崩れる予兆
朝、目が覚めた瞬間から、空気が違うと感じた。
理由は分からない。
でも、何かが変わっている。
スマホを手に取る。
通知は少ない。
グループLINEも、静かだった。
(動いてない……?)
昨日までの流れが、急に止まっている。
違和感。
嫌な予感。
静かなときほど、裏で何かが動いている。
その感覚だけが、はっきりあった。
キッチンに立つ。
いつも通りに準備をする。
健太も、いつも通りに起きてくる。
「おはよう」
何も知らない顔。
「……おはよう」
視線を合わせる。
ほんの一瞬。
健太の目が、逸れた。
小さな違和感。
でも、見逃さない。
(やっぱり)
何かがある。
「今日も遅い?」
あえて聞く。
「……いや、今日は早い」
一瞬だけ、間があった。
予想外の答え。
(来る)
そう思った。
今日は何かが起きる。
園へ向かう道。
子どもは静かだった。
周りの影響は、まだ残っている。
それでも、昨日よりは少しだけ表情が戻っている気がした。
門をくぐる。
やはり空気が違う。
視線はある。
でも、昨日までのような一方的な圧はない。
迷い。
様子見。
そんな空気。
(揺れてる)
確かに、流れは変わり始めている。
教室の前。
あの母親がいた。
昨日、忠告してくれた人。
目が合う。
一瞬だけ、迷うような表情。
そのあと、小さくうなずいた。
周りを気にしながら、近づいてくる。
「……少しだけ」
小さな声。
人気のない廊下へ移動する。
足音を抑えるように。
誰かに見られていないか、何度も確認しながら。
「昨日の、見た?」
その人が先に言った。
「見た」
短く答える。
「あなたじゃないよね」
その言葉に、少しだけ息が抜ける。
「違う」
はっきり言う。
その人は、小さくうなずいた。
「やっぱり」
確信している顔だった。
「……あの人でしょ」
名前は出さない。
でも、分かる。
「そう思ってる」
同じように答える。
数秒の沈黙。
周りの気配を確認する。
誰もいない。
それでも声は落とす。
「私も、前に少しだけ関わった」
その言葉で、空気が変わる。
やっぱり。
ただの噂じゃない。
「最初はいい人だった」
淡々と話す。
「でも、気づいたら距離が変わってた」
ゆっくりと続ける。
「周りの人も、少しずつあの人の方に行って」
胸の奥がざわつく。
同じ流れ。
「私の場合は、途中で気づいたから抜けたけど」
視線が強くなる。
「あなたは、深く入りすぎてる」
その一言が刺さる。
分かっている。
でも、否定できない。
「でも」
その人が少しだけ近づく。
「昨日の言い方、よかった」
思わず顔を見る。
「流れ、変わってきてる」
はっきり言う。
それが事実だと分かるから、余計に重い。
「完全じゃないけど」
「でも、崩れ始めてる」
その言葉で、確信になる。
(やっぱり)
小さく息を吐く。
「……協力してくれる?」
自分から言った。
一瞬の沈黙。
その人は目を逸らした。
迷っている。
当然だった。
関われば、自分も巻き込まれる。
リスクしかない。
数秒後。
ゆっくりと、うなずいた。
「全部じゃないけど」
「できる範囲なら」
その言葉で、十分だった。
「ありがとう」
小さく言う。
その人は首を振った。
「まだ分からないよ」
冷静な声。
「相手は、普通じゃない」
その言葉が、現実を引き戻す。
「だから、気をつけて」
短く言う。
それ以上は話さなかった。
教室へ戻る。
空気は変わっていない。
でも、自分の中は違った。
味方がいる。
確実に。
完全じゃない。
でも、ゼロじゃない。
それだけで、全然違う。
そのとき、美月と目が合った。
笑っている。
いつも通りの顔。
でも。
ほんのわずかに。
違和感。
完璧じゃない。
どこか、揺れている。
(来る)
そう思った。
相手も、次を仕掛けてくる。
静かなまま終わるはずがない。
ゆっくりと息を整える。
もう、逃げない。
次は。
真正面から、来る。




