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第二十四話 塞ぎ込んだ貴族令嬢 Ⅱ

「ようこそいらっしゃいました。どうぞお上がりください」


 今回の客のアインザム家に到着すると、家の主人が迎えてくれた。その様子は心待ちにしていたことがありありと伝わってきて、貴族を相手にするということで緊張していた俺は面食らう。


 どうやらクライネが話していた通り、よろず屋としてベリービッヒとグーテが築き上げてきた信用はしっかりと貴族相手にも伝わっているようだ。


 俺がこうしてこんな仕事が出来るのも、二人の積み重ねがあってこそのものだ。あらためて、その信用に傷をつけないようにと気を引き締める。


 家に上がらせてもらって案内されるまま居間に来ると、奥さんと見られる女と、使用人と思われる若い女がいた。塞ぎ込んでいるという令嬢の女の子はいないようだ。自室にいるのだろう。


 全員揃ったと判断したのか、家主の男があらためて挨拶を始める。


「それでは、この度はどうぞよろしくお願い致します。私は家主のゾルゲ・アインザムです。そして、こちらは妻のアングストと使用人のアンルーアです」

「お噂は聞いております。どうぞよろしくお願い致します」

「どうぞよろしくお願い致します」


 三人はそれぞれ軽くお辞儀をする。思った以上に所作に大げさな動きは無い。こちらに合わせてくれているのかもしれないが。


「ベリービッヒ・ヴァクストゥームです。よろしくお願い致します。こちらは本日から働くことになったハル・カゼです」

「どうぞよろしくお願い致します」


 俺はベリービッヒの普段とは全く異なる話し方に驚きつつ、お辞儀をする。


 ゾルゲは挨拶が済んだことを確認するように着席を促し、使用人のアンルーア以外の四人はテーブルを囲んで椅子に座る。アンルーアはゾルゲの斜め後ろに控えるように立っている。


 着席すると三人は感心したような目つきで俺に目を向けた。


「どちら様かと思っていましたが、ベリービッヒさんが弟子を取るなんてよほど優秀なんでしょうね」

「ええ。クライネも驚くほど魔法が上手なんですよ」

「「クライネ様が!?」」


 ベリービッヒの答えにゾルゲとアングストが思わずといった様子で叫んだ。アンルーアも驚愕の表情をしている。


 クライネ様、か。爵位に詳しくは無いが、騎士爵と言うと一代限りの爵位で、階級も下の方だったような気がする。だが、二人の様子を見るに明らかに格上相手のように扱っている。どういうことだ?


「あの【ミーレ】のクライネ様が認めるほどの魔法となると、凄いのでしょうね」

「ウチで働く合間に冒険者稼業もするそうですから、そのうち国中に名前が知れ渡る日も近いかもしれませんよ」

「冒険者もですか。それは楽しみですね」


 ゾルゲが興味津々といった顔でこちらを見るので、俺はベリービッヒの冗談に対する返事も兼ねて苦笑を返す。


 今のやり取りで少し事情は察したが、おそらく冒険者は爵位とはまた別の尺度で地位が高いのだろう。そして、三大冒険者パーティには上位貴族並の地位が認められているのかもしれない。


「まあ、彼については能力以上にその性格を買っています。娘さんの件についても、彼が活躍してくれるかもしれませんよ」

「そう、だといいのですが……」


 ベリービッヒが本題を持ち出すとゾルゲの表情が変わる。アングストもアンルーアも思い悩んだような表情になる。


「アラインさんは今も自室におられるんですか?」

「ええ。ベッドに横になっていると思います。もうここ一ヶ月ずっとそうなんです。始めは体調が悪いのかと、何かの病に冒されたのかと心配していたのですが、どうもそうではないようで」

「というと?」

「熱も無いし、体も見た限りどこも悪くなってないんです。ですが、外には頑として出たがらず、座学の時も全く集中しなくなってしまったのです。そうだな、アンルーア?」


 問われたアンルーアが一歩前に出て答える。


「はい。以前は座学もちゃんとやっておりましたし、誰とでも分け隔てなく話す、とても明るい外向的な方でした。それがなぜあのようになられてしまったのか……」

「アラインに何かあったのかと思うと、私は心配で……」


 アングストは堪えきれなくなったのだろう。涙を拭う。


 ゾルゲもアングストの肩を抱きながら、悲痛な面持ちをしている。


 ベリービッヒは同情的な目を向けながら、口を開く。


「あらためてお伺いしますが、そのきっかけとなるような出来事に心当たりは無いんですね?」

「ええ。アラインが塞ぎ込んでしまったのは一ヶ月ほど前からなのですが、私達はそれまでと変わらない日々を過ごしていました。娘との接し方を変えたこともありません。特に変わったことはしていないんです。アンルーアもそうだよな?」

「はい。ゾルゲ様とアングスト様が外出しておられる日中は私がアライン様の身の回りのお世話をしておりますが、いつもと同じ事しかしておりません」

「そのいつもと同じ事というのは、具体的にはどのようなものになるんですか?」

「はい。概ね午前中は講師の方に座学をつけてもらい、午後は庭でお茶をしたり、私と近くのお散歩をしたり、近所の子供と遊んだりといったものです」

「ふむ……」


 ベリービッヒは考え込むように顎に手を当てる。


 俺はその話を聞いて風花のことを思い出していた。風花も幼少の頃には桜がずっと面倒を見ていたな。


 そんなことを考える俺の顔は緩んでいたのかもしれない。ベリービッヒが俺を見ながら問う。


「ハル。何か思ったことはあるか?」


 俺は風花が機嫌を損ねた時のことを思い出して、言う。


「単純な推測ですが、大人の方で行動を変えていないのであれば子供同士の人間関係、そう、例えば、喧嘩をしたといったことは無いですか?」

「喧嘩、ですか…………いえ、喧嘩をしていたような記憶は無いですね。アライン様は皆からいつも人気で、好かれることはあっても嫌われるようなことは無いと思います」

「そうですか……」


 俺は少し自信があっただけにへこむ。風花の時は様子がおかしいと喧嘩が原因だったことがたまにあった。まあ、喧嘩でそこまで塞ぎ込むとも思えないが……。


「いや、いい線いってるんじゃないか?喧嘩じゃなくても、子供同士で何かの問題が発生したのかもしれない。ゾルゲさん。よく遊んでいた子達に心当たりが無いか聞きに行こうと思いますがいかがでしょうか?」


 ベリービッヒがそう聞くと、ゾルゲは後悔を滲ませるような顔で答えた。


「お恥ずかしながら、病や私達自身の行動を疑うばかりで思いつきませんでした。そうですね。ぜひ、その方向で調べて頂ければと。アンルーア、道案内を」

「かしこまりました」


 そうして、俺とベリービッヒは一度もアラインと話すこと無く、近所に聞き込みをすることになった。

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