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13/20

博物館の地下

 休日。事務所に程近い公園で顔馴染みのキッチンカーを見つけたみすずは足を停めていた。


「肉まんとピザまんを一つずつください」


「はいよ!」


 威勢のいい返事と共に、店主の腕が忙しなく動いていく。

 あっという間に包みに入れらたまんじゅう二つを渡しつつ、店主はみすずに問いかけた。


「珍しいね。昼間に来るなんて。今日はお休みかい?」


「ええ。ちょうど良い遺物も手に入ったんで。自営業だと意識して休みにしないとずっと仕事しちゃいますからね」


 そう言ってみすずは肉まんにかぶりついた。

 アツアツな生地はほんのり甘く、内側は肉汁たっぷりで塩がよく効いている。

 肌寒い日にあえて外で食べるには、うってつけの食べ物だった。

 幸せそうにまんじゅうを頬張るみすずに、店主は嬉しそうな顔で頷く。しかしふと、なにかを思い出した。


「そうだ。あんた博物館は好きかい?」


「好きですよ」


「即答かい。いいねぇ。あたしも好きでよく行くんだよ。ほら、駅前にあるやつさ」


「あ! いつも変な特別展開いてるところですよね。この前の『失われた都市特集』は面白かった」


「そうそう! わかってるねぇ! そこでだ。地下室には行ったことあるかい?」


 みすずはまんじゅうを頬張りながら首を振った。


「ないです。そもそも入れるんです?」


「いや、消えたらしい」


「消えた?」


「何年か前は地下にも展示スペースがあったんだけどね。その地下に続く階段が埋められちゃって、今は入れないんだよ」


「……物置部屋になったってわけじゃなさそうですね」


「気になって顔なじみのスタッフに聞いたら、これが実に歯切れの悪い返事でね。気付くと入っているらしいんだ。埋めたはずの地下室に」


 そこで店主は、さも恐ろしいと言わんばかりに息を呑んで続けた。


「話はまだ終わりじゃないんだ。ここからだよ。その地下室の奥に現れるらしいのさ。怪しげな朱い橋が」


「異界ですか」


 店主は声をひそめて言った。


「そう。しかも新発見でさ。まだ登録されていないんだよ」


「色々と条件が重なって異界と繋がる場所はありますけど、地下室は見たことないです」


 異界とは、あらゆる動物が存在しない死んだ世界。石造りの昏い街がどこまでも続いている。その入口は街のあちこちに顔を覗かせていた。まるで最初からそこにあったかのように、現世と異界が入れ替わった場所があるのだ。

 異界の入り方を発見したら、その情報の公開と報告をする義務がある。誰かが誤って入らないための決まりなのだ。


「その入口は安定しているんですか? それとも不定期?」


「わからない。そもそもどうやったら地下室に入れるのか。博物館側もはっきりとは知らないんだとさ。ただそのスタッフ曰く、妙なことがおきるのは、霧の出る早朝だけらしいよ」


 その言葉を聞いたみすずの脳裏には、未だ見たことない景色が広がっていた。

 ちらちらと瞬く電灯に照らされた地下室。その壁面に重なる朱い橋。

 なにかとなにかを繋ぐその橋は、どれだけ目を凝らしても対岸の様子を見る事はできない。


「そそられますねぇ……!」


「だろう!? いやーわかってるねぇ探偵さん! なんとかして入れないかな!?」


「うーん……。難しいと思います。わざわざ埋めている地下室を掘り返すわけにもいきませんし……」


「そっかぁ。でも惜しいねぇ。橋もだけど、博物館のバックヤードも見てみたいのに」


 もどかしそうに唸る店主に、みすずは言った。


「そうだ! 逆からなら可能かもしれません」


「へ?」


「博物館の地下室に直接入るのが難しいのなら、異界から橋に向かえばいいんですよ!」


「おお!」


 みすずの提案に驚く店主だったが、すぐにその顔が曇った。


「でもあたしには難しいよ。異界には犯罪者とかいるだろう。護衛を雇うにもお金がかかるし……」


「たしかに……。今から開拓者に転職するわけにもいきませんしね」


 店主自らが異界を探索するには、知識も資金も足りていない。なにより危険すぎる。異界はどこの国にも属していない。それはつまり、無法地帯で身を守る術がない限り、そう簡単に出入りすべき場所ではないということだ。


「あ。じゃあ遺物を使うのはどうでしょう? ちょうど使えそうなものがあるんですよ」


「へぇ。どんなやつだい?」


 みすずはまんじゅうを齧りつつ、懐から手帳を取り出した。片手で器用にページを開き、自身がメモしていた内容を確かめつつ口を開く。


「えーっと。分身の生成です」


「す、すごいの持ってるねぇ……」


「お譲りしますよ」


「いいのかい!?」


「ええ。ただコレクションしたかっただけですから。有効活用できる人が持つべきです」


「なんだか悪いね。……それで、その遺物で分身を作って異界に送り込むのかい」


 この方法なら今の生活を続けたまま橋の探索に向かえ、博物館の秘された地下室に辿り着くことができるかもしれない。


「でもただ調査するだけじゃつまらないのでキッチンカーで行きましょう」


「んな!? 向こうで商売すんのか!?」


「だめですか?」


「いや、異界での食事は印象が良くないだろう。綺麗な水が手に入る場所も限られているし、見たことない草も生えてるし。……どうにも得たいがしれなくて」


「ああ。ヨモツヘグイですね」


「なんだいそれ」


 きょとんとした顔の店主にみすずは説明する。


「黄泉の国の物を食べると帰ってこれなくなるという……、まぁ言ってしまえば迷信です。異界はたしかに黄泉の国に近い雰囲気があるので、そう感じる人が多いんですよね」


 店主は何度も頷き言った。


「うん。確かにそういうイメージだわ。動物がいないのが嫌なのかねぇ」


「でも本当に帰って来られなくなった話は聞いたことありませんよ」


「そりゃあれだよ。死人に口なしってやつだ」


 言ったあと、店主は勢いよく顔を上げて続けた。


「ん……!? じゃあ黄泉の国の住民をむりやり現世に連れてきて現世の物を食べさせたらどうなるんだろうね?」


「まさか。さすがに食事にそこまでの因果関係はないんじゃ――」


「わからないよ。死者蘇生できるかも」


「それは……面白そうだ。いつか異界の原住民を見つけたら食わせてみましょう」


「目標がひとつ増えちまったね」


 ふと手帳に視線を落としたみすずは、その内容を見て声を出した。


「あ! しまったな」


「どうかしたのかい?」


「この遺物、めちゃくちゃ扱いづらいんです。本人と感覚を共有してるせいで歩くのもままならなくて。すっかり忘れてました」


「うわ。致命的じゃないか」


 分身と感覚が共有されるということはもちろん。視覚だけでなく痛覚まで受け取ってしまうということである。


「大丈夫。練習付き合いますよ」


「そりゃ助かるけど……。そこまでしてもらうのはさすがに悪いよ」


「でも提案したのは私ですし」


「じゃあ遺物の代金を払うよ。そのくらいはさせてくれ」


「……わかりました。友達価格にしておきます」


 ニヤリと笑うみすずに対し、店主は力強く頷いた。


「ようし! 交渉成立だね」


「じゃあちょっと事務所に戻って遺物とってきますね!」


 みすずは言ってからまんじゅうの最後のひとかけらを口の中に放り込んで続けた。


「きっとすぐに習得できますよ。そんなすばやくまんじゅうが作れるんですから!」


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