死後の世界になにを持っていくか
「死後の世界にひとつ持っていけるとしたら、何を持って行きます?」
唐突に投げられたみすずの質問にデイブは動きを止めた。
ことのはじまりは、一枚のチラシだった。
「なんだこれ」
探偵事務所の入口でデイブは呟いた。郵便物の中にあったA4用紙の広告に目が留まる。
「どうかしました?」
「ああいや、妙なチラシがあったんだ」
そう言って手渡された紙を読んで、みすずは目を輝かせる。
「『これで忘れ物とはおさらば! 絶対に失くさない保険』!?」
「『絶対』なんて言葉は詐欺だろう」
デイブが半笑いで言う言葉を聞き流し、みすずは詳細を読み上げる。
「『あなたと大切なものを結びつけます。見えないロープで結ばれたものは十五メートル以上は決して離れません』だって! これ遺物みたいですよ!」
「最近そういうの多いよな」
デイブの言う通り、毎日のように新しい遺物が発掘されている。そして、それを使った新機軸のサービスも生まれ続けているのだ。
この流れはもはや止めらるものではなく、人知を超えた力は街のいたるところで芽吹き活気を生み出していた。
「本当にロープで引っ張れる感じなら、確かに忘れ物しなさそうですね」
「そうだな。どれだけ部屋を散らかしてもすぐに出てくるなら便利そうだ」
デイブは執務机の上に積み重なった本や資料を見て言った。
「あはは。これでもちゃんと片付いてるんですよ」
「それで、やってみるのか?」
「どうしましょう。ひとつ結びつけるのに五千円。有効期間は一ヶ月だそうです」
「割高だな」
「ですね。これなら普段から忘れないように気を付けたほうが安上がりかも」
「財布はどうだ? 万が一落としたときに失くさないなら、保険料の方が損失は少ないだろう」
「んー結局は何を結びつけるかですよねぇ」
「まぁ好きにすればいいさ。どうせあの世に金は持っていけないんだから」
冗談めかしたデイブの言葉に、みすずは勢いよく顔を上げた。
たった今、新しい暇つぶしのタネを見つけたのだ。
「死後の世界にひとつ持っていけるとしたら、何を持って行きます?」
「そういうのは普通、無人島だろ?」
「死後の世界です」
「あ、そう……。でもどうしてそんな質問を?」
「だって悔しいじゃないですか。全部失くしちゃうなんて」
「そうかぁ。たしかに副葬品なんてものもあるくらいだし、どうせなら金くらい持っていきたいよな」
「でしょう? 無人島なら定番はサバイバルナイフですけど」
「たしかに便利だろうが、棺桶にナイフはいささか物騒だぞ」
「私は食べ物が良いなあ。ふわふわなスポンジになめらかなクリームがたっぷり使われた春限定の桜のショートケーキとか」
「あー食べたい。その味が今すぐ食べたい」
ケーキの味を想像した二人はどこか恍惚とした表情を浮かべる。
しかし、デイブはすぐに正気に戻った。
「……でも食べる必要あるのか?」
「ん?」
「いや、死後の世界なら物を食べる必要は無いかと思ったんだ。肉体が無いんだから」
「なるほど……一理ありますね。それに一個じゃ満足できませんし」
「だろうな。じゃあ他になにかあるだろうか?」
「そうですねぇ……」
しばらく考え込んだみすずは、ゆっくりと口を開いた。
「パティシエにします」
「……それは、パティシエを目指すという?」
「いえ、パティシエを連れていきます。そうすればいくつでもケーキ作ってもらえるので」
真顔で不気味なことを言うみすずに、デイブは冷や汗の滲む顔で返事をした。
「生贄をご所望とは。エジプトの王みたいだな」
「じゃあじゃあデイブなら何を持っていくんですか?」
「そうだなぁ……みすずがパティシエなら、俺は技術者だな。快適に暮らすにはインフラが必要だろ? サバイバルナイフより優秀だ」
「デイブなら無人島もガチガチに工業化しそうですね」
「おうよ。シアタールーム作って映画見放題だ」
みすずはふと思案した。
「いや、待てよ。……わざわざ連れて行かなくても沢山いるんじゃ」
「言われてみれば……。それこそ死後の世界も現実と変わらないくらい発展してるだろうな」
「……いや、発展はしないと思います」
「なぜ?」
「生活する必要がないからです。さっきデイブが言ったじゃないですか。死後の世界なら物を食べる必要がないかもって」
「そうか。生活しないなら仕事もしないから……」
「はい。飢えも渇きもなく、働かなくてもいい場所なら人間はきっとどこまでも堕落しますよ。そうなれば今の生活を良くしたいとか、便利にしたいとは思わず、技術も発展しないと思うんです」
「みすずの死生観はだいぶズレてるよな」
「いやデイブの方がズレてません?」
「そもそも人によって天国は違うのかもしれないな」
「人の数だけ天国がある……? たしかにいろんな解釈がありますね。うん。良い説です」
「だったら、俺は持って行きたいもの決まったよ」
デイブはそう言ってニヤリと笑った。
みすずは机に身を乗り出して問いただす。
「そ、それは?」
「車だよ。いろんな人の天国を見て回りたい。普段は自分の天国でまったりして、退屈を感じれば他の人のところにお邪魔する――」
「なにそれすごく楽しそうですね!」
つまり必要なのは他人の天国へ行く移動手段だったのだ。
「じゃあデイブの棺桶には車を……」
「入らないだろうな」
「燃やすのはもったいないですし」
死後の世界を地続きで移動できるかはわからない。しかし一応の決着がついた二人は満足げに笑った。




