第三十一話 検問
食事を終え少し休んでから再び出発した。今日中に着けるか心配だったが少し移動すると見慣れた土地に出てきた。
どうやら先ほど休んだところも知っているところの近くだったようだ。実はここまでポチをあまり人目につかせるのもまずいかと思い人気のないところを選んで移動してきたのだ。そのせいでパーライト国近くになっても行ったことがない土地だったので気がつかなかった。
「もう近くだからつきそうだ。ここからは下手に警戒されたくないしゆっくりと移動していこう。安全だと思われないと衛兵出てきちゃうし。」
実際過去に何度も従魔を連れている農家が衛兵たちに囲まれて問題になったケースがあった。そうなると無駄な時間を使うことになるのでここは警戒されないように行く。
『ふむ…仕方あるまい。ではそこからゆっくりといくことにしよう。』
ポチもちゃんと理解してくれたらしく街道をゆっくりと移動することにした。ただポチのゆっくりでも相当早くそこらの馬なんか目ではない。
街の近くと言ってもこのあたりはそこまで人通りもないので未だに人には遭わない。
しばらく行くと行商人らしき男が馬車を操っていた。その男はこちらに気づいたのか慌てて馬車を止めようとしていたが止める前に横を通り過ぎてしまった。
通り過ぎる際に男の表情を見たのだが驚愕の表情というのはこういうものなのだと知った。目を大きく見開き、大口開けてなんとも間抜けそうな顔だった。
通り過ぎた後フィーとタローは二人して笑ってしまった。
その行商人の男の横を通り過ぎてからは大分人が多くなってきた。横を通り過ぎるたびに皆目を見開き大口を開けるものだから徐々に見られているのが恥ずかしくなってきたので、ポチにもう少し減速して移動してもらうことにした。まあそれでも反応はたいして変わらなくて恥ずかしかったのだが。
パーライト国の関所にたどり着いたのは日が少し落ちかけた頃だ。今の時期なら当分は明るいだろう。国民は簡易的な手続きで済むのだが今回はポチとフィーがいるので少し面倒だがきちんとした手続きが必要になる。
列は少し長いがこのくらいならば1時間程度待てば良いと思い列へと並ぶ。ただポチがとても目立つため周囲からの視線を集めた。騒ぎというほどではないが何やら心配そうな話し声が聞こえ始めた頃、衛兵がこちらへと歩いてきた。
「失礼します。農家の方ですね?失礼でなければギルドカードを確認させてもらいたいのですが。」
数人の衛兵に囲まれ警戒されていた。タローは連行されるのではないかと心配しながらもここは指示に従うべきだとギルドカードを衛兵に手渡す。
しばらくギルドカードを確認したのち警戒が解かれ一安心する。
「Eランクファーマーのタロー殿ですね。失礼ですがそちらの魔獣は従魔ですか?」
衛兵の魔獣という言葉にポチは少し苛立ちを覚えたようで少し殺気が出る。それに敏感に反応した衛兵は再び警戒態勢に入る。
「従魔…というかなんというか…えっと…仲間です。」
ここで下手に衛兵に警戒されないように従魔ということで通したいのだが、そうするとポチの機嫌が悪くなるので否定したい。悩んだ挙句仲間ということで通した。
その言葉にポチは多少満足そうにし、衛兵は少し笑って理解してくれた。
「なるほどお仲間ですか。ここにいると問題が起きそうなのでこちらにどうぞ。」
タロー一行は衛兵の言葉に従いそのままついていく。衛兵に連れて行かれたのは農家用の手続き所である。本来農家はこちらを利用するべきなのだが今回タローはこのフィーとポチを連れていたため敢えて一般民用の手続き所に並んだ。何故ならフィーもポチもファームギルドに登録していないためこちらが使えないからだ。
ある程度高ランクのファーマーなら登録していない人間を連れて行けるのだがタローはまだEランク。そのため本来はタローが並んだ通り一般民用の方に並ぶのが正解である。
ただ今回は騒ぎになるのを防ぐために特例として連れて行ったのだろう。
農家用の手続き所は本来ギルドカードを確認するだけで終わる簡単なものなのだが今回は裏の部屋に通されて話をすることになった。
「すまないね、忙しいだろうに。では早速なんだけどタロー君以外の身分確認をさせてもらっていいかな?」
タローの持っているギルドカードは通常の身分証明よりも信用性が高く手続きなどはすぐに終わる。ただし一般民用の身分を証明するカードは信頼性に乏しい。なので時間がかかるためこうして分けて手続きを行っているのだ。
衛兵の言葉にフィーは懐から身分証明用のカードを取り出す。ちなみにフィーは元々身分証明用のカードなど持っていなかった。孤児ということで出生などの情報がわからなかったためだ。
ただそれではいざという時に大変だろうということでヴァンパイア国の国王が特別にタローの元で働いている孤児のために発行してくれたのだ。
身分証明用のカードを衛兵に手渡すとそれを確認するために奥の部屋に運んでいく。魔道具で確認するらしいのだがその辺はタローもどういう仕組みかよく理解していない。
フィーのことは後回しにするとして問題はポチだ。ポチに身分証明できるものなどあるはずがない。
「ではそちらの魔獣について説明を…」
『我が答えてやろう。』
ポチが衛兵の言葉を遮るように話し出した。急に話し出したので衛兵も驚いている。…いや驚きすぎじゃないか?
