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第二十八話 商人と大切な商品 Ⅲ

 男は話を終えるとこちらへ向かって歩いてきた。


 路地裏の入り口で見ていた俺とフリューは通行人を装って歩き出す。


 俺は呼吸を忘れていたことに気づいて意識的に息をする。


 頭が真っ白になっていた。


 同時に、頭の片隅では全てが繋がっていた。


 だから余計に認めたく無かった。


 この問題は俺には解決できない。


 俺がどうこうできる額じゃない。


 トレーネを救うことはできない。


 トレーネの依頼を果たすことはできない。


 トレーネの信頼に応えることはできない。


「大丈夫?」


 フリューの声で意識が外に向く。


 だが、答えることができない。


 言葉にならない。


「そこに入りましょう」


 フリューが先程とは別の路地裏へと入っていったので後に続く。


 少し歩いたところで横に窪んだ空間があり、そこに二人して隠れるようにして入る。


 そこに立ち止まると、汗が地面に落ちた。


 気がつけば、汗をかいている。


 いつのまにか冷風用の風魔法も消えていたようだ。


 体は暑い筈だが、その暑さが心地よく思えるほど体が冷たくなっているような感覚があった。


「少し休みましょうか」

「……ああ」


 俺の様子を見かねたのか、フリューに気を使われる。


 それを知りながらも、気を使わせないように振る舞えるほど冷静でいられなかった。


 それからしばらくの間、そこで立ち尽くしていた。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


「落ち着いた?」

「ああ」


 フリューは察しが良いのか、俺が冷静を取り戻した頃に声をかけてきた。


「どうする?」


 その問いは、言外にフリューにもどうしようも無いと言っているように思えた。


 俺にもこの問題が解決可能だとは思えない。だが、とりあえずフリューの意見を聞こう。


「トレーネを救う方法はあるか?」

「難しいわね。金貨千枚なんてそう簡単に集められる額じゃないわ。先に言っておくけど、アタシもついさっき会っただけの女の子の為にそんな大金は出せないわよ」

「わかってる。薄情だとも思わない。帰ってくる保証も無いからな。ちなみに、変な質問をするようで悪いが金貨千枚とはどれほどの価値になるんだ?」

「そうね、大まかな目安だけど、男爵クラスの資産が千、伯爵で五千から一万、公爵で数万から十万、王族で数十万枚と言われているわね。金貨千枚あれば男爵位を得られると聞いたこともあるわ。王都にいる領地を持たない下位貴族ならせいぜい百から数百ってところじゃないかしら」


 王都にいる貴族の数人から十人がその全資産を出してようやく揃う額ということになる。実際には金貨として貸せるのはその半分にも満たないだろう。とても現実的じゃない。


「そう聞くとますます困難だな……。お金以外では何か方法は無いか?」

「お金以外ね……。あの男はまず間違いなく奴隷商なの。奴隷商は仕事柄強い恨みを買うから、横のつながりを大切にしているのね。もし仲間が危害に遭うようなことがあれば報復に出るのは確実よ」


 少し遠回しな言い方だが、あの『殺す』が奴隷商のことを指していたとしても、結局報復に遭うことを言いたいのだろう。


 そういう方法で解決することは考えていない。奴隷商も商人として認められている世界なのだ。正当な手段で対応しなければこちらに非があることになる。そしてそれはトレーネの不幸につながるだろう。


 だが、だからこそどうしようもない。元々は多額の損失を出してしまったトレーネの父親の責任なのだ。


「そもそもなんでそんな金貨千枚分の商品を失ったんだろうな。というか、そんな大金に相当するものを買い付けることができたというのが疑問なんだが」

「もしかしたら、大きな取引の為に既に大金を借りていたのかもしれないわね。そしてその商品を道中で失った。もしそうだったら最悪ね。商人に大金を貸す時に債務の状況を調べない人はいないわ。貸してもらえる可能性はゼロよ」

