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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第四章 王立学園入学
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第七十七話 赤髪の双剣少女

 アースランド領を笑顔で旅立ったリリィだったが、その表情は早々に曇ることになっていた。

 それは、晩餐会に参加すべくスクエア領へ旅立った時と同じ理由。

 そう、船酔いである。


「うおぇ~……」


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃ、ないかもです……」


 ベッドで横になり、青い顔で答えるリリィには、いつものように虚勢を張る元気もない。

 前世の船と違い、魔法という要素が合わさったこの世界の船は、帆船でありながら無風状態でも進むことが出来、何なれば川を登ったり、向かい風の中でも速度を落とさないなどと言った荒業すら可能な高性能ぶりだが、揺れの大きさに関してはあまり改善が成されていない。

 まあ、リリィが現在乗っているのは上級貴族が持っているような遊覧船ではなく、ランターン商会の商船なので、乗り心地の改善などに金や技術をつぎ込まないのもある意味当然なのだが。


「そういえば、リリィは船に乗るの初めてなんだっけ? はい、薬」


「そうですよ……ありがとうございます、ルル君」


 しかし、ランターン商会の船ということで、頼もしい薬師の婚約者がいてくれたことは不幸中の幸いだった。

 酔い止めの薬を煎じて貰い、それを飲まされながら、リリィはルルーシュにお礼を伝える。


「気にしなくていいよ、リリィは僕の……その、婚約者なんだし」


 自分で言っていて気恥ずかしくなったのか、赤くなった頬を掻きながらルルーシュは言う。

 彼もまた十歳になり、リリィと共に学園に入学することになったのだが、中性的で可愛らしいその容姿は背が伸びた今でも健在で、下手をすれば女子よりも男子から人気が出るのではないかとすら思える。

 そんな弟分の姿を見て、少しだけ元気を取り戻したリリィは、そういえば、ともう一つ気になっていたことを尋ねる。


「マリアベルさんも船酔いが酷そうでしたけど……大丈夫そうですか?」


「リリィよりはね。薬を飲んで、今は寝てるよ」


「そうですか……良かったです」


 ルルーシュの言葉に、リリィはほっと息を吐く。

 彼女もまた同い年のため、今回は同道することになっていたのだが、リリィよりもずっと早くから船酔いでダウンしていたため、まだ軽く顔を合わせることしか出来ていなかった。

 酔った時はいっそ眠ってしまった方が楽だと聞くし、彼女もどちらかと言えば、リリィと同じであまり体が丈夫な方ではない。今はそっとしておくべきだろう。


「お嬢様も、人の心配ばかりしていないで、眠ってしまってはどうですか?」


「眠れれば楽ですけど~……気持ち悪くて眠れる気がしないです~……」


「では、私が魔法をかけましょうか?」


「はい、お願いします……」


 いつになく素直に頷くリリィの姿に、申し訳ないと思いながらも少しばかり微笑みつつ。カミラはその額に掌を添える。


『夢現に揺蕩う精霊達よ、彼の者に安らかなる眠りを与え給え。《睡眠スリープ》』


 ふわり、ふわりと、リリィの周りに泡のような光が漂う。

 それがぱちん、ぱちんと弾けていくのを見ながら、リリィはゆっくりと瞼を閉じていった。






「んー……んぁ?」


 どれほど眠っていただろうか。

 目を覚ましたリリィは、船の揺れが止まっていることに気が付いた。


「着いた……わけないですよね。まだ何日かかかるはずですし、いくらなんでも船酔いだけでそんなに昏睡するわけないですし」


 よっこらせっと体を起こし、辺りを見渡すが、カミラもルルーシュも姿が見えない。

 少し外しているだけなのか、それとも船を降りているのか。

 そこまで考えたところで、リリィは出港前にざっくりと聞いた航海予定を思い出し、ああ、と納得した。


「そういえば、途中でルードヴィン男爵領に寄るって言ってましたっけ」


 ルーカスの実家、ルードヴィン男爵領。

 ルルーシュ達ランターン商会の交易相手の一つで、リリィ達も運賃こそ払っているが、立場としては交易ついでの相乗りだ。当然、王都に着くまでにそうした場所へ何度も立ち寄ることは了承済み。

 文句を言えることではないし、むしろ小まめに休憩できることは船酔い体質としてはありがたい。


「ちょっと外の空気を吸いに行きますかねー」


 なればこそ、停泊しているというのなら、その機会にしっかりと休んでおかなければ。ひとまず船酔いは収まったとはいえ、どうせ出港すればすぐに気持ち悪くなるのだし、可能な限りそれに備えておく必要がある。

 そう考えたリリィは、ベッドから降りて甲板に出る。

 予想通り、川沿いの桟橋に船が停泊していることを確認したリリィは、アースランドの村より一回り大きな村を眺めながら、大きく息を吸い込む。


「ふぅ~、アースランドほどじゃないですけど、やっぱり田舎の空気は美味しいですね~、こう言ったらルル君に悪いですけど、狭っ苦しい船の中よりずっといいです!」


「田舎って、アースランドよりはマシだろ」


「へっ?」


 独り言のつもりで呟いた声に返答があり、リリィは素っ頓狂な声を上げる。

 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 リリィよりは背が高いが、成人にはまだまだ遠そうな幼い顔立ち。

