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第二十話 よろず屋の仕事

「お邪魔します」


 クライネの家にあがらせてもらうと、中では二人の女が話していた。

 一人が俺に気づいて会話の途中で俺に挨拶をする。


「あら。お客さんかしら?」

「こちらはハル・カゼさん。昨日街に来たばかりで困ってて泊めてあげることにしたから」

「そうなの。クライネの母のグーテです。どうぞごゆっくり」

「すまない。世話になる」


 挨拶を済ませるとグーテは再びもう一人の女との会話に戻った。

 どうやら今話している相手は客のようだ。

 ここは貴族向けの家だが、客の服装から考えるに平民だと思われる。

 そして、その顔色はかなり悪い。

 話に戻ったグーテも深刻そうな顔になる。

 ただならない雰囲気だ。


「本当に助かります……もうヴァクストゥームさんしか頼れなくて……」

「大丈夫です。きっと助かりますよ」


 「きっと助かりますよ」という言葉から察するに誰かの身が危険に晒されているのだろう。

 そして、それは身内と考えるのが自然だ。


「お金も大した額を出せないのに……感謝しかありません」

「いいんですよ。お金の為に仕事をしている訳じゃありませんから」


 そのクライネの母の言葉が刺さる。

 俺はその言葉の意味を知りたくなった。

 俺にはまだ何の仕事をするかも、誰の為に仕事をするかも答えが見つかっていない。

 その糸口になる気がした。

 クライネは少し先に行ったところで俺を見ている。

 俺を空き室へと案内しようとしてくれているのだと思う。

 だが、俺は前世の後悔を繰り返したくは無い。

 目の前に困る人がいるのに放ってはおけない。


「いきなりすまない。話が聞こえてしまった。俺にも手伝えることは無いか?」


 二人がこちらを向く。

 俺の突然の行動に驚いているのだろう。


「何かとても悪いことが起こっているんだろう?首を突っ込むようで悪いが、俺にも手伝えることがあるなら手伝わせてもらえないか?」

「い、いえ、そんな悪いですから……」


 客の女は遠慮するように言った。

 グーテは、躊躇い、迷い、そして決意したように言う。


「力を借りてもいいかしら?」

「もちろんだ。俺に出来ることなら何でもしよう」

「助かるわ。こちらはベダーフさん。彼女の息子のフロース君、12歳になるんだけど、服を川に洗いに行ってから帰らなくて。どうやら川に流されてしまったみたいなの」


 ベダーフの目は遠慮しているようで縋るように助けを求めているようにも見える。


「あの、本当にいいんでしょうか……?」

「もちろんだ。川というと街の外を囲むあの川か?」

「そう。場所は西の大きな橋の近く。洗いに行ったのが今から二時間程前だから結構流されている可能性があるわ」


 べダーフに代わり、グーテが切迫した様子で答える。

 クライネの家はまだ街の中心の城からさほど歩かない距離にある。

 街の外の川となると、ここから一直線で行っても距離がある。

 12歳ならある程度泳げるとは思うが、二時間前となると正直かなり厳しいだろう。


「ハルさんの道案内は私がします」

「クライネ。いいのか?」

「また迷子にさせるわけにはいきませんから」

「いや、今回は……」


 今回は空を飛ぶから大丈夫だ。

 と言おうとして、空を飛んでも地理に詳しくないことには変わりないと思った。


「すまない。助かる」

「じゃあハルさん、クライネ。よろしく頼んだわ」

「はい。行きましょうハルさん」

「ああ」


 涙を流しながら深々と頭を下げて感謝を告げるベダーフと、そんな彼女の背をさすりながらこちらを見つめるグーテを残して、俺とクライネは家を出た。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 俺は早速風魔法を起動して宙に浮く。

 それを見てクライネが驚愕の表情になる。


「え!?なんですかそれ!?」

「風魔法が得意なんだ。早く行こう」

「得意って次元じゃないですけど!?私、飛行魔法使えません!」

「え、そうなのか」


 どうやら飛行魔法というのは珍しいのかもしれない。

 そういえば、ここに来てから一度も空を飛んでいる魔法使いを見たことが無い。

 ともあれ、急がなければならない。

 カルテにしたように、クライネにも掴まってもらおう。

 俺はジト目で見てくるクライネを風魔法で浮かせて俺の背中に寄らせる。


「きゃあ!」

「俺の背中に掴まってくれ」

「す、すごい……!あ、背中、はい」


 クライネが背中に掴まったのを確認すると、一気に高度をあげていく。

 ついでに自分達の周囲の風だけ穏やかにして耳に入る風の音を減らす。

 50mほどあがって街が見渡せるようになる。

 今は夜なので目立たないだろう。


「すごい……こんな風魔法の制御……貴方は一体……」

「ああ、得意なんだ。どっちに向かったらいい?」

「あ、えーと、あっちの方角です」


 クライネが指差す方向へ体を向ける。

 街の中心部は明るいが、外にいくにしたがって暗くなり、途中からはほとんど見えない。

 空を見ると月も出ていない。

 これは探すのにかなり苦労しそうだ。

 俺はとりあえずクライネの指差す方角へと加速した。


「ウチは元々平民なんです。前は街の外れに住んでいました」


 クライネが不意に雑談を始めた。


「私が冒険者として活躍するようになって騎士爵を貰うと、親も周りの人ももっと良いところに住んだほうが良いってなって。それでここに住み始めました。でも、両親は元々やってたよろず屋を続けてるんですよ」

