第二十九話 商人と大切な商品 Ⅳ
トレーネの父親を引きずって家の中に入ると、フリューがソファーに座ってトレーネの母親に寄り添うように背中をさすっていた。例のごとく目にも見えない速さで移動して先に事情を聞き出そうとしていたのかもしれない。
フリューは胸ぐらを掴んで引きずる俺を見て視線を厳しくする。奥さんの前で乱暴に扱うなと言いたいのだろう。
仕方無く風魔法を使ってもうひとつのソファーに投げ、自分もその隣に座りながらフリューに問う。
「何か聞き出せたか?」
「まだ何も。名前くらい。こちらが母親のトラウリッヒさんで、今あなたが投げたのはトリスタンさんよ」
トラウリッヒもトリスタンもソファーに腰掛けながら項垂れるようにして泣いている。
俺は二人に声をかける。
「聞け。俺達はトレーネを救う為に来た。彼女から夫婦喧嘩を仲裁するように依頼を受けている。時間が無い。知ってることを話せ。泣くな。まだ終わってない」
最後の言葉は嘘だ。もう契約は成立したし、人身売買が公に認められている以上、それが無効になることも無いだろう。つまり、もう終わっている。
商人であるトリスタンはそれを理解しているのだろう。だから俺の行動にも意味を見出だせないのか、悲嘆に暮れるままで助けに縋ろうとすることもない。
そう。これは終わった後の話だ。
俺はトリスタンの胸ぐらを掴んで顔を引き寄せて言う。
「トレーネを買い戻す。財産を全て失っても、あの子が戻るならそれでいいだろ?」
その言葉にトリスタンの目は光を取り戻す。そして、俺に縋るように胸ぐらを掴む腕を両手で挟む。その手は震えている。
「もう、私に差し出せるものは何もありません。この家も、家の中の全ての物も、差し押さえられています。それでも、お願いしても良いのでしょうか?」
トリスタンがまだ収まらない涙声で絞り出すようにして言う。
「構わない」
俺がそう言うと、トリスタンは再び泣き崩れそうになる。
そのトリスタンの胸ぐらから手を離し、両肩を掴んで顔を上げさせる。
「だが、時間が無い。買い手がついてしまったらもう遅いんだ。だから、知ってることを話せ。フリュー。金を失った経緯について聞けばいいか?」
フリューの方に目を向けると、フリューに背中をさすられているトラウリッヒも縋るようにこちらを見ていた。
トレーネを買い戻す案については、昨夜トリスタンが帰宅しなかった時点でフリューと話をしていた。だが、実際に買い戻せるかと言うと、可能性は低い。
まず、前提としてまだ買い手がついていないことが必要だ。奴隷商が事前に買い手を募り、話を通していた場合には諦めるしかない。そして、その可能性は低くない。
そして、そうでなくとも時間が無い。フリューの予想ではトレーネの容姿と教養なら売りに出せばすぐに買い手がつくだろうとのことだ。高値になりそうなので王都内の奴隷競売に掛けられる可能性も高く、それは明後日に行われるらしい。
それらをクリアしてなお、金の問題が残る。
「そうね。あー、いや、やっぱり先に盗賊に襲われたのか、もしそうならその特徴について聞いておきたいわ。どう?」
トレーネがトリスタンに視線を向ける。金の問題を解決できるかどうかが掛かっている。
トリスタンは一度深呼吸をし、涙を拭うと、表情を切り替えて答える。
「はい。盗賊に襲われて護衛がやられてしまい、馬車ごと全てを盗まれました。しかし、特徴……特徴ですか……」
トリスタンは当時のことを必死に思い出しているようだ。
フリューとの話では、もし盗賊に襲われていたならば、その盗賊を特定し、発見することができれば、金貨千枚は難しくてもトレーネを買い戻す金くらいなら取り返すことが出来るかもしれないという話だった。
「その集団のリーダーと思われる男はスキンヘッドで体が大きかったです。あとは一人魔法使いがいましたが、土魔法の使い手だったようで、馬も護衛も足元を取られてしまって身動きができなくなりました。それ以外はみんな剣を使用していました」
それを聞いたフリューは渋い顔をする。
「どうなんだ、フリュー?」
「どこにでもいそうな盗賊の特徴ね……。少なくとも有名なものでは無いと思うわ」
フリューは少しの間その特徴から思い当たる盗賊がいないか考えていたようだが、別の質問に切り替える。
「その盗賊に襲われた場所はどこ?」
「場所はシャイセ公爵領から戻るところでした」
「シャイセ公爵領ね……そういえば最近王女様も襲われたという噂があったわね」
「ん?カルテが?」
王女という言葉に思わず反応する。
それを聞いたフリューは苦笑する。
「あなたね、友達じゃないんだから敬称はつけ――」
と、いきなりフリューが固まる。
「どうしたんだ?」
「いえ、ちょっとおかしな噂を聞いたのよ。まあ、今の話とは関係無いわ」
「そうか?それで、何か思い当たることはあるのか?」
「アタシには無いわ。でも、彼女なら何かに気づくかもしれないわね」
「彼女って?」
「知り合いの情報屋。今からその子のところに行ける?アタシとトリスタンを背負って飛べるかしら?」
「やったことはないが、多分出来ると思う」
「じゃあお願いできるかしら?道案内はアタシがするわ」
「わかった。行こう」
やはり三大冒険者パーティともなると色々な知り合いがいるのだろう。なんとなくフリューは交流の幅も広そうだ。
俺達はトラウリッヒと二歳の子供を残して、フリューの知り合いの情報屋の場所へと行くことになった。




