第二十六話 商人と大切な商品 Ⅰ
アインザム家での一件から一週間が経った。
ゾルゲとアングストは、解決の翌日にあらためてアレスカーナを訪れると、ベリービッヒ達に事の詳細を説明した。俺はベリービッヒ達に詳細を省いた簡潔な報告をしていたので、ゾルゲからアラインの事情を含む詳細を聞いたベリービッヒ達は驚いていた。
四人から感心の目を向けられ、感謝と称賛の言葉を浴びるほど受けた俺は照れくさかったが、あらためてこの仕事を始めてよかったと思えた。
それからは夏ということもあってずっと草を刈る仕事をしていた。ベリービッヒによれば毎年夏の始まりと終わりに二回草刈りが必要らしく、ずっと草刈りの仕事が入る時期があるそうだ。
基本的にはそれぞれの区画の行政官が指揮をする形でボランティアを募って行うのだが、当然、私有地はその範囲外になるため、主に貴族から庭の草刈りを依頼される。
急に草刈りの仕事で埋め尽くされたが、それでも、この時期は多くの平民が短期的に草刈りの仕事をする為、一週間もすると街の雑草は概ね刈り取られ、元の美しい景観に戻っていた。
だが、道を歩く人々は額に汗を浮かべ、その服はぐっしょり濡れている。薄手の服を着ている平民はまだましだろう。貴族は服も厚手な上に、ガラス窓を使用している家に住む者は日光で部屋に熱気が籠もるようで、よく晴れた暑い日にはかなり参っているようだった。
クールン王国は真夏を迎えていた。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
「おう……おはよう……」
今日も仕事の為にアレスカーナに来ると、ドアを開けてくれたのはげっそりとしたベリービッヒだった。
「目の下のクマがすごいが……大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえ……昨夜は特に暑くてほとんど眠れなくてな……」
心配せずにはいられないベリービッヒの顔だったが、家に入るとグーテもクライネも似たような顔をしている。
この家は貴族向けの家の中でもガラス窓が使用されている立派なものだ。それに日当たりも良い。昨日は晴天だったので部屋に熱気が籠もってしまったのだろう。俺は風魔法で冷房をすることにした。
「アアアアア……キモチイイイイイ……」
三人はゾンビのようにそんなことを言うと、やがてソファに腰をかけてウトウトとし始めた。快適環境に変わったことで睡眠不足に耐えられなくなったようだ。
「今日の体調では仕事は無理だろう。俺が対応するから寝ていてくれ」
「ああ……すまねえ……」
草刈りの仕事も一段落したことだし、今日はゆっくりしてもいいだろう。俺は仕事の雰囲気に慣れてきたのもあって客対応を受け持つことにした。
冷房を始めて数十分程経つと、見事に三人とも寝てしまった。グーテは普段依頼の受付をしていたので粘ろうとしていたが、それでも睡魔にはかなわなかったようだ。
普段世話になっていることもあって、三人が俺の冷房で気持ちよさそうに眠ったことが嬉しく思えた。
今日は久しぶりにエアコンとして快適環境の提供に努めようかと思っていたところ、ベルが鳴った。
三人を起こさないようにそっと玄関へ向かってドアを開けると、身なりの整った少女が立っていた。年齢はアラインと同じくらいだろうか。
俺はその外見から貴族かと思い、慣れない敬語を使おうと頑張る。
「いらっしゃい。お客さんは一人ですか?」
駄目だった。やっぱり俺に客対応はまだ早いかもしれない。
だが、少女は俺の粗末な敬語を気にしない様子で口を開く。
「はい。アラインさんのことをお聞きしまして、伺わせて頂きました。もしかして、貴方はハル様でしょうか……?」
「ああ。俺がハルです。何か用があったですか?」
「ハル様。お会いできて光栄です。わたしはトレーネと申します。えっと……子供の依頼を引き受けてくださるか分かりませんが、両親が最近ずっと喧嘩をしていて……その……ハル様に解決して頂ければと思っているのですが……」
「ああ。構わない」
「え?いいんですか?まだ報酬のお話もしていませんが……」
そう言われて、グーテが依頼を受ける際には先に報酬の話をしていたことを思い出した。だが、草刈りよりももっと人間関係に関わる仕事がしたくなっていた俺にとって報酬は重要じゃなかった。アラインの件で自信をつけたのもある。
「ああ。報酬は後で決めてもらって構わない、です」
「えっと……わかりました。誠にありがとうございます。あと、もしよければ敬語も気にせずに気楽にお話しください」
そう言ってトレーネは微笑んだ。
「すまない。助かる。貴族の相手はまだまだ出来そうにないな」
俺も苦笑で答える。
「あ、わたしは貴族ではありませんよ。父親が行商をやっているのですが、爵位を得る為に色々と気をつけるように言われているんです」
「そうだったのか。それにしてもしっかりしてるな」
「ふふ、ありがとうございます。よく言われます」
トレーネは服装といい、その所作といい、貴族にしか見えなかった。両親は貴族への成り上がりを目指しているらしいし、よほど教育を徹底しているのだろう。
俺がトレーネに感心をしていると、見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。
女は俺の姿を認めると驚いたように口を開く。
「あなたは……ハル、よね?こんなところで何をしているの?」
「フリュー。久しぶりだな。実はここで働くことになったんだ。この子はお客さんだ」
「クライネのとこで!?」
フリューが目を剥く。トレーネもフリューを知っているのか、驚いているようだ。
「ああ。よろず屋としてな。あー、実は今、みんな体調が悪くて寝てるんだ。もしよければ俺が用件を聞く」
俺がそう言うと、フリューは少し考えてから俺とトレーネを見て思いついたように笑みを浮かべて言う。
「いや、クライネを連れてどっか涼みに行こうかと思ってたんだけど、ちょっと面白そうだから仕事を手伝うわ」
「ん?んー……わかった。じゃあ頼む」
まだ地理に不安があった俺は、あからさまに面白がっているフリューの提案に乗ることにした。それに、愛や恋といったものが関わる夫婦の問題は俺には難しいかもしれないという気持ちもあった。
「とりあえず、クライネ達は寝かせておきたいから、場所を移しながら話を聞くよ。トレーネの家は近いのか?」
「いえ。ここから歩いて数十分程かかります」
「わかった。じゃあゆっくり歩きながら話そう。あ、そうだ」
俺は風魔法で二人の周囲を涼しい風で包む。
「なにこれ!?涼しい!?」
「風魔法が得意なんだ。体の周りだけ空気を涼しくした。寒くなったら言ってくれ」
「気持ちいいです……」
トレーネはかなり気持ちよさそうにしている。この暑い中を貴族然とした格好でいたので暑かったのだろう。
フリューは俺の風魔法を初めて見る。かなり驚いている様子だ。
俺はドアに休業中の札をつけると、ぐっすり眠るクライネ達を残して、トレーネの家へと歩き出した。




