第三十九話 摩天楼
「あ、やっと起きたなおばば。もう買うものも決まったし予定があるから行くぞ?」
おばばは随分と気を失っていた。気を失った後ゆすってもなかなか起きなかったため、タローは死んでるんじゃないかと脈を測ったくらいだ。
「お、おお…あまりにもおかしな夢を見ていたようじゃ。目の前に犬の獣神が現れる夢を見たんじゃ。」
「犬の獣神の夢なんて見たのか。面白そうな夢だな。あ、買うもの決まったから会計お願い。この後用事あるから急がないといけないんだわ。」
『おい。収納袋に入れる時はひとまとめにするなよ。取り出すときに面倒だからな。』
「はいはーい。」
「な、な、な……犬の獣神…フェンリル…」
『む?我はポチである。フェンリルは先代のジジイだ。』
おばばは震える声なんとか口にした後再び気絶しそうになっているがなんとか気を保っている。その様子を見てタローは急いでポチを目の届かないように外に出した。ここで気絶されたらたまったもんじゃないと冷や汗をかいている。
「いろいろ聞きたいけど会計しながらで頼むよ〜後あれは犬じゃなくて狼だぞ?おばばもボケたな。」
「バカを言うでない!そのぐらいわかっておるわ!お主の方こそわかっておるのか!あれは戌の刻を守護せし獣神じゃぞ!代替わりしたなど聞いたことがなかったが…」
「なんかよくわかんないけど今はこっちの会計してくれないと困るんだよ。小難しい話は後にして。」
「すごく重大な話のようなのですけど。それを小難しい話って…」
おばばは大きくため息をついた後会計を始める。ただ気絶している間に山のように本を積み重ねるものだから会計をするのにもかなり時間がかかりそうだ。
「お主これだけの本になると金貨数千枚になるがそんなに持っておるのか?」
「え?そんなに高いの?じゃあ選びなおすわ。」
まさかそんなに高いとは思ってもおらず慌てて選びなおす。学生の頃に教科書くらいしか買ったことがなかったため金額がよくわからなかったのである。その教科書も国からの助成金で半額以上賄われているためやすいと勘違いしてしまったのである。
「じゃあこの10冊でいいや。面白そうなタイトルだし半分以上はフィーも読めるらしいし。」
「残り半分はわしでも読めないものじゃがな。ツケの金貨18枚と合わせて金貨50枚でよかろう。」
「たっか!もう少し割り引いてよおばば。」
「これでも大負けじゃ!嫌なら買うな!」
しょうがないと収納袋から金貨を取り出す。その様子に感心するおばばは取り出した収納袋に注目した。
「ほぉ。収納用拡張魔法付与されておる袋とは珍しいものを持っておるようじゃな。どこで手に入れたんじゃ?まさか拾ったのか?どの程度は入る?」
「収納用拡…なんだって?長ったらしくてよくわからん!これはポチからもらったんだよ。どのくらい入るか何て知らないよ。いっぱいになるまで詰め込んだことないし。」
収納用拡張魔法とは大国でもできる人間が一人いるかいないかというレベルである。拡張魔法自体が空間魔法の一種であるため使える人間がほぼいない。その上魔具師としての才能が必要になるためできる人間など世界に数人レベルである。
「ポチとは…あの犬の獣神のことであったな…となると古代の魔具か。失われた魔法で作られているとなると法国が所有していると言われておるが…どこまで入るか試してみたいのぉ。何かそういった話はしなかったのか?」
「え〜〜……そうは言われてもなぁ。あ、けどポチの食料100年分詰め込んでも余裕とか言ってたな。時間の経過もないし腐らないで済むから便利なんだよね。」
「ま、待て…それはまさか神代の……」
「あ、気絶しちゃいましたよ?」
おばばはあまりの驚きで再び気を失ってしまった。もうこうなると起こすこともできないと思ったので諦めて近くのシーツをかけ、お金を払い店をcloseに変えてから出て行くことにした。その際おばばの顔の上に白いハンカチをかぶせてくるのも忘れずに。
時間もギリギリだったためポチに乗って急いで向かうことにした。ただその際に街中を駆け抜けると問題になりそうなので屋根の上を移動した。しかしその時重要なことを思い出した。それは店をどこか知らないということだ。今日行こうというのは聞いてはいたがどこの店かは聞いていない。
