吸血鬼の倒し方
ある日の朝、テレビに映ったのは衝撃的な内容だった。
曰く、吸血鬼が目撃されたらしい。外套をはためかせて空を飛ぶその光景は、みすずを興奮させるのに十分すぎるものだった。
「すごい! 世紀の大発見じゃないですか!」
「今日も楽しそうだな」
「吸血鬼には興味ないんですか?」
「まだ本当かどうかわからないんだろう。ただ空を飛んでるだけの人かもしれない」
「ただの人間は飛びませんよ」
子どもを諭すように優しく言ったみすずに対し、デイブは冗談めかして返事をする。
「アメリカンコミックならみんな空を飛ぶぞ」
「それは……そうかもですけど。夜に空を飛ぶなんて、いかにも吸血鬼らしいじゃないですか」
「ただ人目を避ける時間を選んだ結果、夜になっただけかもしれん」
デイブの言葉にみすずは訝しんだ。いつもよりもよそよそしい気配のするデイブを、じっと見つめる。
「「……」」
二人の間に沈黙が訪れた。
その間にもテレビではセンセーショナルに騒ぎ立てている。
先に口を開いたのはデイブの方だった。
「わかった! 降参だ」
「なにがそんなに気に入らないんですか」
「だって血を吸うんだぞ!? 突然暗闇に引きずりこまれて血を全部抜かれてミイラにされるかもしれないだろ!?」
「ちょっ。それじゃエイリアンですって。吸血鬼はそんなことしませんよ。彼らはきっと紳士的なんです!」
「化け物に夢見すぎだぞ」
「デイブはB級ホラー映画の見すぎですよ」
二人は視線をぶつけ合った。ふと、デイブがニヤリと笑う。
「わかった。吸血鬼がいかに恐ろしいか教えてやろう」
「よしきた」
みすずは手をポンと叩いて机に身を乗り出す。
「吸血鬼といえば空を飛んで血を吸う以外にも特徴がある」
「不老不死ですね?」
「そうだ不老不死。恐ろしいじゃないか」
「いやいやいや。むしろ憧れですよ!? 空を飛ぶのは持て余す気がしますけど不老不死なんてあるだけお得でしょう?」
「そこだよ」
デイブは射抜くような瞳で続けた。
「もし吸血鬼が実在するとなれば、不老不死を欲しがる人間はどうすると思う?」
「ん?」
話の雲行きが怪しくなり、みすずは目を細める。
「みんな死にたくない。だから吸血鬼になろうとする。それこそが奴らの生存戦略なんだよ」
「っ!? たしかに。相手から噛まれに来てくれるなら沢山血も手に入るし、仲間も増やせる。そういうことですか」
「なァ? 怖いだろう」
頷きかけたみすずは、不自然な角度で首を止めた。
「でも別にいいかも」
「なんだって?」
「いいじゃないですか。人間は不老不死を手に入れて、吸血鬼は仲間を増やせるWin-Winですよね」
「そっ! ……んなことはないはずだが」
デイブは急に自信を無くしたのか語尾を濁した。
「なにかデメリットあります?」
「沢山あるぞ。日光、十字架、流水、ニンニク。どれも弱点になるし、心臓を樹の杭で打たれたら生き返らない」
「まぁ人間でも好き嫌いはありますし、そのくらいは許容範囲内でしょう」
「自分が化け物になってもか?」
「どんだけ嫌いなんですか。吸血鬼」
「ホラー映画みたことないのか!」
ひとりで息を荒げているデイブをおいて、みすずは紅茶を淹れる。
「やっぱり全然怖くないなぁ。そもそもテレビに映ってた人は化け物っぽくありませんでしたよ」
「ぬぅ。……一見安全そうに見せて油断させてからガブっとやるつもりかもしれん」
「ずいぶん計算だかい化け物ですねぇ」
「下手に暴れるよりも賢いほうが厄介なんだよ」
「そう考えてみれば……。あえて空を飛んでいる姿を見せて存在と安全性をアピールしているのかも。そうやって友好関係を気付いて、科学者においしい人工血液を作ってもらう計画とか!」
「わかったわかった。吸血鬼を怖がらないヤツがいるのは理解したよ」
デイブはそこで言葉を切ると、苦渋の決断とばかりに呻いた。
「吸血鬼の魔の手から人間を守るには、もうあの方法しかないか……」
「お? なんですかその方法って」
「不老不死を手に入れる。吸血鬼に頼らずともね」
起死回生の一手として宣言したデイブの言葉にみすずは頷いた。
「なるほど。対抗手段!」
「ああ。最新の医療で若返りが実現しそうだと聞いたことある。敵と同じ力を手に入れることができれば、まだ希望はある」
「仮想敵に吸血鬼を設定するなんてデイブくらいですよ」
「怖いものとは積極的に戦うのが俺のスタイルなんだよ」
