偶然じゃない証拠
次の日の朝、空気はさらに重くなっていた。
園の門をくぐった瞬間、昨日までとは違うと分かった。視線が合わない。いや、正確には、合う前に逸らされる。
(避けられてる……)
気のせいじゃない。
「おはようございます」
声をかけても、返ってくるのは短い挨拶だけだった。
「おはよう……」
それ以上、会話は続かない。
教室の前で立ち止まると、小さな輪になって話していた母親たちが、一瞬だけ静かになった。
そして、何事もなかったかのように話し始める。
でも、その内容は、もう隠そうともしていなかった。
「やっぱりそうなんだって」
「夜もほとんど一人らしいよ」
「子ども、かわいそうだよね」
胸が締めつけられる。
(違う……)
違うのに、声が出ない。
言い返した瞬間、全部が崩れる気がした。
そのとき。
「真央さん」
振り向くと、美月がいた。
いつもと同じ、柔らかい笑顔。
「大丈夫ですか?」
その一言に、思わず言葉が詰まる。
「……何が?」
少しだけ強い口調になった。
自分でも驚くくらいに。
美月は一瞬だけ目を細めて、それからすぐに優しい表情に戻った。
「最近、ちょっと元気なさそうだったから」
「別に普通だけど」
「そうですか。ならよかった」
にこりと笑う。
その“普通のやり取り”が、逆に怖かった。
(この人は……)
何も知らないふりをしている。
いや、違う。
全部知っていて、知らないふりをしている。
「昨日も遅かったんですよね、旦那さん」
さらりと言われたその言葉に、反応が遅れた。
「……なんで」
「大変ですよね。無理しないでくださいね」
答えになっていない。
それでも、それ以上聞けなかった。
周りに人がいる。
ここで何か言えば、自分が“面倒な人”になる。
その空気が、はっきりとあった。
視線。
子どもの言葉。
そして、美月。
全部が一つの方向に向かっている。
夜、ふとスマホを見ると、美月のSNSが更新されていた。
何気なく開いて、指が止まる。
そこに写っていたのは、見覚えのある景色だった。
駅の近くの店。
そして、テーブルの端に映り込んでいる男の腕。
時計。
見慣れたものだった。
健太のものと、同じだった。
息が止まる。
(……違うよね)
そう思いたいのに、目が離せない。
コメント欄には、
『楽しい時間でした♡』
とだけ書かれていた。
スマホを持つ手が震える。
偶然で片付けるには、できすぎている。
確信に近い何かが、胸の中で形になっていく。
これは、もう。
ただの噂じゃない。