「どう失ったかについては関係無いのか?例えば、盗賊に襲われたのだったとしても?」

「関係無いわね。それを理由に債務をチャラに出来たら貸した人が困るでしょ?安全の確保を怠った商人の責任としてみなされるわ」

「どうしようもないか……」

「まあ、もし襲った盗賊から盗まれたものを奪い返すことができれば、自力救済は認められるわ。盗賊は国に属していないという扱いだから国に守られることも無いの。ただ、今回の場合だともう一ヶ月も経ってるからそれも難しいでしょうね」

「それもそうだな。商品はとっくに売られて無いだろうし、盗賊が大金を持てば奪い合いになって散るか豪遊するだろうしな。それにしても、行商のリスクは大きいな」

「その分利益も大きいわ。一代で貴族に成り上がれるくらいにはね」


 さっきの資産の話を考えれば、トレーネの父親は行商として相当に成功していたのだろう。だが、結果的にリスクは最悪の形で現実のものとなり、家族を売らなければならない事態になった。


 複雑な気持ちだ。


 トレーネに対してはただただかわいそうだとしか思えない。何としても救いたい。


 だが、トレーネの父親に対しては、同情もあるが、それ以上になぜそんな事態を招くようなことをしたのかと責めたい気持ちもある。無茶な取引をしなければ、最低でも子供を売らなくて済むような額を手元に残しておけば、こんな事態にならなくて済んだのだ。


 おそらくは、夫婦喧嘩の原因はそこにあるのだろう。


 どんな父親なんだ?なぜそんな取引をしようと思ったんだ?家族の命すら天秤にかけてでも貴族になりたかったのか?


