第二十三話 塞ぎ込んだ貴族令嬢 Ⅰ
本章よりフォーマットが変わります。
また、本章では数話完結型の小話が中心になる予定です。
「ん……」
目を開けると、薄暗い部屋の中を鎧戸から朝焼けの光が差し込んでいる。天井には何も無く、壁にも何も無く、床にも何も無い。つまり、家具は何一つ無い。
「いてて……」
背中の痛みに思わず声が漏れた。起きたばかりだというのに既に体中がバキバキに痛い。特に背中は腰を中心にして痛みが大きい。
「筋肉痛ってこんなにきついのか……」
この世界に転生してから四日目の朝を迎えた俺は、買ったばかりの自分の家にベッドも無しに住み始めたことを若干後悔しながら起床した。
だが、その痛みもすぐに意識から消えた。
今日からよろず屋としての仕事が始まるのだ。エアコンとして仕事をし続けてきた俺が、人間になって初めて選んだ仕事だ。高揚感で筋肉痛を気にしている場合じゃなかった。
俺は大きく伸びをすると、家の中には食べるものも何も無いし、さっさと集合場所のクライネの家に向かうことにした。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
家を出たはいいものの、まだ早朝だったようで、ほとんど人は歩いていなかった。
そして、思ったよりも早くクライネの家に到着してしまったので、ベルを鳴らすか悩む。
ちなみに、クライネの家への道は、昨日散々歩き回ったこともあり覚えることができた。念の為、夜中にバレないように空を飛んで上空から確認もした。最短ルートを歩けば数十分程で着く距離だった。
俺が玄関の近くでどうしようかと迷っていると、ベリービッヒがドアを開けて出てきた。その手には木材が握られている。
ベリービッヒは俺の姿を認めると笑顔で声をかけてくる。
「おう、ハル。はやいな!初仕事で興奮したか?」
「ああ。まあそんなところだ」
あながち間違いでもない、というかその通りなので、俺は苦笑を返す。
「その木材、何をするんだ?手伝うよ」
「お、じゃあ頼むわ。看板を作ろうと思ってな」
「看板?よろず屋のか?」
「そうだ。ハルも入ったことだし、働くのがウチの人間だけじゃなくなったからな。名前をつけたんだよ」
「へえ。何て名前にしたんだ?」
「アレスカーナだ」
「アレスカーナか。何て意味なんだ?」
「意味は無い。響きだ」
「ハハ、ベリービッヒらしいな。でも良い響きだと思う」
「だろ?まあとりあえずそんなわけだからそっち持ってくれ。地面で加工するからよ」
「わかった」
そんな感じで朝早くからベリービッヒの指示に従って看板作りを始めた。
ベリービッヒは工具の扱いにも慣れていて、みるみるうちに器用に文字を掘り出していく。この世界の文字を知らない俺は木材を固定することと運ぶことくらいしか出来ず、作業のほとんどはベリービッヒがすることになった。やはり長年よろず屋をやっているだけあって何でも器用に出来るようだ。
一時間もする頃にはそこそこ見栄えのする看板が仕上がっていた。これならこの貴族向けの建物でも十分に看板として機能するだろう。
「まあこんなところだろ。これからもっと装飾をつけるかもしれねえけどな」
「すごいな。さすがよろず屋をやってるだけあると思ったよ」
「元々器用だったんだよ。何でも出来るから一つの仕事だけやるのがもったいなくてな。お前の故郷じゃどうか知らねえが、ここじゃ大体子供の頃から死ぬまでずっと同じ仕事をやるんだ」
俺は内心この世界の生き方の狭さに驚いたが、俺自身も前世はずっとエアコンだったし、転生したばかりだということがバレるわけにもいかないので適当に誤魔化した。
「俺の故郷も似たようなものだ」
「まあどこも似たようなもんか。よし、じゃあそっち持ってくれ」
ベリービッヒの指示に従って看板の設置をすると、「家」から一気に「よろず屋」らしくなった。
同時に、今日からここで働くのだという実感が湧いてきた。
「いい感じだな。じゃあ、あらためて、今日からアレスカーナでよろしくな、ハル」
「ああ。こちらこそよろしく、ベリービッヒ」
少しずつ人々が起床し始めた早朝、作業を終えた俺達は握手を交わして家に入っていった。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
まだパジャマ姿のクライネと共に朝食を済ませると、今日の仕事についてグーテから説明された。
ここから十分程の場所に住む貴族であるアインザム家の末娘アラインがここ一ヶ月ずっと塞ぎ込んでいるらしく、その原因を調査し、解決してほしいとのことだ。
両親は日中家を空けていることが多く、日頃から身の回りの世話をしている使用人が言うには原因に心当たりは無いらしい。
「そういう仕事もあるんだな。肉体労働がほとんどだと思っていた」
「そうね。でも珍しいわよ。貴族からはこういう変わった仕事も来るけど、ほとんどは肉体労働ね」
「元々平民の俺らが貴族の相手をするのも難しいってのに、こんな仕事まで来てたから困ってたんだ。頼りにしてるぜ、ハル」
グーテとベリービッヒにとっても貴族の相手は難しいそうだ。俺もカルテが無作法を許してくれていたから大丈夫だったけど、厳しい相手には会話すら出来る気がしない。
「そんな困った顔しなくても大丈夫よ。私達に依頼する貴族は、私達が平民あがりだということは分かってるから。それでも依頼するのはクライネの力ね」
「きっかけはそうかもしれないけど、依頼が絶えないのは二人の力だよ」
三大冒険者パーティに所属しているというのはそれだけの価値があるのだろう。何かしらツテが欲しくて依頼するようになった貴族もいる筈だ。
それでもお粗末な仕事をすれば依頼は無くなるだろう。そうならないということは、二人の能力も依頼するに値すると思われているということだ。クライネも両親のよろず屋としての能力を信用しているようだ。
「そうそう、ハルさんの貴族相手用の服を用意したから着てみて欲しいのよね」
グーテは思い出したように言うと、服が畳まれている棚から一着取り出した。それは、転生してから常に平民用の服を着ていた俺にとっては、かなり上質に思える。
「いいのか?お金もかかっただろうし、買わせてもらうよ」
「気にしなくていいわよ。ウチで働いてもらうことになったんだから、ウチで用意するものよ。とりあえず着てみて」
グーテの言う通りに上下を着替えてみると、身体にぴったりフィットした。
それを見て三人は目を見開いている。
「おまえ、よく見ると格好いいな」
「本物の貴族みたいだわ」
「化けましたね、ハルさん」
「あ、ありがとう。服のおかげだ」
ストレートに褒められたので普通に照れてしまった。まさかクライネにまで高評価をもらうとは。
「いや、本当に格好いいぞ。これなら貴族の女からの仕事が増えるかもしれねえ」
「そうね。もう一着作ろうかしら?」
「何をするつもりですか、ハルさん」
「いや何もしないが」
妙な方向に話が逸れそうだったので軌道修正を図る。
「えーと、それで、いつ出るんだ?」
「ちょっと待ってろ。俺も着替えたら出るぞ」
「わかった」
少ししてベリービッヒが貴族用の服に着替えると、その変貌ぶりに目を見張った。それはどこからどう見ても貴族にしか見えなかった。同時に、三人が俺を見て驚いたことにも納得した。服が変わるだけで印象が全く変わるものなのだ。
俺とベリービッヒは髪の毛も整えてもらうと、家を後にした。