 勝ち気そうな切れ長の瞳に、ざっくりと短く切り揃えられた赤い髪が、どこか少年的な雰囲気を漂わせる。

 腰には二本の剣が下げられ、魔導士というよりは騎士を目指しているのだと一目で分かることもそんな印象を助長しているだろう。


「ええと……私、リリアナ・アースランドです。あなたは?」


 どことなく見たことがあるような気もするが、初対面には違いない。

 そう思って挨拶をすると、少女は「ああ」と思い出したように口を開いた。


「オレはヒルダ・ルードヴィン。兄貴が世話になってるんだろ? よろしくな」


「ルードヴィン……ああ、ルーカスさんの妹さん!」


 ようやく自分の中で引っかかっていた物の正体に気付き、リリィは手を叩く。

 確かに、ルーカスの妹というのであれば、既視感のようなものを感じてもおかしくはない。改めて見れば、目元や鼻筋、何よりその髪色など、兄妹でよく似ている。


「お転婆だって聞いていましたけど、騎士志望なんですか? その剣、もしかして二刀流!? カッコイイですね!」


「お転婆って……否定はしねえけど、うちの兄貴は一体オレのことなんて言ってるんだよ。今度戻ってきたら絞めてやるあの野郎……」


 うっかり口を滑らせるリリィに、ヒルダは物騒なセリフを吐く。

 本人の預かり知らぬところで、帰省時の運命が決定してしまったことに、ルーカスが身震いを覚えたかどうかは……神のみぞ知る。


「私と同い年だって聞いてましたけど、もしかしてヒルダさんもこれから学園に向かうんですか?」


「ああ、そうだよ。てか、お前も剣使うのか? 木剣みたいだけど」


「あ、はい、そうですよ」


 腰に提げた魔木製の黒い木剣を指して尋ねられ、リリィはこくりと頷く。

 学園に入学するのだから、リリィにもちゃんとした剣を……と、反対していたカロッゾでさえ言ったのだが、リリィの得意技、《魔力剣マナブレード》を使う上では、下手な剣よりも使い慣れたこちらの方が便利だ。

 更に言えば、これは大切な兄からの贈り物であり、友達が直接魔法陣を刻み込んでくれた物。そう簡単に手放せるものではない。


「じゃあ、出港まで少し時間あるし、軽く打ち合わないか? オレってあまり領の外に出ねえし、同級生がどれくらい“できる”のか見てみたかったんだよ」


「なるほど……いいですよ! ちょっとやりましょうか!」


 申し出を受諾し、二人は模擬戦形式で打ち合うことになった。

 ちょうど人が出払っていて誰もいないということで、甲板上を借りて行うことにした二人は、お互いに剣を突きつけ合う。


「船を壊すわけにもいかねえから、攻撃魔法はなしでいいか? 強化魔法と防護魔法があれば、剣を振るには十分だろ」


「はい、大丈夫です」


 リリィは木剣だが、ヒルダが持っているのは本物の剣だ。一応、鞘に納めたまますっぽ抜けないように紐で縛って打ち合うことにしたが、防護魔法や強化魔法もなしにまともに受ければ、怪我は免れない。

 なので、必要最低限の魔法のみの、純粋な剣による打ち合いを提案された。


「合図はどうしますか?」


「いつでもいいぞ、そっちからかかってこい」


「はい!」


 自信満々なヒルダの態度に、リリィは元気よく返事を返すと、胸に着けたペンダントから魔水晶を外し、腰の魔道具に接続する。

 自動で発動した強化魔法によって力が漲るのを感じながら、リリィはヒルダに向かって斬りかかっていく。


「遅い!!」


 それに対して、ヒルダの右手が素早く閃く。

 カァン! と、横から弾かれたリリィの木剣が空を切り、上体が泳いだリリィへと、ヒルダが持つ左の剣が襲い掛かる。


「ふぎゃ!?」


 強かに打ち据えられ、あっさりと甲板の床を転がるリリィ。

 その姿に、ヒルダは拍子抜けしたように鼻を鳴らす。


「どうした? そんなもんか?」


「まだ、まだです!!」


 軽く打ち合おう、とは言ったが、勝敗条件については特に決めていなかった。

 単なるポカミスだが、その理屈に習えばリリィはまだ負けていない。

 実践なら、斬られて死んでいるところだが……その点、リリィはこれを練習だと割り切っている。


「そうか、だったら今度はこっちから行くぞ!!」


「くっ……!」


 そしてヒルダもまた、そう簡単に終わってはつまらないとばかりにリリィの懐に飛び込み、両手の剣を巧みに操りながら、絶え間ない連撃を繰り出す。

 炎のように激しく迫る猛攻を前に、リリィは一瞬にして防戦一方に追い込まれた。


「どうしたどうした? 西方の英雄、黄金騎士の娘の実力はこんなもんか!!」


 ヒルダの方は声をかける余裕もあるのに、リリィは会話に意識を割くことすら出来ず、ひたすら襲い来る剣を防ぎ、いなし、耐え忍ぶ。

 三年前の戦い以来、剣の腕も上げようと頑張っては来たのだが、やはり生来の体格から来る不利は如何ともしがたく、強化魔法を使っているにも拘わらず、一撃受け止めるごとに腕が痺れていく。


(これが、同年代の騎士を目指す人の実力……! 防ぎ、きれないです……!)


