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第二十五話 塞ぎ込んだ貴族令嬢 Ⅲ

【一人目:エアスティーナ(貴族令嬢)】


「最近ずっと見かけないので何かあったのかと思っていましたけど、アラインちゃんがそんなことになっていたなんて……」


 何か原因に心当たりは無いですか?


「うーん……思い当たりません。病でないとするなら、あのアラインちゃんが思い悩むことなんて……ちょっと私には分かりません」


【二人目:ツヴァイトン(平民の男の子)】


「アラインがそんなことに!?」


 何か原因に心当たりは無い?誰かと喧嘩したとか。


「アラインが喧嘩!?そんなわけないだろ!おれももちろん無いぞ!だっておれは……」


 ……えっと、おれは?


「……お、おれは……アラインが好きなんだ」


 あ……そうだったん――。


「アラインに言うなよ!うわーーー!」


 あ、ちょっと!


【三人目:ドリッツ(貴族令嬢)】


「アラインさんと喧嘩ですか?ありえませんわ。アラインさんは私も認める誰にでも優しい方ですもの。嫌いになる方なんている筈がありませんわ。勘違いして好きになる人はいそうでしたが」


 あー……そうなんですね?


「ええ。特に私達とよく遊んでいたツヴァイトンという平民の男子ですわ。アラインさんは誰とでも分け隔てなく接しますから、貴族に限らず平民とも仲が良かったんですの。私達もそんなアラインさんを見習って平民とも接するようになりましたわ。でも……」


 でも?


「貴方達もご存知でしょう?平民と貴族が結ばれることはありませんわ。ツヴァイトンには気の毒ですが。まあ、アラインさんもツヴァイトンをお慕いしているような素振りはありませんでしたし、そういったことが原因では無いと思いますわ」


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 アンルーアが覚えていたアラインが最もよく遊んでいた三人に聞き込みをしてみたものの、アラインが塞ぎ込んでしまう原因には心当たりが無いようだった。


 その後もアラインが塞ぎ込んでしまう前によく遊んでいた子供達のところへと聞き込みに行ったが、皆揃ってアラインに対して高評価で、とても人間関係のトラブルを抱えているようには思えなかった。


 六人目の聞き込みを終えたところで、アンルーアが申し訳無さそうに口を開く。


「よく遊んでいた子達というと今の子で最後です……。手がかりになるような言葉が得られず、申し訳ありません」


 俺とベリービッヒは顔を見合わせる。ベリービッヒは僅かに首を横に振り、アンルーアに向き直って言う。


「全く謝るようなことは無いですよ。ご協力頂き、感謝致します。今日はもう遅いですから、ひとまずこれで切り上げてゾルゲ様にご報告致しましょう」


 朝から始まった聞き込みだが、一軒一軒の移動に時間がかかることもあり、日はすっかり沈んでいた。


 それでも皆にとってアラインは大切な友人だったようで、他に用事があっても快く協力をしてくれた。今日中に主要な友人に話を聞けたのはそんな協力があってのことだ。


 何か糸口は無いだろうかと会話の内容を反芻するが、思いつかない。


 俺は今日中に解決できるものと考えていたので、翌日以降に持ち越さなければならないことに苦い思いをしていた。


 アインザム家に到着してゾルゲ達に聞き込みの結果を報告すると、悲痛な表情をしつつもこちらを(ねぎら)ってくれた。


 ベリービッヒが最後の望みにと、直接アラインとの会話が出来ないかと頼むと、了承はしてくれたものの渋い顔をしていた。


「私達も何度も原因を探るように会話を試みているのですが、『具合が悪い』の一点張りで……答えてくれるかどうか……」


 そんなゾルゲの不安は予想通りのものとなった。


 俺達はベッドに横になるアラインの横に座り、何度か話しかけてみたが、返事が無いどころかこちらを振り向いてもくれなかった。


 執拗に話しかけて心象を悪くすると余計に話しづらくなるとのベリービッヒの判断から、そう時間もかけずに諦める。


 これで、今日出来ることは全てやった。それでも、解決することは出来なかった。


 ベリービッヒは明日以降は元々予定のあった別の客の仕事をしなければならない。次回の調査は一週間後になるとのことだ。だが、この現状では次回も進展があるとは思えなかった。


