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茫然としているあの人は何をしているのか

 ある日の朝。デイブが探偵事務所に着くとみすずが独り静かに座っていた。

 虚空の一点を見つめる様は物思いに耽っているようにも、なにも考えていないようにも見える。


「みすず……? どうした?」


 デイブの呼びかけに返事はない。困惑しつつも放置すること一時間。探偵事務所に警部がやってきた。

 デイブは応対すべく、散らかった机を整頓し、コーヒーを淹れた。

 待っている間、警部は物言わぬみすずをじっと眺める。


「それで……今日はどういったご用件で?」


 コーヒーをテーブルに置き、デイブは訊ねた。


「いや、大した用じゃないんだよ。このまえ調査をお願いした事件の経過を伝えにきただけだから……」


 そこで言葉を切ると、警部はみすずを見て言った。


「ところで、みすずはどうしてしまったんだ?」


「わからない。朝から反応がないんだ」


「へぇ。どうしたんだろうねぇ」


 警部はみすずの瞳を覗き込み、目の前で手を振ってみる。しかし反応はない。


「反応がない。しかばねのようだ……」


 冗談めかして言う警部に、デイブも半笑いで応じた。


「目を開けたまま寝てるのかもな」


「うーん。何を考えてるのかさっぱりわからないね」


「案外、なにも考えてないんじゃないか?」


「疲れているのかもな。……君達に頼りすぎかな。依頼を控えるべき?」


「いやいや。俺としては充実していて楽しいよ」


「なら良かった」


 二人が話している間も、相変わらずみすずは返事をしない。しかし。


「少し動いてないか?」


「なに?」


「ほら、さっきまでは正面を見てたはず。今は少しだけ右を見てる」


「言われてみれば、そうかもしれん」


 気のせいかと思うほどのわずかな変化だが、警部は見逃さなかった。

 その変化を辿っていく。


「みすずの視線……これは」


 警部は執務机を見た。そこには妙な装置が置かれていた。携帯型の通信機器のようにも、古めかしいゲーム機のようにも見える小さなそれを、確かにみすずは見つめている。

 その視線に気づいた警部は執務机まで移動し、装置を手に取った。


「どうした警部」


「みすずがこれを見ている気がして。なにかわかるか?」


「いや、知らない。なにかのリモコンか?」


 首を振るデイブ。二人は見慣れないデバイスを覗き込んだ。小さなモニターには何も映っていないが、ボタンがいくつかついている。

 警部は思い切って適当なボタンを押した。


「だっはぁ!」


 直後、みすずが大きく息を吐き出した。


「うわ! びっくりした」


 驚くデイブに、みすずは声を荒げる。


「今何時ですか!?」


「午前十時だけど……?」


 警部の言葉に、みすずは目を丸くする。


「もうそんなに経ってたのか」


「待ってくれよみすず。急にどうしたんだ」


「どうしたもこうしたもないですよ! なんで勝手に片付けちゃうんですか!?」


「片付ける?」


「遺物ですよ。机に置いといたのに」


 警部が手にした装置を指さして、みすずが言った。


「いやしかし、お客さんが来たら机を片付けるのは当たり前だろう。そもそもみすずが動けば良かったじゃないか」


「動けなかったんですよ。その遺物のせいでね!」


「ほう、人を止められるのか」


 そう言って警部は装置を興味深そうに眺める。しかしみすずは首を横に振った。


「正確には遅延です。止めるんじゃなくて遅くするだけ。なので私からはお二人が超高速で動いているように見えていました」


「なるほどなぁ」


 警部は感心した様子で頷いた。


「ひょっとして、みすずは昨日の夜からこれ使ってたのか?」


「そうですよ。だから夕べからタイムトラベルしてきたみたいな、変な感じがします」


 みすずは眠そうにあくびをする。


「寝不足はよくないぞ」


「でも退屈な時間はスキップしたいでしょう? ドラマの退屈なシーンを倍速で見るのと同じですよ」


「生き急いでるなぁ」


 しみじみと感想を述べる警部。デイブも呆れて呟いた。


「そうまでして退屈な時間を失くしたいのか」


「さすがに今回のはやりすぎでしたけどね。ちょっと仮眠とってきます」


 みすずはフラフラと事務所を後にした。


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