タローは慌てたがポチはどこかに向かっているようだった。どういうことかと思うと。
「サチさんが言っていたのですけどやっぱり聞いていませんでしたか。」
フィーは呆れた顔でそう告げる。タローはサチが結婚したと聞いた後から何も聞いていなかったのだ。とりあえず返事はしていたと思うのだがなんの話だったのか今思い出そうとしても記憶がすっぽりと抜け落ちている。
そんなことを思っているうちにある一軒の建物にたどり着いた。フィーが聞いたのはここですねと問題なく目的地にたどり着いたことを言っているのだがタローの頭には入ってこない。本日二度目の驚きである。
たどり着いたのは絢爛豪華な一軒の建物。高さは見上げてもてっぺんが見えないほどだ。なんせここは100階からなる超高級レストランである。
なぜタローがこんなことを知っているかと言えば、それだけここが有名というだけである。というよりこの国に住むもので知らないものはいないだろう。ヴァンパイア国のような閉鎖的な国でなければフィーも知っていてもおかしくない。この国に農業専門学校があるのもこれがあるからとも言える。
レストラン摩天楼。世界で五本の指に入る超高級レストランである。レストランとは言ってもホテルも併設されている上レストランも1軒の店だけではない。レストランは一件につき2階分を使っている。調理や下ごしらえのために丸々1階分、客を入れるためにもう1階分とのびのびと場所を使っている。
この国の子供の将来の夢は農業が過半数を占めるが残りはほぼこの摩天楼で働く事である。摩天楼で働く事は農家になるより時には大きなステータスにもなる。農家としても摩天楼に食材を下すというのは誰もが思い描く夢である。
そんな夢の舞台を目の前にしているのである。タローは歓喜のあまり身体中が震えている。そんなタローをフィーの一言で我に帰る。
「今日は88階のお店らしいですよ。名前は…天空閣っていう店らしいです。」
「マジで!?」
この摩天楼は上階に行くほどレベルが上がる。1階の店はタローの父でも一月の給料を全て握りしめていけばなんとかなるレベルで100階はタローの父が一生をかければなんとかいけるかもしれないというレベルである。
それが今回は88階。最高位のレベルである。タローも絶対にいけないレベルのお店である。そんなところに連れて行ってもらえるというのだから歓喜しないわけがない。
「こ、こんな格好でいいのか?なんか言ってなかった?」
「個室だから気にしなくて良いとのことでしたよ。それに見合った服装で構わないとのことでした。」
それでは間違いなくこの格好ではダメである。顔の引きつるタローであるがすでに時間はギリギリで服を買いに行く時間もない。詰みの状態である。
「あ!収納袋の中に何か入ってるだろ!」
そう思い漁って出てきたのは以前ヴァンパイア国に行った時の黒のつなぎ。苦い思い出があるこれを着ようとして我に帰る。
「食事につなぎはダメだ……人に会うだけなら問題ないけど食事には清潔感のある格好じゃないと…土がついてるのはご法度だ。綺麗なつなぎなんか持ってねぇ」
人に会うときはつなぎを着ていれば農家の証明にもなってかえって好印象だが食事の際にはあまりよろしくない。食事の時でもつなぎを着ているということはそれだけ切羽詰まっている農家という評価につながり帰って笑われてしまう。
綺麗なつなぎならばある程度は問題ないのだが持っていない上、タローの分があったとしてもフィーの分がない。フィーにだけ恥をかかせるわけにもいかないだろう。
『ヴァンパイア国の食事会の時の服はどうした?あれでよかろう。』
「あれは…いらないと思って返しちゃった…」
本来返すのも失礼にあたるのだがそんなことを知らないタローは無理やり返してしまったのだ。実は預かっとくという扱いになっており今でも大事に保管されている。
『はぁ……仕方あるまい。収納袋を貸せ。特別に貸してやる。だが今回だけだぞ?それと決して汚すな。フィーの分もあるからそれを着ると良い。そっちはくれてやる。ただし大事にしろ。』
ポチのおかげでなんとかなったと一安心するのだが、この後余計に緊張する羽目になることをタローはまだ知らない。




