第四十話 秘密
最近忙しくて投稿遅れました。
次の話は5月3日に投稿します。
摩天楼。そこは人々を魅了し、一夜だけの夢を与える。そんな摩天楼の昇降魔導具がゆっくりと静かに登っていく。その中にはもちろん人が乗っている。しかし今宵は人だけではなくヴァンパイアの少女と獣神と呼ばれる獣が乗っている。今までにない客であることは間違いないだろう。
その昇降魔導具の中は静寂に満ちていた。息づかいだけが聞こえる。もしかしたら心臓の鼓動も聞こえるかもしれない。そう思えるほど乗っている人間は緊張していた。緊張のあまり小刻みに震えている。その緊張はこの摩天楼に来たからというのもあるのだろうがわかる人間ならそれ以外にも要因があるのではないかとすぐに思うだろう。
やがて目的の階に到着したのか停止する。やがてゆっくりと扉が開いてゆく。
「いらっしゃいませ。」
扉が開いた先には数十人の執事が並んでいた。圧巻の光景にひるむがそんなことも御構い無しにポチは進んでゆく。ポチを見ても一切たじろがないところを見て思わず感嘆の声を漏らす。今まででは必ず動揺の声が聞こえたのだがさすがは摩天楼というべきである。
「タロー様ですね。ガンドルさまがお待ちです。こちらへ。」
「は、はい!」
そう言って一人の執事が案内を開始する。それにぎこちない動きながらついていくタローとフィー。ポチは颯爽と華麗についていく。こうして改めてポチを見るとその毛並みは輝いて見える。何もしなくても良いというのは今に限ればなんとも羨ましいことである。
「こちらでございます。」
「あ、ありがとうございます。」
案内されたのは個室である。扉も丁寧な作りで今まで見たこともないものだった。執事がその扉をゆっくりと開く。そこは王侯貴族の部屋なのではないかと思うきらびやかな部屋だった。
「おお!やっと来たか。こっちだ。待ちくたびれたぞ。ん?その格好は…」
入ってすぐ気がついたガンドルが声をかけてくれた。中には農騎士と思われる人物や見たこともない顔がたくさんいた。そんな人物たちが入ってきたタローとフィーに一斉に注目している。
そしてガンドルが気になったタローとフィーの格好はひときわ目を引いた。タローは青みがかった灰色の上下に分かれた作業着。フィーは真っ黒なドレスを着ていた。なんとも言えぬ格好である。それは会場にいた全員が思ったようだった。実はこの格好は100年ほど前に流行していた格好だったのだ。だから今は流行遅れと言えるのだが、ここまでくると逆に新しい。
「す、すみません…遅れてしまって。着替えに手間取ってしまって。」
「お、おお。席はこっちだ。座ってくれ。」
タローとフィー、ポチはゆっくりと移動してく。席が少し離れていたため少し歩いたのだがその歩いている時に何人かがその異常さに気がついた。だがこの場で声を上げるわけにもいかず口をパクパクとまるで餌を欲している魚のようにしていた。
そんなことも緊張のあまり気が付かずゆっくりと席までたどり着いたタローたちは席に着く。そこでやっと食事開始となるのだが異常さに気がついたガンドルがゆっくりと口を開いた。
「食事を開始する前に皆様にも失礼だがこれだけは聞いておきたい…タローくんとフィーさん。今君たちが着ているのは一体何なのかね?私の目が間違いではなければとんでもない一品のようなのだが…」
「これはポチから借りているもので詳しいことは…」
『まともな服じゃないと飯が食えぬということだから特別に貸しただけだ。珍しいものであることには間違いないがな。フィーの着ているものは邪黒龍の鱗をエルダードワーフの手によって糸状に変性したものをエルダーエルフの手によって編まれたものだ。タローの着ているものは田中一郎が着ていた作業着の一つでな。昔帝国での食事会に呼ばれた時に着たと言っていたから問題はないだろうと思ってな。』
フィーとタローの着ている服は一着で国家予算を軽く上回るほどの価値がある。タローも事前に話を聞いていたのだがあまりにとんでもない代物のため緊張のあまり顔が真っ青になっていたのである。これはフィーも同様でドラゴンなんておとぎ話の世界の話だと思っていたら現実にあってそれを着ているのだからタロー同様真っ青な顔である。
余談であるがフィーの服はポチ曰く、かつて田中一郎の野菜を食べたかった邪黒龍が物々交換と言って自らの鱗を何枚かむしったものをこれまた田中一郎の野菜を食べたかったエルダードワーフが一族に伝わる秘術を使って糸状に変性したものをこれまた田中一郎の野菜を食べたかったエルダーエルフがその技術の粋を尽くして織り上げたものである。
ちなみにこの服は当時田中一郎が懇意にしていた帝国の王の孫に貸し与えたものでこれを着た王の孫と田中一郎の当時の作業着が貴族たちの目に止まって大流行を起こしたのであるがそれは文献などで残っている程度である。今回は知っているものはいないようだ。
そのことを知っているものたちがいないとは言ってもどれだけすごいものかはすぐにわかる。わからないような人間はここには誰もいないようだ。
「ふさわしい格好と言ってここめでのを着てくるとは聞いたことがないな…というより伝説を目の当たりにしているのか我々は…」
その静寂は全員揃ったと思い食事を運んできたメイドたちが部屋に入ってくるまで続いた。
「それにしても聞いていた話以上ですな。これほどの品を見ることができるとは思いもしませんでしたよ。」
「我々もすでに何度も驚かされていましたがそれでもまだ驚かされるとは思いもしませんでした。タロー君は初めてだったね。こちらは国の研究者の人でね。是非とも来たいとのことだったから呼んだんだ。」
