第三十二話 農騎士
すみません遅れました。
フィーがヴァンパイア国からの国賓だと思っている衛兵たちは皆慌てふためいている。そんな状況にフィーも慌てふためいている。タローはというと…すでに達観したような表情である。もう悟りをひらけそうだ。
「静かにせんか!バカモンどもが!」
急に誰か男の声が轟いたと思ったら大男が部屋に入ってきた。タローが見上げるようなその男は2m近くあるのではないかと思えるほどの身長であった。ただタローはこの人物を知っていた。有名人…とまではいかないが一度だけ学校に通っている頃に講師としてあったことがある。
農騎士ダモン。この国にいる騎士隊の中でも精鋭とされている農騎士の一人だ。王国専用農地で働くエリート中のエリート、それが農騎士。
王国専用農地は一般の農地に比べて魔物の脅威にさらされやすい。それはあえて危険な農地を国で扱うことによって農地から魔物が溢れて街中へと侵入するのを防ぐ役割にあるからだ。
危険な場所が農地の隣にあるからと壁を作って侵入を防ぐことをするのではなく、魔物を狩ることによって兵士の練度をあげ、狩った魔物は畑の肥やしにするという方法だ。この方法は各国行っているごく一般的な方法である。
農騎士といえば憧れの職業の一つでありタローもかつて憧れていた時期がある。ただタローには戦う力がないので早々に諦めた。今ではなんとも思っていない…というわけはなくタローのダモンを見る目はまるで英雄を見るかのようである。
「状況はだいたい聞いている。それで…君かな?ヴァンパイア王国からの国賓というのは。」
「わ、私…そんなんじゃ…」
フィーはもう泣きそうである。いやもう目には涙が溢れそうなほど溜まっている。タローはすかさず説明を始める。長々と説明する気もないので簡潔に説明した。もちろんトマトのことは内緒にしてである。
「ふむ…国賓というわけではないのだな?しかしヴァンパイア王国は閉鎖的な国だからなお嬢さんに失礼があると我が国の威信に関わるからな。それから…」
ダモンはポチの方を向く。ポチとダモンはお互いに見つめ合う。まるで二人だけの空間に思えてくる。ポチとダモンの間に何やら熱というか何かを感じる。しばらくするとダモンがふっと息を吐く。
「やれやれ…話には聞いていたが獣神というものは初めて見た。しかしこれほどのものだとは思わなかった。彼らが失礼を働いた。許してほしい。」
『ふむ。なかなか良い面構えの人間だ。貴様に免じて許してやろう。』
ポチは再びのドヤ顔である。普段力を認められていなかったのでこういうのが嬉しいのだろう。尻尾まで振っている。
「いやいや…何偉そうに言っているの。ダモン様がいなかったら入れなかったかもしんないんだぞ?むしろ感謝としてお礼ぐらい言ったらどうなんだ?」
『む!何を言うか!いいか我は獣神なのだ。このくらいが当たり前なのだ。』
「このくらいって!このままじゃあお前連れてどこの国にも行けなくなるわ!もっと自重して相手を驚かさないように…」
『何を言うか!いいかよく聞け』
タローとポチの言い争いが始まる。その状況をダモンは見ているが状況がまるで理解できていないようだ。しばらくしてタローが今の状況を思い出し我に帰る。
「ぽ、ポチ。この話はまた今度にしよう。ダモン様!みっともないところを見せてすみませんでした!」
「…あっはっはっは!まさか獣神と言い争いをする少年がいるとは思いもしなかった!こんなことがあるとは思いもしなかったわ!」
ダモンはこれほどでもというほど大爆笑している。その様子を見てタローはぽかんとし、ポチは不機嫌そうにしている。ダモンはその様子を見て「すまんすまん」と笑いながら言う。
「こんな光景を生きているうちに見られるとは思いもしなかった。我らも獣神をまともに見たことは今までなくてな。」
「そ、そうなんですか…やっぱり獣神ってそんなに知名度ないんだ。」
『むぅ…まあ我らが下手に表舞台に出ると国が滅ぶからな。知っているものも少なかろう。』
「全くないということもないぞ?数年前に一度この国も獣神と思われるものの被害にあっている。」
その言葉を聞いてタローは驚く。獣神の被害ということは何らかの怒りを買ったということだ。下手をすればこの国が滅ぶ可能性もある。わなわなと震えるタローをよそにポチは興味深そうにしている。
