第三十六話 実家
すみません遅れました。
「…はい。これで大丈夫です。お疲れ様でした。」
「お、終わったぁ……もう外はすっかり真っ暗だよ…」
「お疲れ様でした。私としては今からの時間の方が過ごしやすいですけどね。」
そう言って伸びをするフィー。確かにヴァンパイアの彼女にとってはこれからの時間が本来の時間である。普段の農作業は普通の人間に例えると夜間勤務と同じようなものである。暗くなってきた今の時間は彼女にとって朝が来たようなものだ。
「久しぶりに大口の取引でしたね。とは言ってもこちらに得はほとんどありませんでしたが。どうせでしたらこの後食事でも一緒にどうですか?」
「そうさせてもらいたいところですが今日は実家に顔を出したいと思いますのでまた後日ということに……それにポチが一緒だと入れるところがなさそうですし。」
「ガッハッハッハ!確かにその通りだな!その食事の時には是非とも俺たちを呼んでくれ!」
細かい契約の話などは下手に首を突っ込んではならないと今まで黙っていた農騎士たちであったがそういう話ならとダモンがそう言ってきた。タローとしては願ってもない話である。そういうことなら是非にということで明日の夜にしようと話が決まった。
「久しぶりに一緒に帰ろうよ父さん。」
「ああ、そうだな。」
そうして歩いていく二人の後ろをポチとフィーはついていく。久しぶりの親子水入らずの時間なのだ。邪魔をするのは野暮というものだ。
父と息子の話などそこまで騒ぐようなものではない。それもこの寡黙な父との話となったらさらに静かだろう。それでも今日はタローも軽く驚くくらい父がよくしゃべっている。
しばらくして父は後ろを振り向く。そしてそこで気がついた。
「タロー…後ろの彼女らも泊まるのか?」
「当たり前でしょ?俺の大切な家族みたいなもんだしね。」
少し照れながら答えるタローに父は驚く。今日一番の驚きとも言えるだろう。
(息子が…彼女を作って帰ってきた……)
今までそういった話をまるで聞かなかった父としては驚きを隠せない。いや、ここまで出世したのだ。彼女の一人や二人いてもおかしくはないだろう。まあ実際はただの従業員なのでそんな関係は一切ないのだが。だがこんな風に言われたら勘違いしてもおかしくはないだろう。
しかしまだ問題がある。父はなんとか平常心を取り戻す。
「うちに泊まるのはいいが…あの獣神のポチというのはどうするんだ?うちには入らないぞ?」
「あ……」
すっかり失念していた。なんせ今まで入れなかった家はないのだから。農場にある家は問題なく入れるというかポチに合わせて作られている。ヴァンパイアの王国でも王宮は問題なかったし孤児院はもともと教会だったということもありかなり大きく作られていたため問題なかった。そのため何も考えていなかった。
「外で我慢してもらうか…」
「うちの前を通った人たちに通報されるからやめなさい。」
確かにそうなると大問題だ。かといって他に方法がない。必死に頭をフル回転させているがいい方法が思い浮かばない。収納袋に収納するという暴論まで思い浮かんだが収納袋に入れると生物は死んでしまう。理由は前にポチから聞いたのだが小難しくてよく覚えていない。
そんなことを考えているうちに家までたどり着いてしまった。しょうがないので正直に話そうと思ったのだがここでもしかしたら入れるんじゃね?というアホな考えに至ってしまった。仮に入れたとしても身動きが取れなくて意味がないようなものなのだがそこまで考えていなかった。
「ここが俺の実家だよ。とりあえず入ろっか。」
「ここがですか…道中でも何件も見ましたが人間の家というのもあまり私たちと変わりはないんですね。」
「家はどこもそんなに変わらないと思うよ。それじゃあ入ろうか。……母さんただいま〜〜!お客さんもいるから〜〜」
随分とアバウトな言い方ではあるが間違ってはいない。客は客であるのかもしれないが、片やヴァンパイアの王国の国賓片や12獣神の一角を担う世界最大戦力の1匹。この紹介ではあまりにあまりである。
「え!え!え!タロー帰ってきたの!なんで早く言わないの!お父さん!タローが帰ってきたって!それにお客様!あらあら可愛い子ねぇ。後ろは…あらあら可愛い狼さんね。さあさあ入って!」
まさかの対応である。フィーはこんな対応をされるとは思っておらずたじろぎながら「人間の女性は…すごい…」などと見当違いなことをつぶやいている。ポチはこの対応に何ら不満もなくむしろ満足そうである。そしてそのまま家に入ろうとして……
玄関に挟まった…
『……おい…』
「あははははははははははははははははは!!!挟まってる!挟まってる!!ドヤ顔で挟まってる!!!」
「た、タローさん笑いすぎです…それよりもポチさん一回どいてくれませんか?私が入れないです。」
タローは涙が出るほど喜んでいる。笑いが止まらないようだ。フィーはむしろこんな状況になっているせいで周囲の注目を集めているので早く家の中に入りたそうにしている。ポチもこの状況にさすがにキレた。
『玄関ごとこの家を破壊してやろうか。』
「ごめんなさい。やめてください。」
さすがのタローも平謝りである。父はかなり驚いているようだが母は「あらあら」と言っているだけだ。
「すまんポチ。うちは一般的な人間の家のサイズに作られているからお前が入れそうにない。もしかしたらと思ってたんだけどダメだったみたいだ……ぶふっ」
『この辺り一帯を更地に変えて家を建て直すぞ…』
真面目に話すがどうしても笑いがこらえられなかったようだ。そんなタローの様子にイライラが止まらないポチはなんとも強硬手段に出ようとするが必死にそれを止める。そんなことをすれば本当にポチ1匹のせいで戦争が起きそうだ。
『はあ…仕方あるまい……少しいじるぞ。』
そう言うと玄関がどんどん広くなっていく。そこにいる全員はあんぐりと口を開ける。母以外は。
しかしすぐに我を取り戻し止めようとする。なんせこんなことをすればお隣さんの家にぶつかるからだ。いやすでにめり込んでいそうだ。そんなタローの心配を察知したのかポチは安心しろと説明をする。
『簡単な空間魔法の一種だ。魔力供給が必要だがまあ我がいる間は問題ない。』
「……簡単って。ヴァンパイアの中でも数えるほどしか出来ないと言われている空間魔法ですよ?しかもこんなに簡単そうに…」
フィーが驚いているのも当たり前である。本来空間魔法というものは一流と言われる魔法使いの中でも真の一流と言われる魔法使いのみが使える魔法である。まあ術式や必要な魔力量を用意すればもっと簡単にできるのかもしれないがそれを用意できる一握りしか出来ないのである。
今回ポチが使ったのは空間魔法の中でも初歩と言われるものではある。それでもできる人間などそういないのだが。まあ簡単に説明するとある一定空間の空間を歪める。それは小さくも大きくもなるのだが今回は大きくなる方にのみ指向性をもたせている。しかもただ空間を歪めただけだとそこにいる生物自体もその影響を受けてしまう。下手をすれば歪めた空間に飲み込まれる可能性もある。それをうまいことやっているのが今回のポチの魔法である。
なおタローは普段から空間魔法の極致とも言える収納袋を使っているせいで感動が少し薄れている。まあそれでもいきなりこれだけのことをやられると十分に驚きはするのだが。
『腹が減った。飯にしようではないか。』
「そだな!」
この後リビングも狭かったためあちらこちらの空間を広くしていくポチであったがさすがにタローは驚かなくなっていてむしろあちこちに注文していった。
そんな様子を見たフィーはため息しか出なかった。