「そうだったのか」

「ベダーフさんは母の昔の知り合いなんだと思います。私は覚えてませんが。それで、街の外れの方が暗いのは明かりに使われる魔石が高くて買えないからなんです」

「なるほど。明かりには魔石が使われているのか」

「火も使われますけど、蝋燭(ろうそく)松明(たいまつ)も平民で日常的に使っている人はほとんどいないですね。たまに使われるくらいです。お店では使うところもありますが」


 そういえば昨日の宿屋も暗かった。

 ランプを渡されたが、ああいったものは普通の家には無いということだろう。


「なので、私達を頼ったのだと思います。平民同士では探すのも難しいと思うので」

「なるほど。しかし、俺は明かりの魔石を持ってないが大丈夫か?」

「ええ。私は炎魔法が得意なので。川についたら炎で照らします」

「ほー。炎魔法というのもあるのか」

「知らなかったんですか!?」

「あ、ああ、田舎に住んでいたから魔法には詳しくないんだ」


 どうやらまた驚かせてしまったのでカルテに教えてもらった誤魔化しを使う。


「田舎って。風魔法といい、本当に謎が多いですね……」


 クライネはかなり怪しんでいる。

 背中にいなかったらまたジト目で見られていただろう。

 顔を見られなくて助かった。


 と、そうこうしているうちに街の外に近づいてきた。

 少し先にほのかに橋が見える。


「あれがその橋です!」

「わかった!高度を下げる!」


 俺が高度を下げていくと、斜め前方の少し離れたところに松明のように炎の塊が現れ、橋の周辺を照らす。

 あれがクライネの言っていた炎魔法か。


「熱くはないですか?」

「大丈夫だ!これなら探しやすいな!」


 橋の上空に着くと、更に高度を下げて川のすぐ上をゆっくりと浮くように飛ぶ。


「川の流れから考えて北の方に向かって流れていったかもしれませんね」

「そうだな。このままゆっくりと北の方に進んでいく」

「あとは――」


 炎の塊が二つ増えて、川の両端を照らす。

 更に見やすくなった。


「すごいな。そんなこともできるのか」

「このくらいなら簡単です。ハルさんの風魔法ほどじゃないですよ」


 俺は苦笑しながら川を注視する。

 川の流れはゆっくりとしているが、深さはありそうだ。

 街からは少し離れていて、溺れながら叫んでも声は届かないだろう。

 掴まれるようなゴミもほとんど浮いていない。

 状況は芳しくない。

 ゆっくりと見ながら進んでいると、前から声が聞こえてきた。


「フロースーーー!フロースーーー!」


 その声は枯れていて、ずっと叫んでいたのだろうと思われた。

 俺達が近くに寄っていくと、その声が止んだ。


「ベダーフの子供を探しにきた!あんたは!?」


 クライネの炎が男を照らす。

 その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 手にはいくつかの服を持っている。

 あれが川べりにあったということだろう。

 男は声が詰まったようにしている。


「ハァハァ……うっく……頼む……フロースを見つけてくれ」

「わかった!」


 聞くまでもなくベダーフの夫だろう。

 明かりもない中、返事があることを願ってずっと叫び続けていたのだ。

 俺は再び移動を開始する。


「ハルさん。ハルさんは右側に集中してください。私は左側に集中します」

「なるほど。わかった」


 俺は視線を右側に集中させる。

 最悪の事態を考える。

 フロースが既に助からなかった状態だとしたら、おそらく水中だ。

 川の水は濁っていて、炎で明るく照らしているが見えることは無いだろう。

 その場合は諦めるしかない。

 見つかる可能性があるとしたら、何とか川べりに脱出しているか、何かに掴まって浮いているかだろう。

 後者の可能性が低い以上、川べりを重点的に見た方がいい。

 頼む、見つかってくれ。

 俺は祈るように川べりを見続けた。

 しばらく行くと、前方に小さな橋が見えてきた。

 川を跨ぐように二本の脚で支えていた先ほどの橋と違って、川の真ん中にも脚がある。


「ハルさん。あれ」

「ああ。真ん中の脚にいるかもしれない」


 俺はスピードを上げて川の真ん中の脚に向かった。

 だが――。


「ここも駄目か……」


 かなり希望を持っただけに落胆は大きかった。

 俺が再び先に進もうとした時にクライネが叫ぶ。


「ハルさん!水中です!揚げてください!」

「え?」