「研究主任のララドです。いやぁ会えて嬉しいですよ。」
「た、タローです。初めまして。」
まさかこんなところでも話をするとは思っていなかったタローは戸惑っている。主任で大物であることは間違いないのだが今は運ばれてきた料理の方に集中したい。なんせ運ばれてきた前菜のサラダは図鑑でしか見たことのないような超高級食材をふんだんに使っている。見てわかる食材は雲菜、星豆、空芋。Aランク食材のオンパレードである。それを目の前にしてお預けされているのだ。本当ならじっくりと眺めてじっくりと味わいたい。
ちらっとポチとフィーの方を確認してみるとフィーは話しかけられるのを無視してなんとも幸せそうにサラダを頬張っている。ポチに至ってはなかなか気に入ったようでお代わりまで所望している。タローは血の涙を流さんばかりの表情である。
「すっかりサラダの方に夢中ですな。お話はまた後にしていただくことにしよう。」
「あ、ありがとうございます!では早速…」
タローはララドの言葉に感謝し早速サラダを頬張る。
その瞬間タローには雄大な大空が見えたようであった。軽やかな食感と甘み、あまりにも水々しく口の中に水分が溢れる。食材によってはしっかりとした歯ごたえと塩味を感じる。どれもまさに一級品である。
そこでふと思ってしまった。自分の作ったトマトはこれに勝っているのかと。今回出てきたものは菜物である。比べようがないと言えるがそれでも比べたくなってしまうのが農家の常。
おそらくBランクのものだと負けるだろう。Aランクで意見が分かれるかもしれない。ならばその上のSランクやSSランクだったらどうなるか。おそらく負けていないだろう。そうなるとSランクのものを普通に作れるようにならなくてはならない。何故ならばトマトはあの田中一郎が作った食材である。そんじょそこらの食材に負けるはずがない。それはこの一級品と言える食材に置かれてもそうだろう。元々は金と同じ価値があると言わしめた食材の一つである。
自分はまだまだだ。もっと精進しなければならない。帰ったら肥料から見直してみよう。慢心せずに精進しようと誓った。
「いやはや…いつ食べても美味しいですなぁ。そういえばタローさんも農家でしたな。いったいどのようなものを育てておられるので?」
ララドの思わぬ質問に焦るタロー。なんせ今タローが育てているものはギルドの規約違反にあたる作物。ここでうっかりと漏らせば全て没収される恐れもある。それだけは何としてでも避けなければならない。
「ええっと大したものじゃないんですよ。あはは……」
『何が大したものではないだ!バカにしておるのか!!』
タローの言葉に噛み付いてくるポチ。トマトは田中一郎の遺産。ポチにすれば何物よりも大切なものである。しかしタローの表情を見たポチはハッと前に言われたことを思い出した。そして素知らぬ顔で追加で持ってきてもらったサラダを食べ始めた。
「ほほう!かの獣神にそこまで言わせるものとは!!謙遜は時と場合によっては失礼にあたるものになりますよ。まあ今はそんなことはどうでもいいでしょう。教えてはもらえませんかな?」
ララドの言葉によってなぜか場が静まり返る。それはタローがどんなものを育てているか皆が気になっているからだ。何故ならタローが育てているものは閉鎖的なヴァンパイア国との取引をし、かの12獣神までも魅了した作物。逆に言うとこの場に集まったものたちの全てがそれを聞くために集まったと言っても過言ではない。
そんなことも知らないタローはどうしようかと今までにないほど緊張している。喋ったら農家人生が終わる。下手に誤魔化すとバレた時にやばい。かといって正直に言ってもやばい。どうしようもない状態である。もう諦めて正直に話してしまおう、それからなんとか言い訳をして許してもらおう。そう思い顔を上げた。
「申し訳ありませんがタローさんの育てている作物は私たちの国との直接契約になっておりますので詳しい内容を申し上げるわけにはいかないのです。国王様から許可を取らなくてはいけないのでこの場ではすみませんが……ね?タローさん。」
「え?あ…じ、実はそうなんです。心苦しいのですけどそういう契約になっている以上すみません。」
「これはこれはすみませんでした。私としたことがそんなこととも露知らず。では話を変えましょう。食事の席では楽しい話にしなければいけませんね!」
とっさのフィーのフォロー。これによって話す必要がなくなった。フィーがいなければ農家として終わっていたかもしれない。そう思うとフィーには頭が上がらない。しかしタローは気がついていない。今の言葉はそれ以上の意味があることを。
この場で話さなくてもこっそり覗きに行ったらいいじゃないかと思ったものもいるのかもしれない。しかし下手に探るとそれはヴァンパイア国の機密情報を探っていることになり国家間の問題に発展するのだ。しかもヴァンパイア国の機密に関わっているとなれば下手にタローに手を出すとそれでも国家間の問題になりうる。
ヴァンパイア国に直接問い合わせれば良いかといえばそれも難しい。何故ならヴァンパイア国は閉鎖的な国である。そんな国に入国することも難しい上、国王にどういうことかと聞くとなれば一般の貴族であっても不可能に近い。その場合この国の国王に頼むしかない。だがそこまでする価値があると国王に思わせなければならない。つまり当分の間探ることはできないということだ。
タローはそんなことにも気が付かず話さなくてよくなったなぁ、くらいにしか思っていない。
その後タローは気の向くままに食事と会話を進めた。その表情はなんとも幸せそうだった。




