灯台 後編
「まじかよ」
老人の言葉を聞いた途端、デイブは唸った。一方でみすずは目を輝かせる。その二人を見て灯台守は満足げに頷いた。
「ここにいる連中はみんな、幽霊船に誰が一番早く乗り込めるか競ってんのさ」
「な、なぜそんなことを? 怖くないのか?」
みるみる内に顔を青ざめさせるデイブが呟く。
「なにをそんなに怖がってるんです?」
「まさか。知らないのか? 幽霊船といえば死の象徴だぞ」
デイブの説明に、老人は頷いて言った。
「その通り。大抵幽霊船ってのは、漂流している内に食料が尽きて船員が餓死したとか、なにかトラブルがあって投棄した船が流されていたとか、そうやってボロボロになった船が目撃されてが噂になったモンだ。どちらにせよ、あまり気の良い出来事ではないね」
灯台守はどこか寂し気に語るものの、デイブと違って怯えてはいなかった。
みすずは二人の説明に感心しつつ、好奇心を隠そうともせずに訊ねた。
「それで、ここにはどんなヤツが出るんです? 船の種類や大きさは?」
「船と言っちゃいるが、あれはもっと違う『なにか』だな。船というより空飛ぶ砦。滑らかな石材が複雑に連結した巨大な移動物体だ」
「あなたも見たことがあるんですか?」
「ある。……しかし、近くで見たことは一度も無いんだ。あいつは普段海の中にいて、突然海中から浮上して、ものすごい速さで移動する。そしてまた潜航する。だから誰にも近づけない」
「行動目的もなにもかも不明……ワクワクしますね!?」
「俺も、沖にいるのを見たことがある。遠すぎてよくは見えなかったが」
デイブは恐れと感嘆が入り混じった複雑な表情で口を開いた。
「そんな得たいの知れないものによく近づいていくなぁ」
「そりゃあ、立ち往生している私達を助けてくれるくらいだしね」
「こういう性分なのさ」
どこか誇らし気に言う老人に、みすずは問いかけた。
「やっぱり、あなたも追っているんですか? 幽霊船を」
「当然。と言いたいところだが、俺はもう……無理だろうなぁ。体はガタがきてるし、船も壊れた」
寂しげに笑う灯台守だったが、しかし彼は迷いの無い顔で灯台を見上げた。
「それでもここを離れないのには何かワケがあるのか?」
デイブの素朴な疑問に、灯台守は笑った。
「みんな気のいい連中だからね。彼らを助けてやるのが灯台守である俺の役目だ」
「だから灯台なんですね。GPSが使えない代わりに」
みすずの言葉に灯台守は頷いた。
現代はGPSの普及によって、灯台の需要が減っている。しかし異界はGPSが使えないために、遺構を利用した灯台が作られたのだ。
みすずは焚火に手をかざして言った。
「なんか寒むくなってきましたね」
辺りを見回してみると、薄っすらと霧も出始めている。
「ツイてるな……」
灯台守は呟いた。立ち上がって海に向き合う。
「あんたたち良い時に来た。こういう霧深い夜に幽霊船は現れるんだ。運が良ければここからでも見れるかもしれない」
「本当ですか!? 見てみたいです!」
しばらく海岸沿いを適当に歩きながら観察していた三人だったが、発見はなかった。
「そもそも霧が濃くて視界が悪いな」
「ですね。もっと沖までいかないと」
「泳ぎますか」
「凍えるぞ」
「冗談ですよ。それよりもっと良い物があります」
「いいもの?」
みすずは灯台守に訊ねた。
「ドローンで沖まで飛びましょうよ。近くで激写すればスクープ間違いなしですよ!」
しかしこの提案に灯台守は首を横に振った。
「いや、ダメだ。バッテリーが足りない。それに沖まで飛ばすと風で流されるんだ」
「試したことがあるんですね」
「もちろん。このドローンはもともと幽霊船の調査のために船で使ってたものだからね」
「じゃあ船を直しましょうか」
「やめておいた方がいい。資材が足りないしお金がかかる。それにあちこちガタが来ているんだ。万が一沖で故障したら漂流するかもしれん」
「となると、船を使わずに、ドローンを沖まで連れていく必要があるわけですか」
バッテリー問題を解決するために、頭を捻るみすずたち。
「バッテリーを増設するのはどうだろうか。重くなるから燃費が悪くなるかもしれないが」
「余っているバッテリーが無いんだ」
「航続距離を伸ばすのは、案外難しいんだな」
「ですね。今あるものでその問題を解決するには……」
そう言ってみすずは辺りを見回した。
遺跡から灯台へと続く長い道。かつての面影を現在に伝える石材。
灯台の近くには、普段から使っているのだろう焚火のための薪とバイクがあった。
みすずの視線に気づいた灯台守は言った。
「あれは私の移動や荷物運搬に使っているものだよ」
ぼんやりとそれらを見ていたみすずは閃いた。
「遺跡内にまっすぐな道がありますよね。それを滑走路のように使って助走をつけ、バイクをカタパルトのように使えば行きの燃料を節約して目標地点まで飛べるのではないでしょうか」
「ちょっと厳しくないか」
「でも他に使える手も無いですし。これしかないんじゃ」
デイブとみすずの会話に灯台守が割って入る。
「いや、あなた達が私の夢を叶えようと知恵を絞ってくれているだけでも嬉しいものだよ。できるだけやってみるさ」
後日、探偵事務所に帰って来ていたみすずたちのもとに一通の手紙が届いた。
それはあの時の灯台守からのものだった。
「この間はおいしいホットサンドをありがとう。例の作戦は少々工夫した結果うまくいったよ」
というメッセージと共に写真が同封されていた。
覗き込む二人。
そこには、はっきりと幽霊船が写っていた。
「上手くいったみたいで良かったな」
「ええ。とても興味深い写真です!」
「また今度会いに行くか。次はお祝いにステーキでも持って」
「いいですね。そうしましょう」




