第三十三話 ギルド
外の喧騒が聞こえ始めた頃タローは目が覚めた。時刻はまだ日が昇ったばかりだ。普段から農業を営むものとしてはこの時刻に起きるのは職業病とも言えるだろう。
ポチもすでに起きているようで暇そうにしている。フィーはさすがに同じ部屋で寝るのはまずいので女性用の仮眠室に泊めてもらっている。外では検問が行われている。朝早いこの時間は農家が出荷のため、街に入ってきているのでなかなかに忙しそうである。
やることもなく暇なタローは衛兵に声をかけどうしたらいいのか尋ねているがもう少し待っていてほしいということだ。迎えが来るらしいのだが今は忙しいため時間が取れないのだ。とりあえず朝食をということなので朝食をとることにするがフィーが来ない。
どうしたらいいのかわからないと部屋で困っている可能性があるのでフィーが寝ている部屋の前まで行く。ここでノックもせずに入ればラッキースケベが狙えそうだがタローは空気を読まず何度かノックをする。
しかし何度もノックしたというのに返事も物音もしない。しょうがないので部屋に入る。
「むにゃ…もう……そんなに食べられません…」
「…寝てんのかよ……」
フィーはぐっすりと寝ていた。普段仕事の際は誰よりも早く起きてみんなを起こしているのだがどうやら今回は疲れも不慣れな土地ということもあるのか寝ているようだ。起こすのもなんだと思いタローは朝食をとる。
ちなみにポチは衛兵たちの食事が合わないと言ってこっそりトマトを食べていた。
朝食をとりそれでも暇だったので仮眠室に戻りストレッチなどをしているとやっと迎えの兵が来た。
「すまんな待たせたようで。ではギルドまで行こうか。何人か連れがいるが気にしないでくれ。」
「え!気にしますよ!?」
ダモンが連れてきたのは3人の騎士。もちろん彼らもダモンと同じ農騎士だ。しかもタローも知っている有名人ばかり。
金髪の優しそうで騎士には見えなさそうな男はテクス・マーロン。大したことはなさそうに見えるが龍殺しの異名を持つ農騎士の隊長格の人物だ。また女殺し(マダムキラー)の異名も持っており彼のファンクラブの登録数は数千人に及ぶと言われている。
その隣にいるダモンにも劣らない筋肉質なでかい男はガルド。家名の方は聞いたことはないが彼も有名だ。鬼人ガルドといえばその名を聞いただけで震え上がるほどである。鬼人と言われた所以は農地に攻め入ってきた100をも超える魔獣を素手で血祭りにあげた際にその様子を見ていた農民が鬼人の如き戦いぶりと吹聴したからである。
さらにその隣にいる銀髪の長髪のメガネをかけた男はルルアン。彼は農騎士として有名ということではなく発明家として有名である。新種の作物や農機具の作成など功績はとどまることを知らない。なぜそんな彼がただの研究員ではなく農騎士なのかといえば自ら作成した魔獣討伐機で魔物を倒しているからだろう。そんな彼の二つ名は破壊者。過去に魔物を跡形もなく消したことから付いたと言われている。本人としては発明家らしい二つ名が欲しかったと不満があるらしいという話だ。
ちなみにだがダモンの二つ名は剣闘者。その理由は剣と盾を持ちどんな魔獣でも正面から戦う様子から付いたと言われている。他にも色々あったのだがまるで見世物を見ているかのように華麗に戦う様子からこれが一番合っていると言われこの二つ名で定着した。また噂であるがなぜダモンはそのように戦うかといえば自分の部下に戦い方をしっかりと見せてそこから学んで欲しいからということらしい。
とまあことより今タローの目の前にいる4人はタローの憧れであり、おとぎ話に出てくるかのような英雄たちなのだ。嬉しくないわけがない。タローは歓喜に震えている。とりあえずここでいうことは決まっている。
「あ、握手してください!!」
本当は他に色々やることがあるのだが憧れの人物がすぐそこにいるのだ。握手くらいして欲しくなるのが当然である。彼ら農騎士は誰一人嫌がることなくそれに応じてくれた。タローはあまりの嬉しさに涙目である。
「さてさて、時間も押しているし早速行きたいのだがヴァンパイアのお嬢さんと獣神殿はどこかな?」
ダモンはあたりを眺めるがタロー以外に誰もいない。タローは興奮からやっと落ち着きを取り戻した。
「それならたぶん隣の仮眠室で寝ていると思います。今起こしてきますね。」
タローはまたせてはいけないと急いで隣の女性用の仮眠室に入る。
そしてタローは開けた瞬間気がつくのだ。ノックをしていないことに。
「………おはよう。ポチ。」
『うむ。おはよう。』
お約束…というわけにもいかずドアの目の前にいたのはポチである。不届き者からフィーを守るために目隠しとして番犬としているのだ。ラッキースケベはそんな簡単には起こらない。
「……ポチさん。お願いします。」
『ふむ。不届き者は成敗だな。』
「ちょ…ま……むぎゅう…」
前足でタローを押さえつける。あまりの早さにタローはなすすべがなかった。
フィーが着替え終わりやっとポチの前足から解放されたタローはフィーからのお説教の時間である。そしてタローが本当に解放されたのはダモン達があまりにも遅い上になにやら騒いでいるということでこの部屋にやって来た時である。
「す、すいませんでした。お待たせして」