 クライネの言葉に、さっき見たところをよく見る。

 すると、橋の脚に引っかかるようにして、頭頂部の一部が水面から出ているのが分かった。

 その光景に俺は絶望を感じながら、急いで近寄り、体を水中から引き揚げる。


「フロインドリッヒさんのところに行きます!全速力で!」


 その子の状態を確認する間もなく、クライネが指示を出す。

 そうか、フロインドリッヒは僧侶か!


「わかった!」


 クライネが指差す方角へ急ぐ。

 風量を上げ、過去最高速で空を飛ぶ。

 周りの景色が一瞬で通り過ぎていく。

 再び明かりの多い街の中心部に近づいてきた。


「あの家です!」

「了解!」


 俺はクライネの指差す家に近づいてスピードを緩め、その庭に着地する。

 クライネは地面に足が着くやいなや玄関に走り出してベルを鳴らす。

 少ししてフロインドリッヒが中から出てきた。


「あら?クライネちゃんと……ハルさん?」

「フロインドリッヒさん。すいません、あの子を助けてください。間に合わないかもしれません」


 クライネがそう言うと、フロインドリッヒの表情が変わる。

 おっとりとした顔から真剣なものになり、俺の方に走ってきた。


「寝かせてください」

「わかった」


 フロインドリッヒの指示に従ってフロースを庭に仰向けに寝かせる。

 あらためてフロースの体を見て、俺は息を呑む。

 その状態は絶望的に思えた。

 フロインドリッヒは寝かされたフロースの前で両膝を地面につけて両手の指を組み合わせると、目を閉じて、祈るように集中し始める。


「天におられる慈悲深き神よ。この哀れな少年にどうか再び命をお与えください」


 フロインドリッヒがそう唱えた瞬間、既に夜だというのに空から一筋の光が降り注いで来た。

 その光はフロースを照らし、その体がゆっくりと光に包まれていく。

 更にフロインドリッヒが手を解いてフロースの体につけると、体の状態も徐々によくなっていく。

 その神秘的な光景を俺はただ呆然としながら見つめていた。

 そっと横にクライネが立つ。


「助かりましたよ」

「そうなのか?」

「ええ。助かる見込みがある場合のみ空から光が降り注いでくるんです。あの状態まで行ってフロインドリッヒさんが蘇生出来なかった人はいません」


 俺は今もなお続いている神秘的な光景に目も心も奪われながら答える。


「すごいな……」

「フロインドリッヒさんはすごいですよ。私達も何度も命を救われていますからね」


 そこで思い出したが、彼女達はミーレという冒険者パーティのメンバーだった。

 たしか、クールン王国の三大冒険者パーティの一つだと言われていた。

 フロインドリッヒもだが、クライネも本気を出したらすごいんだろうな。

 あらためて二人に感心していると、フロースの光がおさまり、フロインドリッヒがその魔法を終える。

 そして、フロインドリッヒがフロースの顔を横に向けてお腹をゆっくり押していく。

 すると、フロースは勢いよく水を吐き出した。


「ゴホッゴホッ!おええええ!……あれ、ここは……?」


 フロースは状況が飲み込めていない様子でこちらを見ている。

 本当に生き返ってしまった。

 俺はその奇跡に言葉が出ない。

 代わりにクライネが前に出て答える。


「フロースくん。川に服を洗いに行ったことは覚えてる?」

「え?えっと……あ、そうだ。おれは、川に行って、それで……え?」

「そう。君は川で溺れちゃったんだ。それを、私達が助けたところだよ」

「え、え?」

「まあ詳しくは後で親から聞いて。ハルさん、私の父とフロースくんのお父さんにも無事助かったことを伝えに行きましょう」

「ああ。そうだな。よし、じゃあまた掴まってくれ」


 俺がそう言うと、クライネが俺の背中に掴まる。

 それを不思議そうに見ていたフロインドリッヒとフロースは、俺達が上空へ飛んでいくとさらに驚愕の顔へと変わった。

 その後、クライネの父親とフロースの父親に無事を伝えてから、フロースをクライネの家で待つベダーフに送り届けると、ベダーフは涙を流して喜んだ。

 フロースの父親がクライネの家に着く頃にはすっかり深夜になっていたが、フロースの無事を確認すると全ての力が抜けたように足腰が立たなくなり、滂沱の涙を流してフロースを抱き締めた。

 そんな家族に対して、クライネの両親は俺とは別の空き室で一晩泊まるよう勧め、その日は皆クライネの家で一晩を過ごした。

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