「どうするか、だったな。父親に会いたいな」


 会って怒りをぶつけたいわけではないが、元凶の人物に事情を聞いてみなければ解決の糸口すら見えそうになかった。


 もっとも、聞いたところで意味は無いかもしれない。残された家族との時間をもっと大切にさせてあげるべきかもしれない。


 だが、諦めたくは無かった。


「そうね。とりあえず話を聞くだけ聞いておきたいけれど、それも難しいと思うわ」

「なぜだ?」

「明日の十二時が期限だと言っていたし、今頃は死にものぐるいでお金を貸してくれるところを探してるんじゃないかしら」

「ああ……そうか、家に帰って来ることも無いのか」


 家に帰って来るなら、待ち伏せして話をすることはできる。だが、この広い王都で動き回る一人の人を探すなんて無理だ。


 元々期待は薄かったが、最後の望みも絶たれた。


 詰んだ。


「はぁ……」


 思わず溜め息が出た。


 どうしようもない。


 頭を回そうとするが、ぶつぶつと可能性が切れてしまい続かない。


「とりあえず、一旦家の監視を再開しましょうか」

「そうだな。何かの奇跡が起こってお金を借りて帰って来る可能性も無くはないしな」


 トレーネのことを本気で思う父親なら、期限までになんとかしようと奔走する筈だ。こちらにとっては都合が悪いが帰って来ることは無いだろう。


 そして、それは現実になった。


 途中何度か交代で休憩をしつつ、フリューと二人で屋根の上から監視を続けたが、トレーネの父親が帰ってくることは無かった。


 翌朝には奴隷商は他に五人連れて家を囲むように待機を始めた。


 家の中の様子はこちらからは見えないが、あれほど露骨だと既にトレーネも異常に気づいているだろう。父親が帰宅しないことも含め、母親に事情を聞いているかもしれない。


 そのことを想像すると、胸が張り裂けそうな気持ちになった。


 あれほどしっかりしている子だ。これまで多くのことを我慢して生きてきた筈だ。両親の為に、家の為に、本当は子供らしく甘えたい時にも自分に厳しくしてきた筈だ。


 その努力は大人になってから報われる筈だった。親が成り上がりとはいえ貴族になれば、トレーネならば上位貴族すら目をつけるかもしれないと思えた。


 それなのに、今から自分が奴隷として売られるなんて、受け入れられるわけがないよな。


 時間は刻一刻と過ぎていく。


 少し前に鳴った付近の教会の鐘は十一時を過ぎたことを告げていた。


 今日はどんよりとした曇りで、屋根の上も昨日ほど日光は厳しくない。


 久々に暑さの和らいだお昼時に通行人も増えてきた時、奴隷商が動き出した。


 ここからは聞こえないが、何やら大きく身振り手振りして指示を出している。


 それを受けて周りでうろうろしていた連中が走り出し、少しの間姿を消すと、周囲の通行人が騒然とする中、一人の男を左右から腕を持って引きずるようにして奴隷商の前に連れてきた。


 その男は屍のように全身の力が抜けていて、頭はずっと下を向いている。


 奴隷商は更に指示を出して他の連中を家の中に向かわせる。


 それを見て、俺は隣で監視するフリューを残して飛んだ。


 一気に加速してトレーネの家の上空で静止する。


 その場の全員の視線が俺を向く。


 奴隷商は目を見開き、口をパクパクさせている。


 トレーネの父親は項垂れていた顔を上げるが嗚咽が止まる様子は無い。


 顔はかなりやつれているし、服もボロボロだ。


 玄関から音がして視線を向けると、二人の男に連行される形でトレーネが出てきた。


 そのトレーネの表情を見て、俺は目を疑った。


 トレーネは泣いていなかった。


 それどころか、毅然と、覚悟を決めたような顔をしている。


 俺と目が合うと、微笑みすら向けてきた。


 その様子に畏怖すら覚えた俺は、地面に降りて話しかける。


「トレーネ」

「ハルさん。来てくださったんですね。ありがとうございます」


 そんなことを言ってる場合じゃないだろう、と思ったが、俺こそ、そんなことを言ったところで何にもならないのに出てきてしまったのだ。何と声をかければいいか分からず、言葉に詰まる。


 そんな俺の様子に気づいたのか、トレーネが言葉を続ける。


「そのご様子ですと、事情はご存知のことと思います。わたしも今朝知りました。そして、この一ヶ月間の両親の行動に納得致しました。残念ですが、避けられないことであれば、受け入れるしかありません。家族の盾になると思えば、誇りにすら思えます」


 受け入れる?受け入れられるわけがないだろ?家族の盾になる子供って何だよ?


 そう言葉にしてしまいそうだった。だが、トレーネの思いを否定したところで、どうしようもないのだ。だから受け入れるしかないと、トレーネ自身も決意をしたのだ。


 でも、だからといって、俺は受け入れられない。


「トレーネ」

「はい」

「俺は受け入れるつもりはないよ」


 トレーネは困ったような笑顔を向ける。


 だが、構わず言葉を続ける。


「約束はできない。確実なことは言えない。でも、足掻くよ。君を救いに行く」

「……わかりました」


 トレーネは俺に期待をするような素振りは無い。トレーネの中では既に受け入れていることだ。当然の反応でもある。


 俺が一方的に受け入れるつもりがないというだけだ。


 トレーネは俺の横を通り過ぎると、奴隷商の元まで連行されていった。


 奴隷商は突然の俺の登場に困惑したようだったが、トレーネを見るなり気を取り直し、連中の一人に何やら指示を出す。


 程なくして馬車がやってきた。この中で寝泊まりしながら監視していたのかもしれない。


 その間、トレーネと項垂れる父親は一度も会話をすることも、目を合わせることも無かった。


 馬車が到着すると、トレーネは最後に俺に小さく礼をして、自ら荷台に乗り込んだ。


 トレーネが馬車に乗ったことを確認すると、父親を掴んでいた男達も手を離して荷台に乗り込み、奴隷商は群がる通行人をかき分けるようにして馬車を走らせていった。


 手を離されて地面に顔面から落ちた父親は、頭を抱えて(うずくま)るようにして丸くなっている。


 俺はいつまでも泣きじゃくっているその男の胸ぐらを掴んで引きずりながら家の中へと入っていった。

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