「ハンッ、この程度が全力だなんて、拍子抜けもいいとこだぜ」


 いくら剣を持っているとはいえ、リリィが普段練習している内容に目を向ければ、やはり魔法の方に偏っている。魔力暴走を防ぐためにはどうしても必要なので、そういう意味ではリリィは騎士というよりも魔導士と言った方が近くはあるが、剣を持った以上そんな言い訳は通用しない。

 だからこそ、ヒルダの挑発するような物言いも、失望したような声色すらも甘んじて受け入れる。

 だが。


「この分じゃ、強いっていう兄貴の方もどれくらいのもんか怪しいな!」


 ――ブチンッ。


 最愛の兄を軽んじるような発言だけは、聞き流すことは出来なかった。


「……あまり使うなって止められてますし、純粋な剣での勝負にこんな裏技を使うのは気が引けたので自重してましたけど……そこまで言うなら、見せてあげます。私の全力」


「ん……?」


 リリィの纏う空気が一変したことに気付き、ヒルダが一旦距離を取る。

 直後、リリィを中心に膨大な魔力が渦を巻き、ヒルダ諸共甲板上を包み込んだ。


「んなっ!? なんつー魔力……! けど、何のつもりだ? そんな風にめちゃくちゃに撒き散らしたって何にもならねーぞ、威嚇のつもりか?」


 突然の暴威に驚き、冷や汗を流しながらも、ヒルダは怯むことなくそう告げる。

 実際、今回の模擬戦に用いているのは強化魔法と防護魔法程度で、外に向かって放出する攻撃魔法と違い、この手の魔法は魔力嵐で妨害することも出来ない。精々威嚇程度の意味しかないだろうというヒルダの指摘は、半分正しい。

 だからこそ、黙って木剣を構えるリリィを見て、ヒルダは臆することなくその懐に飛び込んだ。


「おらぁ!!」


 最速最短、鋭く研ぎ澄まされた突きが、リリィを襲う。

 先ほどまでの反応速度からして、防ぐことも出来ないだろうと高を括っていたヒルダだったが……リリィは、その一撃を一歩横に移動しただけであっさりと躱す。


「なにぃ!?」


「隙ありです!!」


 動揺した一瞬を見逃さず、リリィの攻撃がヒルダを捉える。

 体格の問題もあり、強化魔法ありきでも大したダメージにはならない一撃だったが、一撃は一撃だ。

 悔しそうなヒルダに向けて、リリィもまたふんっと鼻を鳴らす。


「これでおあいこですね。さあ、ここからが本番ですよ!」


「……おもしれえ、やってやる!!」


 先ほどまでの失望の表情から一転して、楽しげに口角を釣り上げたヒルダが、リリィに向かって力の限り連撃を繰り出す。

 それを、リリィは先ほどまでとは違い、避けられるものは避け、避け切れないものは弾き、必要最小限の動きで全て凌ぎきってみせる。

 これは何も、リリィの動きが速くなったわけではない。

 ただ、ヒルダの動きを先んじて察知出来ているだけだ。


(魔力嵐を通じて行う、“精霊の耳”によるオリジナル読心魔法、上手く行きましたね。……いえ、魔力を解放した以外は、あくまで体質的なものですし、魔法とは違いますかね? まあ、細かいことはいいです)


 リリィの“精霊の耳”は、魔力の変化を音として知覚することが出来る。

 とはいえ、普段であれば相手の心を読めるほど細かな音は拾えないのだが、こうして自らの魔力で満たした魔力嵐の中でなら、相手の僅かな心の動き、体調の変化を敏感に察知し、ちょっとした動きの先読みをすることが出来るのだ。

 ベラ熱が領内で流行った際、偶発的に起こった魔力現象。魔法のアシストもあって発動したあの現象を、五年かけてようやく意識して使えるようにした代物だった。


 そうして、体格のハンデを特殊な体質と膨大な魔力でひっくり返したリリィに対し、ヒルダもまた負けていない。自らの動きがどうにも読まれているらしいと、早い段階で気付いた彼女は――考えることを、やめた。


「お前がオレの動きを読めるってんなら、読んだその先よりも早く攻めるだけだ!!」


「っ……!!」


 愚直なまでの、攻め一辺倒の猛攻撃。

 木剣と鞘に包まれた剣とが激しく打ち合わされ、乾いた音を立てながら二つの影が交差する。


 いつしか、二人の少女が突然始めた大立ち回りに気付いた人々が、野次馬のように周囲に群がり始め――

 大盛り上がりの中、その模擬戦は買い出しに出ていたカミラやルルーシュが戻ってくるまで続けられるのだった。

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