最後の切り札
その夜、家の中は異様に静かだった。
健太はほとんど口を開かない。
スマホばかり見ている。
何度も。
落ち着かない様子で。
(連絡、来てる)
誰からかは分かっている。
あえて聞かない。
今はそこじゃない。
真央はテーブルにスマホを置いたまま、画面を見つめていた。
今日のやり取り。
美月の言葉。
あの視線。
(まだ終わってない)
むしろ、ここからが本番だと分かる。
そのとき、スマホが震えた。
あの番号。
迷わず開く。
『会いましたね』
短い一文。
『はい』
それだけ返す。
『どうでしたか』
少し考える。
『揺れてます』
正直に打つ。
既読がつく。
『そうでしょうね』
即答だった。
『ただ』
続く。
『まだ切り札は出していません』
その言葉に、息が止まる。
(切り札……)
『何ですか』
すぐに送る。
少し間が空く。
今までより長い。
そして。
『音声です』
画面を見つめる。
理解が一瞬遅れる。
『音声?』
打つ。
『はい』
『会話の記録です』
心臓が強く打つ。
(そんなもの……)
『あります』
先回りするように送られてくる。
『あなたが持っているわけではありませんが』
指が止まる。
(じゃあ誰が)
聞く前に、次のメッセージ。
『以前から、記録している人がいます』
その一文で、すべてが繋がる。
(あの人……?)
園の母親。
協力してくれると言った人。
それとも。
別の誰か。
『必要なら、渡せます』
続く。
画面を握る手が強くなる。
音声。
言い逃れできない証拠。
写真よりも、強い。
『なぜ、そこまで』
思わず送る。
少し間。
そして。
『同じことをされたからです』
短い一文。
それ以上は何も書かれていない。
でも、十分だった。
(やっぱり……)
この話は、自分だけじゃない。
前から続いている。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
怖さと同時に、確信が強くなる。
『使いますか』
問われる。
シンプルな選択。
でも、重い。
これを使えば、完全に終わる。
戻れない。
でも。
(もう戻らない)
最初から、そのつもりだった。
『使います』
はっきり打つ。
既読。
すぐに返信。
『分かりました』
『準備します』
短い言葉。
それだけで十分だった。
スマホを置く。
ゆっくりと息を吐く。
隣を見る。
健太はまだスマホを見ている。
顔色が悪い。
もう、余裕はない。
(終わる)
そう思った。
このままじゃ終わらない。
でも。
これで、終わらせる。
そのとき。
健太のスマホが鳴った。
着信。
画面に名前が出る。
美月。
はっきり見えた。
健太の手が止まる。
一瞬、迷う。
出るか、出ないか。
その沈黙が、すべてだった。
真央は何も言わない。
ただ、見ている。
逃げ場を与えないように。
数秒後。
健太は通話ボタンを押した。
「……もしもし」
小さな声。
その瞬間。
真央の中で、何かが決まった。
(今だ)
静かにスマホを手に取る。
録音ボタンを押す。
音声。
もう一つの証拠。
切り札は、一つじゃない。
静かに、確実に。
すべてが揃い始めていた。




