第二十二話 クライネとの雑談
クライネの家で朝食を頂いた俺は、約束通りクライネと共に自分の家を探しに街を歩き出した。
自分の家については、その外見は覚えているが、周囲の道や建物はうろ覚えだ。
王都は農村と違って建物が立ち並んでいて、似たような通りも多い。
カルテに任せきりだった俺は目印になるようなものも覚えていない。
そんな中で方角も分からずに見つけ出すのはかなり苦労しそうだ。
横を並んで歩くクライネは、お決まりのローブ服姿に着替え、寝癖も直っている。
一見すると子供のようにも見えてしまう彼女だが、魔法使いとしては国の三大冒険者パーティに所属する程の実力だ。
「ハルさん。その風魔法はどのように習得したのですか?」
クライネは家を出るなり風魔法についての質問をしてきた。
「それは言えない」
まず家の手がかりについて聞かないんかいと思いつつ、俺は誤魔化さずに答えられないということを答えた。
クライネには家に泊めてもらった恩もあるし、今後はクライネの家族にもお世話になる。
前世のことは言えないが、それを誤魔化さずに伝えようとは思った。
賢者もそうだったが、魔法使いならきっと気になってしまうのだろう。
「そうですよねえ。まあ、仕方無いですね」
だが、俺の予想に反して、クライネはあっさりと流した。
その返しに拍子抜けしたので思わず確認する。
「えっと、いいのか?」
「ええ。あんな魔法が使えるのは相当な秘密があると思いますから」
そう言われて、俺は気になっていたことを聞く。
賢者にも褒められたので俺の風魔法は凄いのだろうとは思う。
でも、どう凄いのか聞いてみたかった。
「俺の風魔法はそんなに凄いのか?」
「凄いですよ。ハルさんは、多分その価値を分かってないと思います」
「俺の魔法の価値?」
「ハルさんの魔法は戦術、いや、戦略すらも大きく変えうるものなんですよ。飛行魔法についてはご存知ですよね?」
「ああ、俺がやったようなものだろう?」
「いいえ、全く異なるものです。飛行魔法は、元々は重力魔法と風魔法を組み合わせた理論上の存在でした。重力魔法で自分を軽くした上で風魔法で移動するというものです。ですが、そもそも重力魔法を使える人がほとんどいない上に風魔法を同時に使うなんて至難の業です。使える人はいませんでした。なので、その二つを自分自身の飛行に限定する形で、魔法制御を最小限に狭めていきました。そして、なんとか実現したのが飛行魔法です」
「なんだか複雑なやり方だな」
「ハルさんの風魔法の方がよほど複雑ですが?」
少し怒気を含んだ声音にクライネを見ると、ジト目でこちらを見ていた。
「ん……そうだな……」
俺が視線を泳がせるようにしてそう返すと、クライネはやれやれといったふうに溜め息を吐いた。
「それで、その飛行魔法だって、稀に適性を持つ人が習得できるというもので、使える人自体非常に珍しいんですよ。私が知ってるのは【ボッシュ】のクレアくらいです。でも、多分クレアでも人を乗せて飛ぶなんて無理だと思います」
「えーと、ボッシュ……」
「クールン王国の三大冒険者パーティの一つです。ウチがミーレで、他にボッシュとシーメンスがあります」
「ああ、そうだったな。しかし、そこまで珍しいのか」
「ハルさんのは飛行魔法を更に上回るんですよ。クレアでも空中で出来るのは剣の物理攻撃だけです。ハルさんは飛びながら風魔法で攻撃するようなことも出来るでしょうし、昨日のように魔法使いの私を乗せて飛ぶことも出来ますよね。それは、戦力を地上に構えることが基本の私達にとっては、根本的な戦い方が変わるものなんですよ」
「戦い方が変わる、か。具体的にはどんな相手と戦う時に俺は役に立ちそうなんだ?」
「それはもうどんな相手でもです」
「どんな相手でも?」
「そうです。えーと、相手というか、根本的な戦いの有利条件の話になりますが、まず飛べないものより飛べるものの方が有利なんですね。そして、飛べるもの同士だと、より速く飛べるものの方が有利になります。より位置的な制限が少ない方が有利ということです。で、飛行速度も自由自在なハルさんの場合は最も有利な条件で戦えるんです」
「なるほど。そう聞くとたしかに俺の風魔法は凄いかもしれん」
「ただし、調子に乗っては駄目ですよ。世の中には色んな魔物がいます。風魔法が一切効かない魔物、相手の魔法を封じてしまう魔物、相手の動きを止めてしまう魔物。そういった魔物は実際に存在します。そこは、私達が教えていきますから安心してください」
「敵との相性も大事ということか。だから皆それを補う為にパーティを組むんだな」
「そういうことです。ところでハルさん」
「ん?」
「ここはさっきも歩きました」
「おっと」
どうやら話に夢中になりすぎてぐるぐると回ってしまったらしい。
俺は周りを見渡すが、見覚えのない建物ばかりだ。
ふと思ったが、クライネはこの辺に詳しいのだろうか。
適当にさっきと違う道を歩き出しながら聞いてみる。
「話は変わるけど、クライネはこっちに住んでどのくらいになるんだ?」
「まだ一年とちょっとくらいです」
「一年とちょっとだとまだ地理には詳しくないんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。昨日飛んでいる時に私が案内したことを忘れましたか?」
「そういえばそうだったな」
「四年前にパーティを組んだ時から城の周囲に集まることも多かったので、この辺は大体分かります」
「皆この辺りに住んでるのか?」
「シュターク以外はこの周辺ですね。シュタークは今も街の外れに住んでいます」
「シュタークも平民の出身だったのか」
「冒険者はほとんどが平民ですよ。成り上がる為に始める人ばかりですから」
「そう言われてみると、たしかに貴族がわざわざ危険を冒して冒険者になる理由は無いか」
「そうですね。フロインドリッヒさんは貴族出身ですが、かなり珍しいです」
「フロインドリッヒさんは貴族出身なのか。何で冒険者になったんだ?」
「子供の頃に誘拐されたところを冒険者の人に命を救われたそうです」
「誘拐……」
それを聞いて、胸がざわめくような感覚があった。
俺が守りたい家族の幸せを悪意をもって壊そうとする者。
べリービッヒは人探しの仕事はどうしようも無いことばかりだと言っていた。
それには誘拐も含まれている……ということか。
「貴族の誘拐は……そこそこあります」
クライネは俺の顔を見ながら言う。
「色々な国に行ってきたので分かりますが、王都は良い場所です。それでも、そういったことは起こります」
「まあ、完璧なところなんて無いだろうしな……」
「よろず屋として働くと、そういう負の側面も多く見ることになるかもしれません。でも、先程も言いましたが、王都は良い場所です。他の場所では、領主が率先して悪事に加担しているような場所もありますから」
「……そうか」
俺は漠然と目の前の困っている人を救いたいという衝動から行動してきた。
だが、世の中には、他人を困らせることで利益を得ようとする者達もいる。
それを一般的に悪と呼ぶのだろう。
そういう悪を排除することも、よろず屋として必要なことなのかもしれない。
「ところで、ハルさん」
「ん?」
「ここはさっきも歩きました」
「……」
だが、今は家を探さなければならない。
俺とクライネは、結局そんな雑談を交えながら夕方まで歩き、ようやく家に辿り着くことが出来たのだった。




