表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底の蜘蛛、不屈の関宿城  作者: 水川仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/27

第17章:越後の龍への密書

永禄三年(1560年)初秋。


関宿城の奥書院にて、晴助は最後の一筆を書き終えた。


墨が乾くのを待ちながら、その内容を改めて読み返す。


そこには媚びも哀願もなかった。


記されているのはただ一つ。


古河公方家の正統を守るという決意である。


「これを春日山城へ」


呼び寄せられた忍びは静かに膝をついた。


「上杉政虎殿へ直接届けよ」


「御意」


「北条に奪われるくらいなら焼き捨てろ」


「命に代えましても」


忍びは書状を懐へ収めると、そのまま夜の闇へ消えた。


晴助は一人残された書院で、父・高助の遺言を思い出していた。


――上杉を呼べ。


あの言葉に賭けるしかない。


坂東にはもはや時間が残されていなかった。


***


数日後。


越後国・春日山城。


届けられた書状を、上杉政虎は静かに開いた。


広間にいた近習たちは主君の様子を窺う。


政虎は一言も発しない。


ただ黙々と読み進めていく。


やがて最後まで目を通すと、書状を静かに畳んだ。


「簗田晴助……」


ぽつりと漏れたその名に、近習たちは顔を見合わせた。


政虎が他国の一国人の名を口にすることは珍しい。


政虎は再び書状へ目を落とした。


そこには北条氏康の専横。


古河公方家の混乱。


そして関宿城主としての覚悟が記されていた。


政虎は小さく笑う。


「面白い」


その声は決して軽いものではなかった。


北条の勢力圏の只中で。


誰もが沈黙する中で。


なお義を語る男がいる。


それだけで十分だった。


「紙と筆を」


近習たちは目を見開いた。


政虎自ら返書を書くことは多くない。


だが主君は迷わなかった。


やがて一通の返書がしたためられる。


その文面は短い。


しかし力強かった。


『汝の志、確かに受け取った。


古河公方家のこと、忘れてはおらぬ。


時至らば、必ずや動くべし。


上杉政虎』


書き終えた政虎は筆を置いた。


窓の外では秋風が吹いている。


関東。


古河。


北条。


そして関宿。


それまで別々に見えていた点が、ゆっくりと一本の線で結ばれ始めていた。


数日後。


その返書が関宿城へ届けられる。


晴助は何度もその文を読み返した。


長い文章ではない。


だが十分だった。


高助の遺した蜘蛛の糸は切れていなかった。


その先には確かに、越後の龍がいたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