正面
園の帰り、空気はいつもより重かった。
周りの視線。
ひそひそ声。
でも、それだけじゃない。
様子見の空気。
どちらに転ぶのかを探っている。
真央は立ち止まらなかった。
子どもの手を握ったまま、門を出る。
少し離れた場所。
人通りが減るあたりで、足を止めた。
「ここでいいですか」
後ろから声がした。
振り返る。
美月が立っていた。
いつも通りの服装。
いつも通りの表情。
でも。
どこか違う。
笑っていない。
「いいよ」
短く答える。
子どもを先に帰らせるわけにはいかない。
少しだけ距離を取って立たせる。
目は離さない。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは、美月だった。
「話が早くて助かります」
落ち着いた声。
余裕があるように見える。
でも、完全じゃない。
「何の話?」
あえて聞く。
主導権は渡さない。
「もう分かってますよね」
少しだけ笑う。
その笑顔に、以前の温度はない。
「分かってるから聞いてる」
視線を外さずに言う。
空気が張る。
美月の目がわずかに細くなる。
「……昨日の件です」
やっと出た言葉。
「義実家に連絡されたこと」
核心。
やっぱりそこだった。
「したよ」
隠さない。
「問題ある?」
その一言で、空気が変わる。
ほんの少しだけ。
美月の表情が止まる。
すぐに戻る。
でも、見逃さない。
「やり方が強引ですね」
低い声。
「強引?」
少しだけ首をかしげる。
「事実を伝えただけだけど」
静かに返す。
逃げ道は作らない。
数秒の沈黙。
美月の視線が揺れる。
ほんのわずかに。
「……誤解もありますよね」
探るような言い方。
「例えば?」
すぐに返す。
間を与えない。
美月が言葉に詰まる。
初めてだった。
「何が誤解なのか、ちゃんと教えて」
一歩、踏み込む。
距離が縮まる。
逃げ場を削る。
「……」
沈黙。
周りの音だけが聞こえる。
風の音。
遠くの話し声。
でも、この空間だけが切り離されている。
「ねえ」
もう一歩、近づく。
「続いてるんでしょ」
はっきり言う。
逃げられない言葉。
美月の呼吸がわずかに乱れる。
「……どういう意味ですか」
まだ、逃げる。
「分かってるでしょ」
声を落とす。
「健太のこと」
名前を出す。
その瞬間。
空気が止まった。
完全に。
数秒。
長い沈黙。
美月の目が変わる。
隠さなくなる。
「……それを、どうするつもりですか」
低い声。
今までと違う。
完全に表に出た声。
「どうするって」
少しだけ笑う。
「もう始めてるよ」
その一言で、空気が揺れる。
「園も、家も」
ゆっくり続ける。
「全部、繋がってる」
事実を並べる。
逃げ道を潰すように。
美月が黙る。
視線を外さない。
数秒。
そのまま見つめ合う。
先に逸らしたのは、美月だった。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
(崩れた)
そう思った。
「……やめた方がいいですよ」
小さな声。
でも、はっきりした警告。
「これ以上は」
続ける。
その目に、わずかな焦りが見える。
「どうなるか分からないので」
脅し。
でも、弱い。
「それ、もう遅いよ」
静かに返す。
「最初にやったの、そっちでしょ」
はっきり言う。
空気が完全に変わる。
もう、元には戻らない。
美月が何も言えなくなる。
沈黙。
長い沈黙。
そのあと、ゆっくりと顔を上げた。
「……後悔しますよ」
低く言う。
その声には、まだ何かが残っている。
余裕。
確信。
でも。
「しないよ」
即答する。
迷いはなかった。
「もう決めたから」
それだけ言う。
風が吹く。
二人の間を通り抜ける。
沈黙。
完全な対峙。
逃げも、隠れもない。
ここまで来た。
もう引き返せない。
そして。
終わりも、近い。




