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出られない喫茶店 後編

 行き交う車、壁を打つ風。それら微かな音が、今はまったく聞こえない。

 あらゆるものが動きを止め、静寂が満ちていた。


「つまり……私達は閉じ込められたんですね?」


「ああ。まず間違いなく、こいつの所為だろうな」


 警部はジェラルミンケースに収められた遺物を睨んだ。

 それから十分ほどかけて、みすずたちは状況を把握すべく室内を調べまわった。


「テレビは映らない。電話も通じない。というか圏外になってる。ネットも通じないぞ」


「ドアや窓の隙間もダメですね。まるで接着剤で蓋をされている感じです」


「これでは裏口にもたどり着けません」


 マスターはバックヤードへと続くドアを検分し終え、振り返って言った。

 みすずは他の二人とは対照的に、どこか楽しそうに言う。


「これで遺物の効果がわかりましたね」


 呑気に拍手するみすずに対し、警部は慌てて言った。


「いやいやいや、まずい状況ってわかってんのか!? 完全な密室なんだぞ」


 マスターも言葉を重ねる。


「食料の備蓄はありますが、いずれは水分や酸素が底を尽きるはず」


「大丈夫ですって。遺物の効果を解除すればいいんですから」


 深刻な顔をする二人に対し、みすずはあくまで平然と言った。


「しかしなぁ。どうにかできるのか? 録に操作方法も分からないんだぞ」


「道具であるからには制御できるはずです。ひとつずつ分かっていることをまとめてみましょう」


「……そうだな。まずは現状を整理するか。開かないドア。時間が止まった外。なんで開かないんだ? 時間が止まったことと関係あるのか?」


「あ。そっか。時間が止まっているからドアが開かないんですよ。時間の流れが違うから、内側から押しても外が邪魔だとしたら……!」


 楽しい。みすずは焦りつつもワクワクしていた。早口で続ける。


「ということは、今なら好きなだけ遊べるってことじゃないですか! 積んでた本もゲームもやり放題!?」


「そんな呑気な」


 警部は呆れて言った。


「焦っても事態は好転しませんよ。せっかくなら楽しまないと」


「いい性格してるなぁ」


 みすずは閃いた。


「そういえば、マスターが調べたときは、こうならなかったのはなぜでしょう?」


「はて。こうとは?」


 首を傾げるマスターに、みすずは言った。


「私が触る前にマスターも遺物に触れたんですよね。そのときも虹色に光ったということは、遺物の効果が発動したはずで……でもそのときは閉じ込められなかった」


「ええ、確かに異常はありませんでした」


「環境のせいじゃないか? ただ触るだけじゃ効果がないのかもしれん」


「ありそうな話ですね」


 みすずの相づちに、警部は頷く。


「だろう? 時間が止まっているのは店の外だけだ。この店の中は止まっていない。ということは……どういうことだ?」


「助けは来ないということでしょう。外部の人間はこの事態に気付かないのですから」


 というマスターの言葉を聞いて、みすずは大きく目を見開いた。


「わかりましたよ。脱出方法が」


「本当か!?」


「はい。でもこの店から出る必要はありません。この遺物がある場所に入らなければ良かったんです」


「……なんだって?」


「つまりですね……」


 みすずは身振り手振りを交えつつ説明を続ける。


「店の外にいる人は止まったことにすら気付かない。ということは、私達もその状態になればいいんです」


「それができないから苦労してるんだろう」


「ですよね。だから、こうします」


 そう言って、みすずは遺物が納められたジェラルミンケースの蓋を閉じた。


「これで、私達は遺物がある空間の外側にいることになります」


「まさか、そんな簡単な方法で?」


 警部は訝しみながらドアノブに手をかける。すると、いとも簡単にドアが開いた。


「なるほど……。だから私が触ったときは閉じ込められなかったんですね。触ったあとに蓋を閉じたから」


 マスターの言葉に、みすずは得意げに頷いた。

 解除方法は実に簡単だったのだ。


 それは遺物を密閉容器に入れること。自分たちを遺物の外に置くには、空間の中に別の空間を作ればいい。



「これで実用的な運用方法が判明しましたね」


「しかし空間の定義が曖昧だな。この店は完全に密閉されているわけではないだろう? ドアや窓にはわずかに隙間があったはずだ」


「どの程度の密閉空間ならいいのかは、要検証ですね。ダンボール箱や袋でも部屋と言えるのでしょうか? 宇宙服のような酸素ボンベつき密閉スーツならどうでしょう? 食糧に水分に酸素があれば、長時間の運用にも耐えられるかも」


「使う気満々だな……。しかし、宇宙服だと視界は狭いんじゃないか? 周囲が止まっているなら尚更うごきづらいかもしれない」


「そっか。ドアが開かなかったみたいに、空気が邪魔をして動けないかもしれませんね」


「まぁ……使い道はありそうだな。要人護送とか」


「でも好き勝手に使うわけにも行かないんですよね。忘れ物ですし」


「ん~。惜しいなぁ」


「やはり警察に届け出るべきでしょうか」


 マスターの問に、警部は苦い顔で言った。


「一応警察としては届け出てもらいたいけれど、持ち主が故意に置いて行った可能性が高いんだよなぁ」


「ふむ。持ち主が現れるとは思えませんね」


「やっぱり……この店に置いとくのはどうでしょうか」


 みすずの提案に、警部は頷いた。


「妥当だな。持ち主が現れたときに返却すればそれで良いだろう」


「いっそ有効活用してみましょうよ。一日が二十四時間以上欲しいという人は多いでしょうし。金で時間が買えるなんて客寄せとしては効果抜群じゃないですか!?」


「くつろぎ時間を好きなだけ味わえる喫茶店か。素敵だな」


 みすずと警部の言葉に、マスターは思案する。


「しかし……その間はお客さんは入ってこないのでしょう?」


「ゆっくりできて良いと思いますよ」


 自信満々に言うみすずに、マスターもほほ笑んだ。


「なるほど。出会いも別れもない停滞も、だからこそ癒しになるのですね」


 警部はほっと一息つくと、名残惜しそうに口を開いた。


「それじゃ、私はそろそろお暇するよ」


「今日は相談に乗っていただきありがとうございました。今後とも御贔屓に」


「ぜひそうさせてもらうよ。なにか緊急事態が起きたときにその遺物を使いにくるかもしれない。例えばそうだな……。お茶菓子が必要になったときとか」


 不敵に笑う警部は喫茶店を後にした。



 かくして、一瞬を永遠に引き延ばす喫茶店は、この街の隠れた名物になったのだった。


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