 俺はゾルゲ達の悲痛な顔を見て、提案する。


「俺に引き続き調査をさせてもらえないでしょうか?」

「ハルさんがお一人でということでしょうか。それはありがたいですが……よろしいのですか?」


 俺とゾルゲはベリービッヒを見る。俺が何を考えようと、決断を下すのはベリービッヒだ。


 ベリービッヒは俺を見ると頬を緩める。そして、ゾルゲに向き直ると、アレスカーナとしての決定を告げる。


「構いません。ご迷惑にならないのであれば、ハルの気の済むように仕事をさせたいと思いますが、いかがでしょうか?」

「迷惑だなんてとんでもございません。大変ありがたく思います。ハルさん、どうぞよろしくお願い致します」


 そうして俺の翌日以降の単独での仕事が決定した。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 調査二日目。


 アインザム家にやって来た俺は、再び家具の無い部屋で床に直接寝ながら考えた策を実行に移す。


 庭の隅に隠れて通行人をひたすら調査するというものだ。要するに、見張りである。


 家庭内に問題は無く、主要な人間関係にも問題が無い。少なくとも、俺を含めてその全員が問題を認識出来ていない。そして、その問題を知るアラインは口を割らない。


 従って、問題の見落としを疑うと同時に、第三者が問題を引き起こした可能性も考慮しなければならない。そして、アンルーアですら思い当たらない第三者を探すには、更に聞き込みをして回るか、相手が来る可能性に賭けるかの二択となった。


 俺は調査の期間に上限を設ける気が無かったので、あまり周囲に聞き回ってアラインの評判を下げるよりも、まずは見張りをしようということになったのだ。


 ゾルゲとしてもその判断に否はなく、ぜひお願いしたいとのことだった。


 そうして、俺は通行人からは見えづらい物陰に隠れるようにして見張りをしているが、あらためてよく見れば貴族から平民までの老若男女が歩いているようだ。


 アインザム家の周囲に限らず、王都では貴族の家が多い場所でも平民が普通に歩いている。歴史的な過程で厳密な棲み分けがなされなかったのだろう。服装からは貧富の差が如実に現れているが、それでも治安が悪くないのは王家の善政が窺えた。


 俺はそうした通行人の中から注意の対象を子供に絞る。アラインと接点を持ちそうな年代以外は外さなければ、とても追いきれそうになかった。


 アンルーアからの差し入れのパンと水を頂きつつ、一日中見張りを続けたものの、断定には至らなかった。


 調査三日目。


 今日は昨日通行する際に「家の中に視線を向けた子供」に対象を絞って待ち続けることにした。


 正確な数は覚えていないが、十人程いた筈だ。顔もぼんやりとしか思い出せないが、再び目の当たりにすれば判別は可能だと思う。


 今日もアンルーアからパンと水を頂きつつ、じっと見張りを続ける。人通りの多い中でぼんやりとしか覚えていない顔に反応しなければならないので、一瞬も見逃さないように神経を集中させる。


 そして、午後三時頃にその少年は現れた。


 昨日も家の中に顔を向けながら歩き去った少年だ。外見から判断するに平民なのは間違いないだろう。


 少年は庭をキョロキョロと見ながら、その両手には何か道具のようなものを持って歩き去っていった。


 この時点で、俺はその少年でほぼ断定した。昨日も「家の外装をぼんやり眺める」子供が大半の中、一人だけ「庭の中を何かを探すように」視線を彷徨わせながら歩いていたのだ。


