表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底の蜘蛛、不屈の関宿城  作者: 水川仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/27

第7章:深き底からの警鐘

だが、その絶頂の陰で、高助は別のことを考えていた。


「晴助」


「はい、父上」


「お前は、この状況をどう見る」


晴助はしばし考えた。


「関東の諸大名が我らに頭を下げております。それは喜ぶべきことかと……」


「そうか」


高助は静かに目を閉じた。


そして短く言った。


「ならば、まだ見えておらぬな」


晴助は息を呑んだ。


「頭を下げる者は、いずれ牙をむく」


その言葉は冷たかった。


「我らは公方の外戚がいせきとなった。だが、それは同時に無数の敵を作ったということでもある」


高助はゆっくりと目を開く。


その瞳に勝者の浮かれた色はない。


栄華の頂点に立つ今この瞬間も、彼の脳裏にあるのは簗田家が滅びる未来だった。


勝って兜の緒を締める。


そんな生易しい話ではない。


勝った瞬間から、次の敗北に備える。


それが高助という男だった。


「上杉も、佐竹も、宇都宮も――」


高助は指を折るように名を挙げた。


「今は我らに頭を下げている。だが内心ではどう思っている」


晴助は答えられなかった。


「公方の神聖なる血に、家臣の血が混じる。面白いはずがない」


高助は鼻で笑った。


「では、なぜ彼らは進物を持ってくるのです」


「強いからだ」


即答だった。


「我らが強いから従う。だが強い者は、いずれ弱くなる」


高助の声が低くなる。


「その時、彼らはどうすると思う」


晴助は黙った。


答えは分かっていた。


「牙をむく」


高助が言った。


「そして食らいつく。今まで頭を下げていた反動でな」


静寂が落ちた。


遠くで夜鳥の鳴く声が聞こえる。


「だからこそ、今のうちに巣を張る」


「巣……」


「そうだ」


高助は頷いた。


「関宿という巣を誰にも破れぬものにする。そして関東全体を我らの糸で結び上げる」


その手が息子の肩に置かれた。


「お前は次の公方の伯父となる」


重い声だった。


「だが、それを栄誉と思うな」


晴助は父を見上げた。


「それは、誰よりも先に首を狙われる立場でもある」


その言葉は刃のように胸へ突き刺さった。


晴助は深く頭を下げる。


「承知いたしました。私は、この立場を背負います」


「そうでなければならぬ」


高助は再び窓の外へ目を向けた。


川面に夕日はない。


あるのは暗い流れと、その上に揺れる無数の星だけだった。


しばらくして、高助はぽつりと呟く。


「婚姻というものはな……」


誰に語るでもない声だった。


「人と人を結ぶものと思われている」


夜風が吹く。


「だが本当は違う」


高助の瞳は遠くを見ていた。


「家と家を結び、血と血を混ぜる。そして――」


わずかに口元が歪む。


「権力と権力を結びつけるための罠だ」


その言葉は夜の闇に溶けていった。


だが、その意味だけは消えない。


関宿城に。


そして関東の平野に。


静かに、確実に広がっていく。


婚姻という名の罠は、すでに誰にも解けぬほど固く結ばれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