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第十九話 帰宅失敗

 カルテは、従者達との話し合いの末、自分の気持ちをハルに正直に伝えることにした。

 もっと良い策を考えることも選択肢にはあった。

 だが、それは困難なものになると皆も理解していた。

 カルテの気持ちを伝えずに、カルテが城の外にいた理由を納得のいく形で誤魔化し、いつ芽生えるかも分からない恋愛感情をカルテに向けさせる。

 そんな迂遠なあり方はカルテに合わないと従者達は考えた。

 カルテ自身も、本心を誤魔化し続ける苦しさを感じていた。

 そんな似合わない生き方をするよりも、しっかりと人生で初めての恋愛に向き合うべきだと考えた。

 打算もあった。

 誰よりも先にハルに告白することで、今後、仮に別の人がきっかけでハルに恋愛感情が芽生えたとしても、その時にカルテを意識させることができるかもしれない。

 先にカルテに告白されたのだから、先にカルテに向き合うべきと考えてくれるかもしれない。

 そうなれば、きっかけが誰であってもカルテの方が好きだと思ってくれるかもしれない。

 だがそれは全て「かもしれない」に頼る脆弱な打算だ。

 あってないようなものだった。

 それに、少なからずリスクもあった。

 初めて恋愛感情を向けられることでハルにどんな反応が起こるかは分からなかった。

 信頼だと思っていた関係が一方による恋愛だったことで拒絶を生んでしまう可能性もあった。

 カルテにとっては自分の思いが拒絶されるかもしれないという恐怖があった。

 だが、決断は下された。

 元々、人の心というのは自分のものでさえ思い通りにならないのだ。

 カルテはハルと自分を信じることにした。

 そんなカルテを従者達は信じることにした。


 見張り台から戻ってきた二人の表情を見て、従者達は心の底から安堵した。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 その後、城の料理を頂いた俺は、そのあまりの美味しさに飛びまくった。

 そして、カルテ達に別れを告げて城から出ると、今度こそ初めて一人になった。


 既に日は完全に暮れて、すっかり夜になっている。

 城の付近は貴族向けの邸宅や豪華な施設が多く、昨日の夜歩いた街の外れと違って夜も明るい。

 俺はカルテから渡された家の鍵を持って自分の家に向かって歩き出し――。

 そこで気付いた。


「俺の家、どこだ……?」


 考えてみれば、家から城までただカルテに引かれるままに歩いてきた。

 城は大きいからすぐに場所は分かる。

 だが、城からの帰り道は覚えていない。

 そして、今日は朝からしばらく歩いたとはいえ、このあたりの地理にはまったく詳しくない。


「迷ってしまった……」


 まさかの事態に頭を抱えた。

 今から城に帰るというのもアリだろうけど、またカルテ達の世話になるのは躊躇われた。

 昨日からお世話になりっぱなしなのだ。

 一人でなんとかしなければ。

 俺はとりあえず当てずっぽうでなんとなく来た道を思い出しながら歩いてみる。

 十分ほど歩くと、全く見覚えの無い道を歩いていた。


「更に迷ってしまった……」


 何かヒントが無いかと思い、家の鍵を見る。

 それには持ち手部分に魔石が埋め込まれているだけで、文字等は書いていない。

 あの時カルテがやったように、何か魔石を発動させれば場所が分かったりするだろうか。

 そう思い、魔石に向かって念じてみるが、何も起こらない。

 どうしたものか。

 俺が途方に暮れていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「おや。ハルさんじゃないですか」


 声の方向に視線を向けると、クライネがいた。


「助かった……」


 思わずそんな言葉が口をついて出た。


「え、どうしたんですか?」

「いや、実は今日家を買ったんだが、家への帰り道を忘れてしまったんだ」


 クライネは珍妙な生き物を見るような目で俺を見る。


「昨日の今日で家を買ったことと、いきなり迷子になったことのどちらにツッコんだらいいんでしょうか」

「……好きな方で」

「まあ、それはともかく、『助かった』と仰いましたが、どういう意味でしょうか?」

「魔法使いのクライネならこの鍵の魔石から場所が分かったりするのかと思ってな」

「そういうことですか。でしたら、残念ですが、家の鍵の魔石にそのような機能はありません」


 それを聞いて俺は愕然とした。

 どうやら今日家に帰ることは諦めるしかなさそうだ。


「そうか……」

「もしよければウチの空き室をお貸しすることもできますよ」

「え、いいのか?」

「ええ。そういう意味の『助かった』かと思いました。そこがウチですし」

「え?」


 クライネが指差す方向に顔を向ける。

 俺の真後ろには貴族向けであることが分かる小綺麗な家があった。

 クライネが先を歩いて手招きする。


「どうぞ」

「ああ。ありがとう。本当に助かるよ」

「いえいえ。冒険者なら日常茶飯事ですから」

「そうなのか?」

「ええ。色々な場所でお世話になったりお世話をしたり。今度ハルさんが冒険者になったら困ってる人をお世話してあげてください」

「俺はまだ冒険者になるかは分からないよ」

「え?ならないんですか?」


 クライネが立ち止まって驚愕の顔で見上げてくる。

 なんだ、この反応?

 俺が冒険者になることを確信してたとでもいうような。


「そんなに意外か?」

「ええ。冒険者じゃなかったら何をするつもりなんですか?」

「それがまだ決まってないんだ。色々な人を知ることができる仕事をしたいとは思ってる」

「色々な人を知ることができる仕事、ですか。なら、ウチで働いてみるのもいいかもしれません」

「クライネの家で?」

「あ、いえ、ウチというのはウチの家族の――」


 そう言いながらクライネの家の玄関に近づいた時、ドアが開いた。

 中から頑丈な作業服のようなものを着た男が出てくる。


「おー、おかえり、クライネ。また冒険者のツレ、って服でもねえな?」

「この人はハルさん。昨日この街に来たばかりで困ってたから泊めるよ」

「あー好きにしろ。ベリービッヒだ。よろしくな」


 ベリービッヒが手を差し出してきたので握手をする。


「ハルカゼだ。よろしく」

「じゃあ俺は仕事行ってくるから」

「はい。気をつけて」


 クライネの言葉も待たずにベリービッヒはさっさと行ってしまった。

 おおよそ予想はついてるがクライネの父ということだろう。


「今のが私の父です。よろず屋をやっています」

「よろず屋?」

「ええ。頼まれたら何でもする仕事です」


 それを聞いて、さっきクライネが「ウチで働いてみるのもいい」と言っていたことの意味がわかった。


「面白い仕事だな」


 俺はベリービッヒの仕事に興味を持った。

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