 それがアラインを探しているものと推理するのは自然だろう。


 だが、なぜアンルーアが彼に思い至らなかったのか、という疑問は残る。


 推理の確認も含めてアンルーアに話すと、数ヶ月ほど前から来なくなった少年がいたとのことだった。あの少年はおそらくその子のことだろう。


 更に、数ヶ月前の午後三時頃というと、アラインと共によく庭でお茶をしていたという。庭に植えている春のハーブが旬の時期で、訪れる子達と共にハーブを採って一緒にお茶をしていたそうだ。庭にアラインの姿を探していたと推理できる。


 しかし、アラインが塞ぎ込むようになったのは一ヶ月ほど前からだ。それまでは様子に変化は無かったので、塞ぎ込むようになった頃に遊んでいなかったその少年は聞き込みの対象から外していたと言う。


 まだいくつか疑問は残る。


 なぜ数ヶ月前に来なくなった少年が来るようになったのか。


 彼が原因だとするなら、なぜアラインは少年が来なくなった数ヶ月前から一ヶ月前まで様子に変化が無かったのか。


 また、根本的な疑問として、彼が原因だとしても、なぜ彼が来なくなることで塞ぎ込むようになってしまったのか。


 それに、本当に彼が原因かどうかも分からない。もしかしたら、彼に何か悪いことをされたという可能性もある。


 だが、ひとまず彼が明日も現れたら、事情を聞いてみようと思った。


 調査四日目。


 今日もアンルーアにパンと水を頂いて調査を続行する。


 そして、午後三時頃。


 予想通りに現れた少年に声をかける。


 少年がその両手に持っていたのは木彫りの人形だった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 今日もアラインは部屋から出ずにベッドで横になっていた。


 原因は数ヶ月前からパタリと来なくなってしまったゲシェンクである。


 彼女が誰とでも分け隔てなく接するので気づく人は誰一人としていなかったが、彼女が密かに恋心を抱いていた相手がゲシェンクだった。


 ゲシェンクは一年程前からアインザム家に顔を見せるようになった少年で、両親の方針により貴族も平民も一緒になって遊ぶ中の一人だった。頻繁に来るわけではないが、たまに来る時にはアラインは内心喜んでいた。


 まだ幼いアラインにとっては身分の差など考えたことも無く、また、両親から誰に対しても平等に優しく接するように言われていたアラインは、優しい平民の少年であるゲシェンクに恋をすることに何の疑問も持っていなかった。


 それが、一ヶ月程前に、子供達で遊んでいる中でトイレから戻る際にツヴァイトンの母親とアンルーアが話しているのを立ち聞きしてから世界が変わってしまった。


『ごめんなさいね。ウチの馬鹿がいつもご迷惑をかけて。なんだかアラインちゃんのこと好きになっちゃったみたいで。平民と貴族は結ばれないっていうのにねえ』


 ここ王都において貴族の使用人の大半は平民である。アンルーアもその例に漏れない。同じく平民であるツヴァイトンの母親は、そんな言葉を世間話の一環で気軽にアンルーアに話した。


 それを聞いてしまったアラインは急に世界が二分されてしまったように感じた。そして、密かに恋心を抱いていたゲシェンクが自分の世界にいないことに絶望的な気持ちになった。


 少し前からゲシェンクが急に来なくなったのも、そんな身分の差を意識するようになったのか、とか、同じ平民に好きな子が出来ちゃったのか、とか、そんな考えが急に頭を占めるようになった。


 更には、貴族と平民の身分の差について教えずに平等に接するように言う両親に対して怒りを感じるようになった。


 そして、アラインは塞ぎ込んでしまった。友人達に対しては今までのように身分差を意識せずに接することが出来なくなり、両親に対しては口を開くと文句を言ってしまいそうで、そんな自分が醜く思えて、ますます嫌になってしまった。