遅くなったのはフィーのせいのような気がするが謝るのはタローである。まあ女性の部屋に不用意に入ったタローが悪いといえば悪いのでしょうがないのだが。
「ふむ…では早速行きたいのだがこいつらが色々と話をしたいらしい。なんせ交易のほとんどないヴァンパイア国のお嬢さんに獣神だからな。興味が尽きないのだ。本当は馬車で行きたかったが獣神殿のことがあるのですまないが歩きでもよろしいかな?」
ダモンの後ろではまだ声をかけてはいけないのかとそわそわしながら農騎士達が待っている。断る必要もないので話しながら移動を開始する。
「なるほど…獣神というのは世襲制ではなく他の強い者がなるということなのですか。」
『うむ。まあ基本は獣神の子供が次の獣神になるがな。我の場合は前の獣神が年で引退したかったのもあったので引き継いだという具合になる。その際に他の奴らが絡んできたがまあ我より強い者がいなかったからな。』
「ヴァンパイアの中でも素手で戦うやつもいるのか!」
「え、ええ。魔力で強化などをしていますが素手で戦うものもそれなりにいますね。」
「そんなことよりフィーちゃんはどうして今の仕事に?」
「えっと私は孤児だったので…」
「おいテクス!今はヴァンパイアで強い奴の話をしているんだ!邪魔をするな!」
「おやおやガルドさん。そういう話はやめましょう。そういった情報を聞くと戦争する気でもあるのかと疑われますよ?何より彼女は女性です。」
ルルアンとポチは獣神の話で盛り上がりガルドはフィーに強い奴の話を聞き、テクスはフィーをさりげなく口説き始める。一方のタローはというと空気である。
ダモンは道行く人に声をかけられそれに応じている。タローはそれぞれの様子をただただ眺めていた。自分から声をかけようにもまるで世界が違う人たちだ。何を話せば良いのか全くわからない。
そんな状態でようやくギルドに到着する。だが民衆が押し寄せてきてなかなかギルド内に入れない。そんな状態を察知したギルド員が慌てて飛び出してきて人払いを始める。ギルドが見えてからギルド内に入るのに数十分はかかった。
ギルド内に入っても騒ぎは収まらない。なんせ英雄とも言えるような農騎士が4人もいるのだ。一体どういうことかと騒ぎにならない方がおかしい。本来それぞれの部署でやることをすませるのだがこの騒ぎだ。特別に奥の部屋に案内されてそこでまとめてやることになった。
奥の部屋に通されしばらく待つと部屋に数人の人が入ってくる。その中には見知った顔があった。サチにジェイク、そしてこのギルドで働くタローの父だ。もう一人は会うのは初めてだが知っている。ギルドマスターだ。
「お待たせしましたな。ギルドマスターのガンドルです。今回は色々と面倒ごとも多いということで彼のことを知っている人間だけでことに当たらせてもらいますがよろしいですかな?」
ギルドマスターのガンドルはそう告げる。タローも会うのは初めてだが彼も農騎士に負けないほどの有名人だ。
元Sランクの中でもSSに届くとまで言われたほどの人物で現在は年を理由に引退しこうしてギルドマスターとして働いている。彼の二つ名は賢王。交配により作物の味や病気に強い品種を作りギルドに多大なる貢献をした。彼の農場は50000ha(屋久島とほぼ同じ)もあり、引退後は幾つかに分割し自らの弟子たちに受け渡したという。
タローの場違い感はハンパない。なんせただのトマト農家。ヴァンパイア国の中ではそれなりだがこの国においては何の力もないし何の影響力もない。
「早速始めたいと思うが…やることは獣神殿の登録とヴァンパイアのお嬢さんのこの国での登録ということでよろしいのかな?」
「後は農地の借金を返すと聞いているがタローくんどうかね?」
このままでは何も話せないと思ったのかダモンが気を使って声をかけてくれた。それでもタローは緊張で喉がカラカラになりなかなか声が出せない。それでも何とか声を振り絞る。
「あ、あと…お金に余裕があれば農地の拡大と……新しい農地の購入も…」
「ふむ。了解した。ではまずは登録に取り掛かろう。」
ガンドルはそういうと指示を出しサチがフィーに何か紙を手渡し書くように指示を出している。その横ではポチとジャック、そしてタローの父親が色々やっている。タローは縮こまって動けない。ガンドルが紙をタローの前に差し出し何やら喋っているが頭の中に何も入ってこない。
緊張が限界を超え吐き気までしてきた。気絶してしまえたらどんなに楽なのだろう。元々ただの一般市民であったタローにとってこの空間は耐え切れない。変な汗が止まることを知らない。そんな時ポチに頬を舐められた。
『全くどうしたというのだ。漏れそうならとっととトイレに行ってこい。』
「な、何言ってんだよ!そんなんじゃないわ!」
こんな状況で何を言い出すのかと思えば漏れそうだからこんな顔になっているというわけではなくこの空間が耐え切れないだけだというのに。
『ふん。だったらとっとと仕事を済ませろ。腹が減った。早く飯にするぞ。』
「はいはい…わかったよ……」
タローはガンドルに言われたように契約を済ませていく。今度はちゃんと話を聞けている。
緊張もほぐれていつもの調子に戻ってきた。タローは感謝するように微笑んだ。




