二人を降ろし、俺とラッテが離れた場所から見守る中、トレーネが玄関のベルを鳴らす。


 少ししてトリスタンとトラウリッヒの二人が出てきた。


 二人はトレーネの姿を認めるやいなや泣き崩れながら抱きしめた。


 そして、何度も、何度も謝罪をする。


 トレーネは最初こそ黙って受け入れていたが、本音を話し始める。


「あの日言ったことに嘘は無いよ。家族の為なら盾にだって……あは、嘘。嫌だよ。嫌。奴隷なんてなりたくない。怖かったよ。すごい怖かったんだから。二度と嫌。嫌ぁぁぁ……」


 トレーネも今までの我慢が決壊したように大泣きを始めた。


「ごめん、本当にごめんな。トレーネ。ごめん。ごめんなさい。俺が馬鹿だった。親失格だ。ごめん。ごめんよ」


 トリスタンは泣きながらただひたすら謝罪をする。


 一度は娘を売ってしまったのだ。その罪は重いだろう。文字通り親失格だ。


 だが、俺がたまたま助けることができた。助けたからには、幸せになって欲しい。


 そんな祈るような気持ちで三人を見つめつつ、俺とラッテは静かにその場を去った。


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