「お嬢様。お友達をお連れしました。入りますよ」


 だから、アンルーアのそんな言葉にも応じる気にはならなかった。


 足音が二つ近づいてきたが、数日前に大人の人を連れてきた時のように、ずっとそっぽを向くことにした。


「アラインちゃん。おからだの具合は大丈夫?」


 その聞き覚えのある声に、アラインは勢いよく体の向きを反対にした。


 すると、目の前には密かに思っていた少年が心配そうに自分のことを見ていた。


「だい……じょう……ぶ、です」


 急に寝ていることが恥ずかしくなったのと、パタリと来なくなった好きな人が目の前に現れたことで、アラインの顔は真っ赤に染まる。


 ゲシェンクは心配そうにしながらも、言葉を重ねる。


「前におままごとがしたいけど人形が無いって言ってたでしょ?ぼく、家が木を削る職人をやってるから、つくってきたんだ」


 そう言って、両手に持つ四体の木彫りの人形を一つ一つアラインの寝るベッドに置いていく。それは子供がつくったとは思えないほどの出来だった。


 アラインはベッドから上半身を起こして、目を輝かせる。


「中々上手くつくれなくて、時間かかっちゃった」

「いいえ。こんなに素敵な贈り物を頂いたのは初めてです。ゲシェンクさんはとても器用なんですね」


 アラインは自分を取り戻したように微笑みと共に気品ある言葉を返した。


 その様子にアンルーアは目を(しばたた)かせ、部屋の入口でこっそりと見ていたゾルゲもアングストもハルも一斉に目を剥いている。


 ゲシェンクは嬉しそうにアラインの反応を見る。


「よかった。喜んでくれて。頑張った甲斐があったよ。今度は動物の人形をつくって持ってくるね」

「はい。ありがとうございます。今度はわたしの方からも伺わせて頂きますね」

「ぼくの家に?うん。いいよ。木を削るところを見せてあげるね。父さんがつくった色んな木のものもあるよ」

「それはとても楽しみです」


 アラインはすっかり元通りに戻っていた。ゲシェンクを目の前にすると、今まで悩んでいたことがとても瑣末な事のように思えた。


 世間がどう思おうと、両親は身分の差を気にしなくていいと言ってくれているのだ。なら、自分もそのように生きればいい。一ヶ月悩んだ難問は恋心の前にあっさりと陥落した。


 部屋の入口には三者三様の顔があった。娘が元気を取り戻したことに安堵するゾルゲ。娘と少年の恋に自身の恋を重ねてときめく元平民のアングスト。その光景を理解しようとじっと見つめるハル。その三つの視線の先には、もはや身分の差を気にしない二人の子供の姿があった。


 そして、その二人を繋いでいるものが恋心であることにハルは察しがついていたが、やはりその感情を自己の内面に再現することは出来そうになかった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


「ハルさん。この度は誠にありがとうございました。ハルさんがいなければ解決できなかったと思います」


 無事アラインの問題が解決したことを見届けた俺は、ゾルゲとアングストから深々と頭を下げられた。


 だが、アラインが立て直したのはこの二人による教育があってのことだろう。遅かれ早かれアラインは自身を取り戻しただろうし、俺は運良くそのきっかけを提供出来たに過ぎないのだ。


「いえ。ゾルゲ様達の教育があってのことだと思います。俺、あ、私も勉強になりました」

「どうぞかしこまらないでください。ハルさんには返しきれないほどの恩がございますから」

「そうですよ。私達に出来ることがあれば遠慮なく言ってくださいね」


 ベリービッヒ達の築き上げてきた信用を、アレスカーナの看板を、傷つけずに終えられることに安堵した。


 だが、それ以上に、再び家族の幸せを守れたことに、俺は達成感を覚えた。


「わかりました。その際にはぜひお願いします。今回は俺もお役に立ててよかったです。それでは、今後もアレスカーナをよろしくお願いします」


 俺のよろず屋としての初仕事はそうして無事に終えることが出来た。


 アインザム家を後にすると、空はまだ青かった。


 その日は、ようやく買ったベッドで久しぶりに爆睡した。

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