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ママ友に夫も居場所も奪われるまで  作者: 熊猫ぱんだ


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過去にもいた、同じ人

 翌朝、ほとんど眠れないまま起きた。

 頭が重い。けれど、横になっている方がつらかった。


 「ママ、大丈夫?」


 子どもが不安そうに見上げてくる。


 「大丈夫だよ」


 そう答えながら、声が少しだけかすれていた。

 園へ向かう足取りは重い。それでも行かないわけにはいかなかった。

 門をくぐった瞬間、昨日までとは違う空気がはっきりと分かった。

 避けられているだけじゃない。

 明確に、距離を置かれている。


 「おはようございます」


 返事はある。けれど、誰も近づいてこない。

 子どもも、自然と私の後ろに隠れるように歩いていた。

 教室の前で、一人の母親が小さく声をかけてきた。


 「……ちょっといい?」


 振り向くと、見覚えのある顔だった。

 同じクラスではないけれど、何度か話したことがある人。


 「少しだけ」


 周りを気にするように、視線を動かしている。


 「どうしたの?」


 小さな声で聞くと、その人はさらに声を落とした。


 「あの人、気をつけた方がいいよ」


 「……誰のこと?」


 聞かなくても分かっていた。

 それでも、確認せずにはいられなかった。


 「美月さん」


 やはり、そうだった。


 「なんで?」


 その人は少しだけためらってから、言った。


 「前にも、似たようなことがあったって聞いた」


 心臓が強く鳴る。


 「似たようなって……」


 「家庭に入り込んで、壊すっていうか……」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


 「最初はすごくいい人で、信頼されて、それから」


 その先は言わなかった。

 でも、十分だった。


 「……本当なの?」


 「噂だけど。でも、前の園で同じことあったって」


 頭の中で、何かが繋がる。

 違和感。

 タイミング。

全部。


 「なんでそんなこと……」


 思わず口に出た。

 その人は小さく首を振った。


 「分からない。でも、気をつけて」


 それだけ言って、すぐに離れていった。

 周りの目を気にしているのが分かる。

 残されたまま、動けなかった。


 (前にも……?)


 つまり、私だけじゃない。

 最初から。

 選ばれていた。

 そういうことだった。

 そのとき、後ろから声がした。


 「真央さん」


 振り向かなくても分かる。

 美月だった。


 「さっき、誰かと話してましたよね」


 穏やかな声。

 でも、逃げ場がない。


 「……ちょっとだけ」


 「そうなんですね」


 それだけ言って、隣に立つ。

 距離が近い。


 「何か困ってることあったら、言ってくださいね」


 また、その言葉。

 優しさの形をした圧力。


 「別にないよ」


 できるだけ平静を装う。


 「本当に?」


 ほんの少しだけ、声のトーンが変わった気がした。


 「うん」


 短く答える。

 数秒の沈黙。

 その時間がやけに長く感じた。

 やがて、美月は微笑んだ。


 「ならよかったです」


 それだけ言って、離れていく。

 でも、背中に視線を感じた。

 見られている。

 ずっと。

 昼過ぎ、スマホが鳴った。

 知らない番号からの着信。

 一度、無視した。

 けれど、すぐにまた鳴る。

 迷った末に、出た。


 「もしもし」


 「真央さんですか?」


 女性の声だった。

 聞いたことのない声。


 「はい」


 「突然すみません。少し、お話したくて」


 警戒しながら、聞き返す。


 「どちら様ですか?」


 少しの沈黙のあと、相手は言った。


 「私も、その人に壊されたことがあるんです」


 背筋が凍った。


 「……誰のことですか」


 分かっているのに、確認する。


 「美月って名乗ってました」


 頭の中が真っ白になる。


 「前は違う名前でしたけど」


 息が止まりそうになる。


 「あなたと同じでした」


 その一言で、すべてが現実になる。


 「最初は優しくて、全部助けてくれて」


 淡々とした声で続ける。


 「気づいたときには、もう全部取られてました」


 言葉が出ない。

 何も言えない。

 ただ、聞くことしかできない。


 「だから、連絡しました」


 静かな声だった。


 「同じことになってほしくなくて」


 スマホを持つ手が震える。


 「……どうして私の番号を」


 やっとの思いで聞く。


 「調べれば、分かります」


 その言い方に、ぞっとした。


 「気をつけてください」


 それだけ言って、通話は切れた。

 しばらく、そのまま動けなかった。


 (本当に、いるんだ)


 過去に。

 同じことをされた人が。

 偶然じゃない。

 勘違いでもない。

 全部、繰り返されている。


 そのとき、ふと気づいた。

 美月の視線。

 距離の詰め方。

 情報の持ち方。

 全部が、慣れている。


 (初めてじゃない)


 だから、こんなにうまい。

 だから、こんなに早い。

 だから、もう逃げ場がない。

 そう思った瞬間、初めて感情がはっきりした。

 怖い。

 それ以上に。


 (許せない)


 胸の奥で、何かが静かに変わり始めていた。

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