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013:真実は「二度あること」よりも三度あるらしい




 オノさんの真っ黒な瞳は、僕の内臓や影までも焼き焦がすように揺れている。


「そういうあなたこそ、目的は何なのですか。単なる興味や知的好奇心の類なら、これ以上話すことはありません」


 受け身の姿勢から一転して、オノさんは攻勢の面に一筆を落とした。


 「彼女をどうしたい」とか「自分がこの立場で何をしたい」とか、オノさんのような正当な動機が僕にはない。だから、言い返せなかった。腹に根を張るこの不快感を、言葉として鋳造できなかった。


「今でも捜査が続いているのは、彼女に未成年の可能性があるからです。手掛かりも増えず、事件性も証明されなければ、そこで警察側からの手助けは終わりです。それ以上どうしようもないですからね」


 オノさんは視界に暗幕を敷くように、強引に話の流れを変えてくる。


 単に「過去の経験から彼女を助けたい」と思っているだけではないのだろう。オノさんから溢れ出る不信感が確信に変わり、レンズの外側で結露している。


 だとして、彼女をここまで突き動かしている理由の正体とは、一体何なのだろうか。

 目的のために僕を利用するのなら、僕にはある程度の信頼感を抱いておいて欲しいはずだ。僕に不信感を与えるデメリットよりも、僕に真意を開示するときのそれの方が大きいことと考えるなら⋯⋯


 回転する思考の作動音に搔き消され、オノさんの声を聞き逃してしまいそうになる。僕は違和感の吐き気を一旦飲み込み、改めて聞く姿勢を正した。


「強いストレスなどの心的外傷により、自らの過去の記憶を失い普段の生活環境を離れてしまう『解離性とん走』、それに伴った『妄想性障害』。数日のうちに、彼女の状態にも病名がつきます。そうして、病院による継続的な治療と、行政の手厚い支援を受けながら、彼女の第二の人生が始まるのです」


 オノさんは僕が言葉を差し込む隙を与えないようにしながら、さらに話を続けた。


「警察だって、病院だって、あなたと同じように『不思議』だと思っていますよ。彼女のことを。でも、証明のしようがないのです。人類が経験しているのは、おそらくこれで三件目です。立証するのにはデータが足りない。条件が判らないから、実験もできない。無論、反証だってできないでしょうが、論理も母数も持たない経験則はただの暴論ですから」


 理解できるような、できないような言葉の群れがオノさんから放たれる。オノさんは僕の訝し気な表情を気にも留めない。


「彼女は『助かった』のでしょうね。社会的に見れば⋯⋯ ですが、私には解ります。『普通』が共有できないことの苦しさ。手助けを受けながらも、疎外感を感じながら生きることの虚しさ。そして、名前を呼ばれるたびに誰かを欺いているような、そんな孤独。抗うものが正義だと気づいたとき、誰しも理由もなく『悪者』になるのです。彼女にとっての真実が、本当に『真実』だったとしても」


「――『真実』? どういう⋯⋯」


「『信じられないものは信じられない』。そう言うことです。寧ろ、あなたはその方がいい。――あなただって、こうして二日も彼女のために病院へ足を運んだのですから、単なる『興味』や『知的好奇心』だけが目的なのでは無いのでしょう? ただ、事情か何かが邪魔をしてそれを言葉にできないだけだ。であれば、私の目的や理由が複合的で、それを隠さなくてはならないことも、判っていただけるはずです」


 言いたいことも、訊きたいことも沢山ある。でも、オノさんは綻びだらけのマフラーを何重にも巻くことで、僕の反発を防ごうとしている。

 オノさんは深く息を吸い込んで、長台詞に疲弊した循環器系を整えるような仕草を見せた。カウンターに飾られた半透明の花瓶に陽光が屈折し、周期的に卓上の紙面を照らしている。


「今日はもう終わりにしましょう。受付カウンターも閉じますから。『それ』すらも飲み込んでいただけるなら、明日もここに――」


 オノさんは足早に『蛍の光』を口ずさむ。同時に、僕の瞳に花瓶の光が届いた。


「あなたに唆されずとも、来ますよ⋯⋯」


 オノさんへの懐疑心の発露なのか、自然と声が漏れてしまった。オノさんが微かに驚きの表情を作ったのを認識した僕は、だんだんとバツが悪くなってきて、急いで目線をソファの方へ逸らした。


「そう⋯⋯ ですか。それは、ありがたいです。念のために、連絡先も渡しておきますね」


 ケロっと態度を変えたオノさんはポケットからメモ帳を取り出し、胸元のペンで電話番号を書き始めた。

 オノさんの行動心理が読めず混乱していた僕は、「今日は冷静さを欠いた発言が多かったように自省しています。私たちは協力すべきなのに、申し訳ないです」と言いながらゆっくり文字を書くオノさんの言葉を黙って聞いていることしかできなかった。


「病院の診療時間外に困ったことがあれば、この番号に連絡してください」


 僕にメモを手渡したオノさんは、胸ポケットにペンを差し直そうとして、ペンを床にポトリと落とした。


「ああ、はい。あ、ありがとうございます。あと、えーっと」

「遠慮しないでください。目的は異なるかもしれませんが、故意にあなたを貶めるようなことはしません」


 立ち上がったオノさんの胸元から、再びペンが落ちる。


「あの!」


 僕の声に反応したオノさんが、しゃがみながら顔を上げる。


「これって、『6』ですか? だとしたら、丸の向きが全部逆なんですけど⋯⋯」




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