幸運派遣会社
みすずが経営する探偵事務所には、ひとりだけ所員がいる。それがスキンヘッドに浅黒い肌をした大男のデイブだ。
その彼が言った。
「幸運派遣会社って知ってるか?」
「こううんはけん? 知らないなぁ」
みすずは眉を寄せた。
「なんでも最近、噂になっているらしいんだ」
「胡散臭い名前ですね」
「だよな。俺もそう思う。けど、これが本物らしい」
ある日の昼下がり、出先から帰ってきたらデイブはみすずに語った。その内容があまりに突飛だったために、みすずは呆れた表情を浮かべる。
「『幸運を授けてくれる』とかいうのは全部インチキ宗教のやることだから鵜呑みにしたらダメですよ」
「みすずにしては真面目なことを言うじゃないか。いつもなら食いつきそうなネタなのに」
「だって、どうせ利用者に開運グッズを売りつけるんでしょう。嫌ですよそんなふわふわしたやつ。超常現象を仕事にするなら当たり外れではなく、明確にできることを提示するべきです」
「わかった。わかったから落ち着けって。まだ噂を聞いただけだから」
「まぁ、はい。それで?」
おもしろくない話だったら承知しないぞという圧を込めた視線を、デイブは自信に満ちた顔で受け止める。
「興味深いのはそのやり方だよ。人材を派遣するらしいんだ」
「人を? 祈祷師にお祓いでもしてもらうんですか?」
「いや、文字通り人を派遣するんだよ。利用者から委託された仕事を請け負うだけの、普通の業務委託らしい」
「んあ? そのどこが幸運なんですか」
「どこもなにも、彼ら『そのもの』がね。ツイているらしい」
みすずは思案する。
「つまり…幸運な人に作業してもらうってことですか?」
「その通り。これがすごいらしい。車の送迎なら絶対に遅刻せず、医者を手配すれば手術は成功。作ってもらったデートプランは恋の成就も間違いなしという――」
「ちょっ、ちょっと待った。いくらなんでも盛りすぎでしょう。なんですかそのあり得ない話は」
「だよな。俺も怪しいと思う。だが本当にこうなるらしいぞ」
みすずは可哀想なものを見る目でデイブを見た。
「その目はやめろよ。あくまで噂だ。俺は洗脳とかされてないからな」
「まぁ、運勢はともかく、よくそんなハイスペックな人材が揃いますね」
「だよなぁ。いくら優秀な人材を集めたとして、技術じゃどうしようもない案件も請け負っているから不思議だよ」
「例えば?」
「くじを引けば一等は確実だとか」
「胡散臭いなぁ」
「だろ? そんな都合よくいくわけがない」
「なるほどなるほど。確かに興味が湧いてきました」
頷くみすずに、デイブは語り続ける。
「運なんて上がったり下がったりするだろうし、そもそもどうやって幸運な人を雇うのかもわからない」
「運を可視化できるのかも……?」
「タイムセールみたいに『今なら十パーセント増量中!』とか?」
「そういう遺物を手に入れたのなら、あり得る話ですね」
「しかし……運勢が視えたとしてもどうしようもないだろう」
「そうですか?」
「例えばみすずが占い師に、『あなたの運勢は最悪です!』って言われたとして何ができる?」
「……ラッキーアイテムを持つとか」
「だよな。せいぜい日常的に気負付ける程度だよ。まったく役に立たないはずだ」
「……ひょっとして、上げられるんじゃないですか?」
「なに?」
デイブは目を細めた。
「実は運気を高める方法があるとしたらどうです? 普通はどんな行動をしたら運気が上下するかわからない。でももし可視化できれば、結果を逐一確認できる。となれば……」
「幸運を貯め込める……?」
「そう。んで、その方法がわかれば、誰でも幸運になれかもしれない」
そう早口で言うみすずは、パソコンのキーボードに素早く指を走らせた。
「な、なにしてるんだ?」
「幸運派遣会社のホームページを探しているんです……あ、これかな?」
目当てのものを見つけたらしく、デイブも画面を覗き込む。
「おお、本当に実在するのか」
驚きの声を上げるデイブとみすずは、揃って眉を寄せた。
「なんか……『普通』ですね」
「普通だな」
それは至って普通のサイトだった。
「もっとこう……背景が真っ黒で文字が真っ赤とか、広告で画面が埋まってるとか。そういうのを想像してました」
「だよな。これはなんというか。すごくシンプルだ」
白い背景に黒い文字。わかりやすいメニュー。過不足のない装飾はユーザーを想って調整された職人の技を感じる出来栄えだった。
「業務内容も噂どおり普通ですね」
「これはこれで物足りないな。生贄を欲する邪教の儀式とか、霊験あらたかな壺を売りつける風水とか、そういうB級ホラーなものを期待したのに」
「そうか!」
「んん? なにかわかったのか?」
「手段を間違えていたんです。幸運になりたいのなら神頼みより先にストレートに努力すべきなんですよ!」
「うぇっ。正論だなぁ。……けど、辻褄はあっているな。幸運とはつまり当人にとって都合が良いことが起きる確率なわけだ。努力で改善できる余地はある……のかもしれない」
「ですね」
みすずはパソコンの画面を見ながら続けた。
「たとえば車での送迎なら……運転を練習すれば事故にあう確率は減ります。あと、交通情報を予習しておけば渋滞に巻き込まれずに済みますね」
「良い物を買うのも大事だな。質の高い靴や便利な道具を使えば失敗する確率は下がるはずだ」
「うーん。これは運が良くなったと言えるんですかね?」
「日常的すぎてわからんな」
「もういっそポジティブに考えてみましょうよ。嫌なことがあったら、その分の運がキャリーオーバーしてると思えばいいんです。次のあたりはきっと倍増してるって思えば、気も楽になると思いませんか? 落ちれば落ちるほど、次は一発ドカンと大当たりです!」
「だめなギャンブラーみたいなこと言うなぁ……。ま、結局やっていることは、『人事を尽くして天命を待つ』だけか」
デイブの言葉にみすずは頷いた。しかし、悔しそうに呟く。
「でも、私としては風水やまじないを使う方が浪漫があって好きですけどね」
「そうだな。努力した成果が目に見えてわければ、インチキ魔術だって楽しめるだろうよ」
「古風な魔術結社とか作ってみたいですね」
「ああ。違いない」
みすずとデイブは朗らかに笑った。
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