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006:意欲は「食欲」よりも勝るらしい




「――この衣裳、やはり丈が合ってないようだ。形が変わってしまったら申し訳ない。」


 女はシャツの袖をもう片方の指で摘まみながらそう言った。あしらわれたボタンが机にぶつかり、パチンと音をたてる。


 女の肩車で五十分ほどで、僕は例の『賽の河原』から自宅へ帰還することができた。


 未だに得体のしれない不審者を家に招くのはいくらか不本意であったが、奇々怪々たるこの状況を打破する短刀を打つためには、情報という鋳型を整える時間が必要だと考えての判断だ。


「別に大丈夫だよ。あまりにも動きにくかったら言って」


 電子レンジから湯気とお好み焼きを取り出し、僕は彼女に返事をした。


 家に到着してからすぐ、トイレや風呂などの最低限の設備の使い方をある程度説明し、まず女にはシャワーを浴びてもらった。

 街に出るたびにあの肩車を経験するのはあまりにも不快なため、これからは人目を気にせず行動できるように、彼女には鎧を脱いでもらい、その代わりに、僕の所有する服の中でも多少マシなものをセレクトして「これ着れる?」と彼女に手渡した。


「少々落ち着かないが、問題ない」


 女は首をぐるりと回して襟元を一瞥し、何度も姿勢を変えながら同意を口にした。


 女性ものの衣類の方が適切だったのかもしれないが、母の洋服棚を勝手に漁るのは気が引けたし、なにより彼女は僕よりも少し大柄であるから、サイズを考えてもこれが現実的な妥協案だろう。


「こ、こんなに頂いてもよいのか? 私は騎士とはいえど、人から敬われるほど地位は高くないのだぞ」


 食卓にならんだ数皿の料理を眺めて、女は困惑の笑みを浮かべた。


「いや、豪華って程でもないけど。たこ焼きも冷凍のやつだし、唐揚げも⋯⋯」


 女は躊躇いの表情を何度も浮かべたが、数回のやり取りの後に「それじゃあ、本当にいただくぞ?」と言って僕との問答から降りた。


 さっそく割り箸を鞘から取り出し、形状を目視してから食事の構えに入った女は、たこ焼きのつむじに一閃の突きを繰り出す。

 僕は食べ物に対する説明を中断し、フォークをカトラリーシェルフから緊急招集した。


「――この『からあげ』とやらは美味だな! にふぉんではこのようにして客人をもてなすのか⋯⋯」

「うーん、別に客人用の料理とかじゃないかなぁ⋯⋯ あと、それは『たこ焼き』ね。『タコ』が入ってるから」


 「タコとはあのタコか?」と驚きを乗せてリアクションする彼女に、「アレルギーとか苦手なものとか予め確認すべきだったかな」と反省の念が少し湧き立った。


 彼女のテリトリーから割り箸を救出し、パキッとそれを二つに割ってから、僕もたこ焼きを口へ運んだ。

 唐揚げからお好み焼きからと次々に食べ物を頬張っていく彼女を観察していると、胸の奥からくしゃみが飛び出した。


「ああ、ごめん⋯⋯」


 ティッシュのアホ毛を摘み、横を向きながら小さく鼻を咬む。

 女は「大丈夫か?」と後ろめたそうな具合で微かに呟いた。


「つい食事に気を取られていたが⋯⋯ 先に謝罪と感謝を伝えておくべきだったな」


 女はフォークをそっとおき、食卓の上で深く頭を下げる。


「ササキサンのことも、探知魔法のことも、勘違いとはいえ命を狙ってしまったことも、はやとちり⋯⋯ というか、なんというか。とにかく、いろいろ迷惑をかけてしまって申し訳なかった」


 女の黒髪が天板の上でうねり、照明の光を複雑に反射している。そう言えば、彼女にドライヤーの使い方を教えていなかった。


「緊急時こそ、焦らず着々と課題を解決していくことが重要だとは分かっていたのだが⋯⋯ その、訳の分からぬことが多すぎて、それと、みんなを戦地に残して私だけこのような場所で時間を潰しているのが、不安で⋯⋯ 非合理な行動を取ってしまった。本当にすまない」


 彼女が何者かは未だに判明していないが、これが悪い夢でなければ、彼女という人物が自らの認識の中で錯乱状態にあったことは正しいのだろう。


 かくいう僕も錯覚に陥ったと信じ込み、平静を完全に失っていた。今でも意識がハッキリしない。

 彼女の立場で考えれば、正常に会話を行い、自らの非をメタ的に認識できるまでの精神状態まで回復している現状は、充分過ぎるほどなのだろうと身をもって感じる。


「それと―― こんなに粗相を重ねた私に対して、食事のみならず寝床も用意してくれて⋯⋯ そちらには私を助ける義理など元から存在しなかったはずだし、私がそれを叩き切っていった訳なのだから⋯⋯ この恩は返しても返しきれぬ。心から感謝している。ありがとう」

「ああ、うん⋯⋯ あの⋯⋯」


 女は頭の高度をもう一段低くしたのち、ゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳に、僕の瞳が写り込む。


「まだ、名前を訊けていなかったよな? 名は何と言うのだ?」

「僕は『ソウ』です。それよりあの⋯⋯」


 僕の返信の終着を待たずに、彼女は矢継ぎ早に言葉を繋げた。


「ソウ。改めて感謝する。このアクスティア、ここを出る前に少しでも恩返しをしたいのだが、私にできることは――」

「それより、あの!」


 僕の強烈なカットインに女の言葉が停止する。僕は困惑する彼女から静かに目線を反らし、神妙な面持ちで口を開いた。


「――ソース、ついてる。髪に」




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