プロップハント 前編
依頼人と会った帰り道。みすずとデイブは巨大な雑居ビルの中を歩いていた。
電灯が照らす細い通路には、いたるところに掲示板や棚が置かれ、年季の入った張り紙が留められている。
「今回の依頼は、なかなか難しそうだな」
「そうですねぇ。警部も厄介な案件を持ってきたもんです」
「厄介でなければ自分で解決できるだろうよ」
今回の依頼主は、この雑居ビルの十三階にあるレンタルオフィスの経営者だった。
曰く、誰もいない場所で人の視線を感じたり、話声が聞こえたりするらしい。
その犯人を捕まえてくれという依頼だった。最初はよくある隣人間の騒音トラブルか、依頼者の思い過ごしかと思ったのだが、ことはそう単純ではなかった。
なにせ、あの警部からの紹介なのだ。普通の事件であるはずがない。
「依頼人の話では、このビル周辺で妙な遺物を使った遊びが流行っているとのことですが……」
そこでみすずは言葉を切り、背後の様子を伺ってから声を潜めて続けた。
「好きな物に変身できる遺物なんて、本当にあるんでしょうか」
「ある。……と考えて行動するしかないだろう。実物が手元にあれば早いんだけどなぁ」
「『物に変身した人を探しだす』なんて。まったく変なスポーツですよね」
その声に含まれたどこか面白がるような響きに、デイブが牽制の構えをとった。
「仕事だからな」
「わかってますよ」
「しかし……変身なんていくらでも悪用できそうだ」
万が一経営している店舗の中に隠れられれば、レンタルオフィスとしては大問題だ。セキュリティを徹底するのは死活問題である。
「解決策としては、スポーツしている人を捕まえて辞めさせるのが一番ですけど……」
みすずの言葉をデイブが引き継いだ。
「揉め事になるだろうなぁ」
出口を目指して歩く二人は、そこで会話を止めた。
先頭を歩くみすずがゆっくりと歩を進めながら呟く。
「……気付いてます?」
「ああ。 “いる”な」
みすずとデイブは通路に視線を走らせた。
しかし物が多すぎる。床、壁、天井。棚やその上に載ったスタンドライト、ペン立て。掲示板に貼り紙。どこにも人が隠れられるスペースは無い。しかし気配が滲みだしていた。
例えるなら家の中に入り込んだ虫のような。姿が見えないのに存在を確信するときに近い。
遠くで聞こえる足音。くぐもった喋り声。どこかで低く唸る空調。それらに紛れてたしかに感じる存在感。
誰かいる。
「どれが化け物かわかりますか?」
「いや、まったく」
「……とりあえずこの場はやりすごしましょう」
「そうだな」
みすずの声にデイブは頷いた。下手に刺激して揉め事になったら厄介だ。
二人は平然を装って歩を進める。
そのまま通路を進むこと数分。みすずたちは下り階段に辿り着いた。
なぜか上り階段はない。どうやらこの階段は下方向にのみ行けるらしいが、そもそも出口を目指しているので問題はなかった。
階段を下る。
下る。下る。
いつまで経っても四階に辿り着かない。
「なんかおかしくないですか!?」
冷や汗を滲ませるみすずの声にデイブも焦りつつ言った。
「出口まで送るっていう依頼人の申し出。断らなければよかったな」
そのまま階段を下り続けること数秒。あっさりと踊り場に変化が訪れた。
「ここは三階……ですね」
階数表示を見て首を傾げるみすず。三階にもかかわらず、それより下に進む階段が見当たらない。
「まぁ。四階をショートカットできたのなら良しとしよう」
とりあえず一階には近づけたと安堵する二人は、そのまま通路を歩きはじめた。
次の階段はすぐに見つかった。しかしまたしても下りがない。
「なんでこんな面倒な作りにしたんですかね」
「実はここが一階だったりしてな」
階数表示は、まぎれもなく三とある。
「地下三階の間違いだったりして」
みすずの冗談に、二人して苦笑いする。窓が無いせいで地上かどうかすら怪しくなってくる。
「とりあえず上ってみましょうか」
「……そうだな」
渋々といった様子で頷いたデイブを連れ、みすずは階段に足をかけた。
次に辿り着いたのは、七階だった。
「前世で偶数階になにか悪いことでもしたんでしょうか」
「まったくふざけた造りだな。ショッピングモールでもリゾートホテルでもないんだぞ」
なぜか一階まで直通ではない階段。五階から階段を降りてみれば三階に出て、戻ろうと別の階段を登ると七階に繋がっている始末。
あまりの不便さに二人は怒りを通り越して困惑していた。
なぜこんな造りなのだろうか。
疑問に思ったみすずが壁を見てみれば、ところどころ年季が違うことがわかった。
「ははぁ。この建物。本当にショッピングモールだったのかもしれませんね」
「本当か?」
「ほら、ツギハギした痕跡がいろんなところにありますよ。大きなショッピングモールを無理やり雑居ビルにする過程で、いろんな人が勝手に工事しちゃったんでしょう」
「自由すぎる」
デイブは呆れていたが、こういう建築物は街のいたるところにあるのが実状だった。
異界の開拓がはじまって以来、人口過多だった街からいきなり人が減っていった。反対に秩序の多くは役に立たなくなっている。以前は多くの住民で賑わっていたのだろうこのビルも今では静まり返っていた。
二人は喧騒の絶えた通路を進んでゆく。
「……ひょっとしなくても、迷ってないか?」
「依頼人のとこまで引き返して出口聞きます?」
「それはなんだかなぁ」
「ですよねぇ」
ぐだぐだと言い訳を並べつつ二人が一列になって進んでいると、唐突に広い空間に出た。
フロアにいくつものテーブルと椅子。壁際には自動販売機が並んでいた。
そこは食堂だった。
「休んでいきます?」
「そうしよう」
みすずとデイブの他は誰もいない。さっきまで誰かが居たのか、放置されたマグカップや、読書用のスタンドライトが置いてあるだけだった。




