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闇鍋

「異界で買ったもの限定の闇鍋をしませんか」というみすずの提案で集まったみすず、デイブ、警部の三人は、探偵事務所の中央に置かれた鍋を囲んでいた。


 最初は渋っていたデイブだったが、異界に出入りする人達と交流を持てば今後の仕事で有益だろうというみすずの言葉によって説得された。

 また警部は、異界の市場で流通しているものを調査することの重要性をみすずが吹き込んだため参加することとなった。

 聞けば、異界の市場には妖しい品物があふれているらしい。


「ということではじまりました。異界で買ったもの限定。闇鍋大会~!」


 宣言したみすずが鍋の蓋を開けると、鶏がら出汁の食欲をそそる香ばしい匂いが部屋に充満する。

 鍋の中にはすでに白菜と豆腐、そして三人が選んだ不可解な具材が浮かんでいた。


「三人同時に食べましょうね」


 そう言って、三人の皿にとりわけていくみすず。

 デイブは露骨に嫌そうな顔をした。


「いや無理して食べなくていいだろう」


「ダメですよ。みんな一蓮托生。自分で入れたものには責任を持ちましょう」


「お前はスリルを味わいたいだけだろう」


「……」


 デイブの呻きを笑顔で黙殺し、みすずは全員の皿に同じ具材を取り分ける。


「ではまずは、私が選んだ野菜から」


「野菜なのかこれは。藻じゃなくて」


 警部が疑問を呈した。それもそのはず。みすずが選んだ一品は野菜というには形が崩れすぎていた。


「なんか最初からみじん切り状態でした。でも出汁の効いたスープと相まって、ちゃんと美味しそうですよ」


「「「いただきます」」」


 三人の唱和に続き、くたくたになった葉っぱを口にした。


「う、美味い!」


 デイブが驚きの声を上げた。


「ええ本当に! まろやかでクリーミーです!」


「植物とは思えない食感だね」


 三者三様に箸を進めた直後、異変は起きた。

 みすずは奇妙な感覚に襲われていた。

 背を預けている椅子や、手に持った皿、重力までもが、瞬く間に遠のいていく。気付けば目の前に、見慣れた暗い赤色の髪の毛があった。みすず自身の後頭部であり、紛れもない幽体離脱の証だった。

 みすずが周囲に視線を巡らせると、一緒に机を囲んでいた二人の姿が目に入った。

 虚ろな瞳で脱力した様子の二人の背後には、みすずと同様に半透明な姿の二人が浮かんでいる。


「お二人からも、私のこと見えてますか?」


 声をかけられたデイブは、何度か瞬きをしてから我に返って叫んだ。


「見えてる……っていうか、これどういう状態だ!?」


「おいおい、植物って、その辺で刈り取ったものじゃないだろうね!?」


「失敬な。ちゃんと購入したものですよ」


「それどうせ怪しい露店だろ! なんてことしてくれたんだ。戻れなかったらどうする!?」


 慌てる二人をよそに、みすずは残念そうに呟いた。


「ちぇっ飛ぶってそういう意味か」


「あ? どういう意味だよ」


「いや、買ったとき『食ってみな。飛ぶぜ』って言われたから、てっきり空でも飛べるのかと」


「ばっ。それ絶対薬物的な意味の飛ぶだろ。信じられねぇ」


「ある意味飛んでるね」


 警部は現状を受け入れたのか、澄ました顔で言った。

 その直後、不意に肉体に引っ張られた。


「……ちゃんと戻れるみたいだな」


「これ、量産はできるのかな。現世でも栽培できるなら、悪用される危険があるぞ」


 警部の心配をよそに、みすずは好奇心が抑えられないと言わんばかりに早口で言った。


「幽体離脱の体験者はよく『体から離れすぎたら戻れない』て言いますけど本当か試してみましょうか」


「あぶないから絶対やるなよ」


「あ、でもひとくち食べるたびに幽体離脱するなら、料理には使えないですね」


「……そうだな」


 とりあえず、みすずの選んだ植物は食べずに保留することにして、他の具材を食べることになった。


「じゃあ次はこの肉いってみましょう。コレいれたの誰です?」


「私だ」


 警部が素早く手を挙げる。

 デイブがまじまじと警戒も露わに問いただした。


「これなんの肉だ?」


「人魚らしい」


「ぜってぇ嘘だろ」


 正体が何であれ、食べてみなければはじまらない。

 物は試しと三人同時に謎肉を口に放り込んだ。


「……普通に豚肉の味ですね」


「せめてクジラ肉とかそれっぽい肉使えばいいのに」


 と変なところに気を遣うデイブ。


「しかし本当なら嬉しいだろう。不老不死になれるんだぞ?」


 みすずは首を傾げた。


「……なれましたかね。不老不死」


「さてね。生で食べないとダメかも」


「そういう問題か?」


「どのみち不老かわかるのは三十年くらいあとでしょう。不死かどうかは……死んでみないとわかりませんね。誰か試してみたい人います?」


「……真相は闇の中か」


 謎肉を選んできた警部はこともなげに呟いた。


「闇鍋ですし」


「やかましい」


 三人揃って鍋を覗き込む。


「残ってるのがデイブが入れたやつですね」


「なんだろう? この白くてまるくてもちもちしてるのは……」


「お餅でしょうか」


「団子だ。ジャパニーズフードだ」


 なぜかデイブがなぜかドヤ顔で頷いた。


「団子は普通、鍋には入れないけどなぁ」


「それは知っている。でも安全さを選んだ結果だよ。この店が一番清潔だった」


「真面目なデイブらしいチョイスですね」


「そうだ。真面目なんだよ俺は」


 真面目な闇鍋。それは肉団子ではなく普通の団子という変化球だった。


「うむ。美味いな」


「鍋の出汁と合いますね。きりたんぽみたい」


 もちもちとした団子を飲み込んだとたん、またしても異変が起こった。


「……これ見えてるの俺だけか?」


 デイブの震える声に釣られ、天井を見上げたみすずと警部の視線の先。

 そこには夜空が広がっていた。

 大きなまるい月がぼんやりと浮かんでいる。

 誘われるように手を伸ばしたみすずは、しかし感触を確かめることはできなかった。

 遠い。遥か先に浮かぶ月に、みすずの手は届かない。


「これは幻……?」


「たまにはゆっくり眺めるのも、乙なものだなぁ」


 警部はそう言って、どこから取り出したのか酒の入ったボトルを呷った。


「こういう異変なら、そう悪くないかもな」


 デイブの声に三人そろって頷くと、暖かい鍋を食べ進めた。

 魂が飛びかけるのはともかく、意外に美味しく完食した三人だった。


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