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灯台 前編

 静かな夜。

 みすずは車の助手席で風を感じていた。

 窓の外には月明かりのない暗闇が広がっている。人の気配はなく虫の声も聞こえない。ただ車のエンジン音だけが控えめな音を立てていた。


「ここまで遠出するのは久しぶりですねぇ」


「んー? ああ。たまには良いもんだな……」


 デイブはのんびりと答えてからすぐに焦る声を張り上げた。


「って、道に迷ってんだぞ。わかってるのか!?」


「わかってますって。だからこうして外見てるんじゃないですか」


 みすずはどこか楽しそうにうそぶいた。

 今日、みすずとデイブは異界で仕事をしていたのだ。依頼人が失くしてしまった物を探し終え、その帰路のことである。

 道に迷った挙句に石造りの遺跡に入り込み、出口を見失ってしまったのだ。

 異界には衛星がない。つまりカーナビが役に立たないのだ。それに加えて夜の暗さも手伝ってみすずたちは現在地を完全に見失っていた。

 二人を乗せた車はヘッドライトを頼りに慎重に車を進めていく。

 唐突に、デイブが真顔になった。


「良い報せと悪い報せがある。どちらから聞きたい?」


 車のハンドルを握り運転するデイブの問いに、みすずは神妙な顔で首を傾げる。


「悪い報せから」


「もう少しでガソリンが尽きる」


「うぇっ!? あとどのくらい走れるんです?」


「わからん。今すぐ止まるわけじゃないが、進むべき方向がわからない以上、無駄に走るのはやめておいた方がいい」


「……じゃあ良い報せは?」


「野営セットを持ってきていることだ」


 デイブは車を止めた。

 静寂が濃くなる。


「ちょっと周り見てきます」


 そう言ってグローブボックスから懐中電灯を取り出したみすずは、助手席のドアを開けて車を降りた。それを見送ったデイブは車内灯をつけて地図を広げる。

 高低差とランドマークが記された地図と外の景色を見比べるものの、真っ暗闇のせいで現在地は判然としない。

 しばらく地図と格闘するデイブの元に、慌てた様子でみすずが戻ってきた。


「デイブ! やばいやばいやばい!」


「なんだ賊か!?」


「UFOです!」


「はァ? ゆーふぉー?」


 みすずが指差す方向には、確かに空中に静止する飛行物体があった。

 赤色の光を点滅させるそれは、UFOというよりも――。


「……いや、なんか小さくないか?」


 デイブの怪訝な表情に、みすずもどこか冷静さを取り戻した。


「……ですね。ドローンでしょうか」


「にしては大きいな」


「ていうか、こっち来てません?」


 二人の前に現れたドローンはひと抱えはある大きさだった。無人機にしてはかなり大きい部類だ。それがプロペラの音を立てながら近づいてくる。


「どうやらアブダクションしようってわけじゃあ無いみたいですね」


「あぶ……なんだって?」


「アブダクションです。宇宙人の人さらい」


「なんだよそれ怖いな」


 UFOもといドローンは、みすずたちの上空数メートルの位置で静止した。

 しかしすぐに動き出す。


「あっ行っちゃう。追いかけましょう!」


「いやいや、怪しすぎるだろ。関わらないほうがいい」


 しかしドローンは去らなかった。離れた場所で再び止まると。こちらに戻ってくる。

 この動きはまるで――。


「『ついてこい』って、言ってますよ?」


「まったく。野良猫じゃないんだぞ」


「あ、デイブも経験あります? 野良猫の道案内」


「……一度だけな」


「じゃあいいじゃないですか。物は試しに、行ってみましょうよ」


「しょうがないな」


 怪訝な顔をしつつもデイブは車を発進させた。遺跡のど真ん中で野営するよりもいくらかマシな選択に思えたのだ。

 車を発進させた途端、ドローンは再び動きだした。

 二人の車がついてきているのを確かめるように、時折速度を合わせて飛んでいく。

 無言のドローンに訝しげについていくこと数分。

 迷路は直線の道路に変わっていた。その道を延々と進んだ先、二人を乗せた車は石造りの廃墟を抜けて海岸線を走っていた。


「あ。灯台ですよ」


 煉瓦造りの灯台の頂上には大きなレンズが光を放っていた。

 ドローンは灯台の近くでようやく着地した。同時に、灯台のドアを開けて老人が現れる。

 戸惑うみすずとデイブに、老人は呼びかけた。


「あんたたち大丈夫か」


「ひょっとしてあのドローンはあなたの……?」


「おう。俺が操縦してたんだ」


 デイブが申し訳なさそうに言った。


「実はガス欠でして。燃料を分けてくれないだろうか」


「それなら予備がある。好きなだけ持っていくといい」


「助かります!」


 老人の計らいで燃料を手に入れたみすずとデイブは、重ねて老人に訊ねた。


「俺たち元の世界に帰りたいんだが、出口を教えてくれないだろうか」


「いいとも。地図をとってくるから、待っていてくれ」


 老人は再び灯台の中に姿を消し、数分で戻ってきた。

 その手には地図が握られている。

 老人はみすずたちの車のボンネットに地図を広げた。指を差しながら説明をする。


「現在地はここだ。一番近い出口は遺跡の反対側にある。1時間もあれば着く。だが夜は遺跡に入らない方がいい。賊がでるし迷いやすい」


 そもそも真っ暗な遺跡を車で進もうとするのが無理な話だった。

 デイブは仕方がないと頷く。


「今夜はここで足止めだな」


「野営セット。持ってきて良かったですね」


 デイブに微笑みかけたみすずは、笑顔を老人にも向けて続けた。


「そうだ! 燃料のお礼に夕食を作りますよ! 簡単なものでよければですけど」


「おお。それはありがたい」


 車の荷台から薪を取り出したみすずたちは、灯台の傍で焚き火を起こした。

 金属製のケトルでお湯を沸かし、紅茶を淹れはじめる。

 次にみすずは食材を取り出した。ホットサンドメーカーでサンドウィッチを作ることにしたのだ。

 目指すのはオシャレキャンプ飯。レタスやベーコン、トマトを挟む。アクセントにバジルソース。最後にそれらをまとめて火にかける。食パンの表面がカリカリになれば完成だ。


 デイブと灯台守の分を手渡し、三人同時にかぶりつく。

 ちょうど良く焦げ目のついたパンの表面はカリカリで、レタスの水分のおかげでよく馴染んでいる。ベーコンの塩加減とバジルの香りが空きっ腹に強烈に響いた。

 食べながら、みすずは周りの景色を眺める。

 暗い海からは波の音が聞こえてきていた。そこへ、灯台が眩い光を投げかけている。

 その光の中にときどき、沖に出ている船が見えた。

 どうやら漁船らしいそれを見て、みすずは首を傾げる。

 異界にはめったに生物がいない。時折現世から迷い込んだ動物がいる程度で、魚がいるという話は聞いたこともなかった。

 みすずは老人に問いかける。


「こんなところで魚が獲れるんですか?」


「獲れるのは魚じゃあないんだ」


 老人はおもしろがるように続けた。


「こっちの世界は生き物が少ない。だから舟を使う連中は漁が目的ではなく、海中に沈んだものを引き上げることが目的なんだ。ま、それも目的の一部にすぎないんだがね。本当の狙いは別にある」


 みすずは興味津々といった様子で先を促した。


「それは……?」


「幽霊船だよ」


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