仕掛ける側
朝、スマホを開いた瞬間、通知の数に息が詰まった。
グループLINEは、まだ動いている。
昨夜の写真の話題。
自分の姿。
店の前でスマホを構えている、あの一枚。
何度見ても、胸がざわつく。
『やっぱりあの人だよね』
『ちょっと距離置いた方がいいかも』
『子ども同士もあるしね』
言葉が、じわじわと広がっていく。
否定しても、届かない。
今はもう、そういう流れになっている。
スマホを閉じる。
深く息を吐く。
(想定内)
自分に言い聞かせる。
完全に崩されたわけじゃない。
まだ、残っているものがある。
昨日までの証拠。
消されていない分。
そして。
(これから作る分)
キッチンに立つ。
手を動かしながら、頭の中で整理する。
相手は、こちらの動きを見ている。
写真も消された。
つまり、スマホだけに頼るのは危険。
別の方法が必要だった。
(残す場所を分ける)
思考がはっきりしていく。
同じところに置かない。
複数に分ける。
消されても残るように。
「ママ?」
子どもの声で現実に戻る。
「どうしたの?」
「今日、行きたくない」
小さな声だった。
胸が締めつけられる。
理由は分かっている。
それでも。
「大丈夫」
そう言うしかなかった。
「ママいるから」
その言葉が、本当かどうか分からなくなる。
でも、今は言うしかない。
園へ向かう道。
視線は昨日よりもはっきりしていた。
避けるだけじゃない。
警戒。
距離。
はっきりとした拒絶。
それでも、足を止めなかった。
門をくぐる。
教室へ向かう。
美月は、いつも通りそこにいた。
笑っている。
周りに人がいる。
中心にいる。
「おはようございます」
声をかける。
「おはよう」
何人かが返す。
でも、距離はそのまま。
美月がこちらを見る。
目が合う。
少しだけ、表情が変わる。
ほんの一瞬。
すぐに笑顔に戻る。
「大丈夫ですか?」
いつもの言葉。
でも、もう意味は違う。
「大丈夫だよ」
同じように返す。
あえて、普通に。
その瞬間。
美月の目が、わずかに動いた。
(やっぱり見てる)
反応を。
変化を。
すべて。
そのまま、少しだけ近づく。
距離を詰める。
逃げない。
「昨日の写真、見た?」
自分から切り出す。
周りの空気が、一瞬だけ止まった。
美月の表情が固まる。
ほんのわずかに。
「え?」
すぐに作り直す。
「どの写真ですか?」
知らないふり。
完璧な演技。
「店の前のやつ」
視線を外さずに言う。
数秒の沈黙。
周りの母親たちも、会話を止めている。
「……見ました」
小さく答える。
「ちょっとびっくりしました」
その言い方。
完全に、被害者側のトーン。
「そうだよね」
うなずく。
そのまま続ける。
「私もびっくりした」
美月の目が動く。
「なんであんなの撮られてるのか分からなくて」
あえて、言う。
はっきりと。
周りにも聞こえるように。
空気が揺れる。
美月の表情が、ほんの少しだけ崩れる。
「……どういうことですか?」
声のトーンがわずかに低くなる。
「そのままの意味だよ」
短く返す。
それ以上は言わない。
今は、全部出すタイミングじゃない。
でも。
(揺れてる)
確かに、反応が違った。
完璧じゃない。
小さな隙。
それが見えた。
「何か誤解があるかもしれませんね」
すぐに立て直す。
笑顔に戻る。
でも、さっきの一瞬は消えない。
「そうかもね」
あえて合わせる。
争わない。
まだ。
今は、見せるだけ。
そのまま、距離を取る。
それ以上は何も言わない。
振り返らない。
でも、背中に視線を感じた。
確実に。
昼過ぎ。
スマホを開く。
グループLINE。
新しい流れ。
『誤解かもって話もあるみたい』
『どうなんだろうね』
少しだけ、空気が変わっている。
完全じゃない。
でも、揺れている。
(効いてる)
小さく息を吐く。
初めてだった。
相手に影響を与えた感覚。
やられるだけじゃない。
少しだけ。
本当に少しだけ。
流れを動かせた。
スマホを握りしめる。
まだ足りない。
でも、見えた。
崩せる。
完璧じゃない。
だから。
(次は、こっちが仕掛ける)
静かに、そう決めた。