「じゃあ具体的にどうやって不老不死を目指すつもりなんです?」
「そうだなぁ。映画で見たのは……若い人の血を輸血して老化を遅らせる実験だったな」
「結局、吸血鬼とやってること同じじゃないですか」
「……違う方法にしよう。コールドスリープなんてどうだ?」
「コールド? 人工冬眠ですか?」
「そうそれ。老化を抑えた状態で眠らせるから寿命が延びるぞ」
「うーん。若い人はそれでいいですけど」
「じゃあ脳のデジタルコピーだ」
「本人は結局死ぬんじゃ……?」
「……注文が多いな」
「すみませんね。納得できなくて」
「ならとっておきだ。脳に機械を増設する」
「サイボーグ? でも寿命が」
「重要なのはここからだよ。増設した機械は脳細胞と融合して思考の一部になるんだ。生身の脳細胞が寿命を迎えたとしても、機械で動いている思考はシームレスに活動を続けられる」
「すごいこと考えますね。そういう映画があるんですか?」
「ああ。不老不死なんて恰好の題材だからな。腐るほどあるよ」
「さすが映画オタクですね……。と言いたいところですが、それは本人なんでしょうか? いや、そもそも生きてるとはどういうことなんですかね」
「また随分と哲学的なことを」
「私。実践的な問題として考える哲学が好きなんですよ」
みすずは笑って言った。
「生きている……か。肉体が活動している。いや、足りないな。『自他共に本人であることを認めている存在』ってのはどうだ?」
「んー。会話できないものには適用しづらいですね」
「たしかに」
「『周囲に影響を与える力を持っているか否か』でしょうか」
「なんだって?」
「どんな生き物も周りに影響を与えているでしょう。空気を吸ったり、水を吸収したり。でもこの考え方だと、風も海も生きていることになるんですけどね」
「なかなかロマンチックでいいじゃないか」
「そうだ! すごいこと考えました」
「なんだ?」
みすずは「こういうのはどうでしょう」と前置きしてから言った。
「私が予知能力を持っているとして、ここに録音機があるとします。私は予知能力を使ってこの録音機が百年後にある場所を見る。そして、その場にいる人に伝えたいメッセージを録音する。あとは録音機が百年後に再生されるように細工しておけば……百年後に私は生きていると言えるのではないでしょうか」
「……声を吹き込んだのは間違いなく自分の意思。そして影響も与えた。他人が見てもそれは疑いようがない。そうだな。百年後もみすずは生きている。不老不死の新しい形だ」
「でもこの方法だと、いくつも声を吹き込むのに膨大な時間がかかりますね」
「録音機のバッテリーや故障にもな。それらすべてに耐えられる設計にしないとダメだ」
「……番人が必要ですね」
「ん? どういう意味だ?」
「文字通りですよ。後世に渡って私の声を運ぶため選ばれた者という意味の」
「なんだか大袈裟だな」
「いやいや。考えてみてくださいよ。その録音機にはあらゆる答えが入っているんです。永い時を生きる予知能力者とコンタクトを取れる唯一の方法。もしそんなものがあったら――」
「権力者が欲しがるだろうなぁ」
「そうでしょう」
ここまで楽しそうに語ったみすずは、スッと穏やかな表情に変わった。
「やっぱり不老不死は全員まとめてが理想ですね。誰か一人だけが時の流れから外れるのは不幸の元になりそうですし」
「結局は維持費の問題になるだろうね。録音機の不死を全員が実践したら、管理が大変すぎる」
「……やっぱり不老不死になるなら吸血鬼が一番好きです」
「対抗失敗かー」
デイブは悔しそうに天井を仰いだ。
「仕方ないですよ。ひと噛みされるだけなんてお手軽な方法に科学で挑むんですから」
「分が悪い戦いか」
デイブは不満そうに言った。
「心配しないでください。吸血鬼になるときはみんな一緒です」
「ばっ。そりゃ確かに平等だが……テロリストの考え方だ。押し付けるのはよくないぞ」
「でも勝てば官軍て言うじゃないですか。生き残った方が正義なんですよ」
「戦国武将みたいな発想だな」
「褒めてもなにもでませんよ」
「褒めてはいない」
「まぁ人類全員をどうにかしようとするのはだいたい悪役のすることですもんね」
みすずは冗談めかしてそう呟くと、窓の外を見た。
白い雲がふわふわと流れる青空に、吸血鬼の影はない。
その景色は紛れもなく人間の特権だった。




