第6章:蜘蛛の糸に群がる羽虫
「晴氏公は、もはや我が娘の操り人形よ」
関宿城の一室で、高助は静かにそう告げた。
その前には嫡男・晴助が控えている。
「晴助。これでお前は、次代の公方の伯父となる」
高助の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「関東の諸大名が、我らに頭を下げる時代が来たのだ」
晴助は息を呑んだ。
次代公方の伯父。
それは単なる家臣の立場を遥かに超える響きを持っていた。
「ですが父上……それで本当に関東を動かせるのでしょうか」
高助は首を横に振る。
「心配はいらぬ」
穏やかな口調だった。
だが、その声には絶対の自信が宿っていた。
「公方の血筋というものは不思議なものだ。格式ばかりを重んじるが、その実、格式そのものが力となる」
高助は窓の外へ目を向けた。
利根川の流れが夕陽を映し、赤く染まっている。
「その血筋を通じて我らが公方を支える。ならば諸大名は、公方へ近づくために我らを通らねばならぬ」
晴助は黙って頷いた。
やがて高助の言葉は現実となる。
時が経つにつれ、関宿城には絶え間なく使者が訪れるようになった。
上杉。
佐竹。
宇都宮。
その他、関東各地の有力国衆たち。
かつては古河公方の御所にのみ顔を出していた者たちが、今では関宿城の門を叩いていた。
「簗田殿、公方様のご意向はいかがでしょうか」
「このたびの件につきまして、公方様のお考えを……」
彼らは口々に公方の名を口にする。
しかし実際に窺っているのは、高助の顔色であった。
高助は決して威圧的な態度を取らない。
むしろ誰よりも恭順であった。
「公方様のご意向は、この私が確かに承っております」
柔らかな笑みを浮かべる。
「皆様のご忠節も、必ずや公方様へお伝えいたしましょう」
だが、その笑顔の裏で、高助の頭脳は休むことなく働いていた。
どの家が何を献上したのか。
どれほどの量を持参したのか。
そこには各家の財力だけではなく、焦りや不安までもが表れていた。
進物とは忠誠の証ではない。
その家が抱える事情を映す鏡である。
高助は差し出された品々の向こう側を見ていた。
「上杉は米が多いな」
進物帳を見ながら呟く。
「だが絹が少ない。西の商路に問題を抱えているか」
別の日には、
「佐竹は鉄を増やしてきたな。北で戦支度でも進めているのか」
さらに、
「宇都宮の品は質が落ちた。家中に何かあるな」
誰にも聞こえぬ声でそう呟いた。
それらの情報は一つ残らず高助の記憶に刻み込まれていく。
やがて無数の情報は一本の線となり、さらに面となる。
関東全体の勢力図が、彼の脳裏に鮮やかに描かれていった。
もはや高助は関宿城に居ながら、関東の隅々を見渡していた。
これこそ簗田の絶頂期。
利根川の底に潜む一匹の蜘蛛が、関東平野という巨大な巣の全貌を掌中に収めた瞬間であった。