「まあ本当に獣神によるものとは決まったことではないのだが、この国の国宝が何者かに奪われてな。姿形も見たものはおらず隣国を疑ったのだが、調査していくにつれて過去に同様の手口で盗みを働いたものがいることがわかってな。それがおそらく獣神だということなのだ。」
ダモンの話が終わった途端ポチが今までにタローが聞いたことのないほどのため息をついた。いやもうこれがため息と言っても良いのだろうか?ため息をため息とも思わせないほどの勢いで出すものだから周囲の他の衛兵はビクビクしている。
『あのジジイか…全くまだこりないのか……』
「あれ?ポチ知っているってことはやっぱり…」
『うむ。まず間違いなく獣神の仕業だろう。正体は間違いなく鼠の次郎吉だ。奴は生粋の盗人でな…誰彼構わず盗みを働くのだ。』
鼠の次郎吉…その言葉を聞いた途端ダモンはやはりそうかと険しい顔つきになった。周囲の衛兵も「おお!」と歓声をあげる。
「獣神のくせに盗みって…何か獣神のことがよくわかんなくなってきたな…」
『奴が特別なのだ。前に我から盗みを働いた時に奴の領地の山を消し飛ばしてやったというのに未だに懲りていないようだな。』
再びポチは大きなため息をつく。タローとしては一体何を盗まれたか気になるのだがそんなことよりもダモンが先に聞きたいことがありそうだ。
「ではどうやったら盗まれたものを返してくださるかご存じないか?盗まれたものの中にはこの国が代々受け継いできた大事な国宝があるのだ。」
『簡単なことだ。国で大々的に次郎吉のジジイを迎え入れるためにパレードを行うと発表すれば良い。そうすれば奴は宝を持ってくるだろう。』
「そんな簡単に返してくれるのですか?私たちヴァンパイアの国でも前に何者かに盗まれたという話がありまして…」
今まで黙っていたフィーが突然会話に入ってきた。しかしヴァンパイアの国でも盗みを働いていたとは…
『奴はな…かまって欲しいのだ。小さい体ゆえに誰にもなかなか気がつかれることはなく気がついてもネズミは害獣ということで殺しにくるからな。まあ寂しさゆえの犯行ということだ。』
ポチの言葉を聞いてダモンとタローはどこか納得しフィーは可哀想にと涙目になっている。
『次郎吉を呼んだ後はネズミの駆除はやめさせよ。間違えて攻撃したら二度と現れんからな。大きさは10cmにも満たず頭に手拭いを巻き、おそらく返すものを背負って現れるだろう。奴は人間の言葉を話せないが言葉はわかるし耳も良い。下手なことは言うなよ。』
ダモンは今言葉を忘れないようにと近くの衛兵に記録を取らせる。他にも好きな食べ物やどう接したらいいのかなどいろいろ聞いている。いろいろ聞いているがタローはどうしても一つ気になることがあった。
「なあポチ…その次郎吉って強いのか?」
タローの言葉でその場の一同が皆ピタリと動きを止めた。おそらく全員が気になっていたのだろう。獣神といえどもたかがネズミ。しかも大きさも小さくて盗みばかり働く。果たして本当に強いのか疑問である。
『奴の強さか…はっきり言ってわからん。他の獣神たちの中でも疑問視されることがある。』
わからない。その言葉を聞いて全員が苦い顔をする。もし強くないのなら捉えてしまった方が盗まれることもなくなって良いからだ。
『だがな…奴は12獣神が発足されてからただの一度も変わったことがない。ただ盗みができるだけでは不可能なことだ。』
「ん?発足されてから?獣神ってそんなに最近できたの?」
『いや…できたのは2000年以上前だと聞くがそれ以上はわからん。』
2000年以上前…それを聞いた一同は驚愕する。もしそうなのだとしたらある一つのことが確定するからだ。不可能と言われた一つの事柄が…それは
『皆が予測している通り奴は不老不死の力を持った唯一無二の存在だ。奴はな…神から不老不死の霊薬を盗み出した不届き者だ。もちろん神は怒り何としてでも捕まえようとしたが結局捕まることはなかった。だが呪いとして次郎吉はすべての生物とは異なる言語しか使えなくなった。』
この世界の隠されていた一つの事柄を知った気がした。その場の全員が皆一様にそれぞれの表情を浮かべる。すごいことを知ったと喜ぶ者、知ってはいけないのではと恐怖する者、そしてタローはどうでもいいとばかりに窓から外の景色を見た。
「……ねえもう外真っ暗なんですけど。」
話がかなり長引いたせいで窓からは月明かりが見える。本来は急いで宿を取らなければならないのだが時刻は大分遅い。その日は仕方ないからと検問所の仮眠室に泊めてもらうことになった。