『我が名はポチ。生まれはどこかの山の中だが育ての親は田中一郎だ。今は12獣神の一角、狼帝の地位についておる。証明をするのならば誰か他の獣神を呼んでも良いのだが…面倒なので勘弁してもらいたいな。』
ポチは一連の話をした後なんとも言えぬほどのドヤ顔を見せた。おそらく今まで魔獣、魔獣と言われてイライラしていたのだろう。なんとも器の小さい獣神である。それに今話した内容は前にヴァンパイア国で名乗った際に無反応だったのでちゃんと自己紹介をわかりやすくしようということでみんな一緒に考えた内容である。
そんな様子を見てタローは思わず笑ってしまった。フィーはほぼ無表情だ。ポチは笑っているタローを睨みつけているがタローの笑いは止まらない。
タローはしばらく笑い続けた後ふと顔を上げる。するとそこには先程までとは表情を一変させた衛兵たちがいた。
その顔は空よりも青く、顔から溢れる汗は滝のようである。タローの笑い声が止んでわかったが衛兵たちは皆小刻みに震えており鎧が震えのせいでガタガタと音を立てている。口も動いており歯がこすれ合って衛兵たちの大合唱だ。
その様子を見てタローはようやく理解する…
「…やっちゃった?」
事態をようやく理解したタローは急いでフォローに回る。だがしかし時すでに遅く揺すっても声をかけても反応がない。放心状態である。
こんな状態の部屋に誰か他の衛兵が入ってきたらどんな誤解を受けることになるかわかったものじゃない。
どんなに頑張ってもタローにはどうしようもなくフィーに助けを求めたがにっこりと無言で微笑まれた。あれだけ笑っていたんだし自分で頑張ってくださいと言わんばかりである。フィーには見捨てられた。
ポチに助けを求めようとしたが今の状況に満足そうである。まるで役に立たない。
タローは自分でなんとかするしかないと必死に頑張る。
「だ、大丈夫ですよみなさん!落ち着いてください!相手はただの狼です!」
「……ただの…狼?」
やっと一人の衛兵から返事が返ってきた。これはチャンスだとばかりにタローは話しかける。
「そ、そうです!ただの狼です!」
「あんなに大きいのがただの狼?…魔獣だろ?」
「あ…魔獣では…ないですね。そう言われるのあんまり好きじゃないみたいで。」
「じゃ…じゃあ一体…」
『獣神であると言っただろうが』
ポチの一言に現状をしっかりと理解してしまった衛兵がとうとう泡を吹いて倒れてしまった。状況はさらに悪くなっていってしまった。
タローはもう自分ではどうすることもできないとわかってしまった。人生で最悪の状況というのが再び訪れるとは思いもしなかった。
そんな時とうとうタローたちのいる部屋に他の衛兵が入ってきた。終わりだ。そう覚悟したタローは入ってきた衛兵の方を向く。するとその衛兵はこの部屋にいる衛兵ほどではないにしろ顔を青くさせている。
「ほ、報告…し、します。そ、そこにおわす少女は、か、かのヴァンパイア国のヴァンパイアで…ヴァ、ヴァンパイア王国の国王からの直々の認可を得ています…」
入ってきた衛兵の言葉を聞いた中にいた衛兵たちはかすかに反応を見せた。フィーも入ってきた衛兵の言葉を聞いた瞬間汗が流れ落ち始める。
「ヴァ、ヴァンパイア王国から…こ、国賓が参られました。」
その言葉を聞いた瞬間中にいた全員は一斉に気絶した。今まで最悪の状況だと思っていたが更にその上があったようだ。
フィーは汗が溢れ出るように出てきた。今までこの身分証明用のカードを使ったことがなくてまさかこんなことになるとは思っていなかったのである。いざ使ってみたら国賓として扱われる。そんな事態になるなど誰が考えるだろうか。
しかし今考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。彼女たちに普通の身分証明用のカードを作っても出生などの情報は書き加えられない。もし仮に書いたとしてもいざ質問された時にとっさに答えられなければならない。下手に虚偽の情報を書き加えて問題を起こすわけにはいかない。
ならば身分などの保証を誰かがする必要がある。誰か貴族に任せても良いのかもしれないがヴァンパイア国は閉鎖的な国なのでどこどこの貴族など書かれてもその貴族のことを知らなければ嘘ではないかと思われる。それに下手に貴族に恩を売ると後々面倒ごとが起きるかもしれない。
そこで国王からの認可である。国王からの認可ならば信頼性も高く、知らないなどと言えるはずもない。問題は認可を与えた相手が問題を起こした場合となるがそこら辺は信頼されているようだ。
しかし国王からの認可ということは国王に認められたということ…国賓扱いされてしまう可能性があるということを忘れていた。おそらく外交を滅多に行わないため誰も気がつかなかったのだろう。
フィーはこの状況に戦々恐々としている。タローはフィーの肩にそっと手を置きにっこりと微笑みかける。こんな状況を放っておくはずがない。
フィーはパッとタローの方を振り向く。タローはこんな状況のフィーにそっと声をかける。
「頑張ってください。ヴァンパイア国の国賓様。」
放っておくはずないだろう。先ほどにっこりと微笑み見捨てられたのを忘れるはずがない。




