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010:目論見は「母の愛」よりも甘いらしい




『保護した女性のこと。大丈夫? 送ってくれた警察の人からのお話、読んだよ。今すぐのことは叔父さんに手伝ってもらってるのね? こっちはいつでも帰れるから、もしものことがあったら連絡して』


『ありがとう。僕は全然大丈夫だよ。病院でも念のためで検査受けたし。母さんたちにわざわざ帰国してもらうようなことじゃないから』


 母の不安が文面から伝わってくる。歯ブラシを持っていない右手でスマホを操り、僕は端的にメッセージを返した。

 母が心配するのも、今の状況を考えればごく当然のように思う。



 昨日の朝、僕は彼女と一緒に近くの交番を訪れた。


 交番では二人の警察官が、僕たちの事情を優しく聞いてくれた。

 最初は順調に感じた。もっと怪しまれたり、訝しまれたりするのか想定していたからだ。

 

 だが、凪げる海の風向きはすぐに変わった。彼女の出自についての質問が始まってからのことだった。

 

 彼女が家族について、『幼いころに村が敵襲に見舞われ、そのときに家族は人間に皆殺しにされた』と証言したのだ。

 突然の証言に、彼女以外の全員が一瞬にして固まった。警察官は互いに耳打ちを始め、一人は離席して電話をとった。

 そのときの凍てつく空気感は、今でも鮮明に覚えている。勿論、彼女の家族の生死については僕も初耳のエピソードだった。


 それから数十分、彼女と警察官の問答が続いたあと、僕たちは「重大事件への関与、または加害性を伴う重篤な記憶障害」の可能性があるとして、警察署へ転送された。

 隠したつもりは無かったが、良くないタイミングで例の剣が発見されたことや、その剣が押収されることに彼女が抵抗の素振りを見せたことも、話がややこしくなった原因だと思う。


 警察署に到着してからは、彼女と別室で警察の人から『事情聴取?』的なものを受けた。

 パーテーションで区切られた会議室のような見た目の薄暗い部屋に、署の警察官が二人とパイプ椅子の上の僕。

 裏山で彼女を見つけたこと、錯覚かもしれないと混乱したこと、彼女を家に泊めたことなど、ここまでの経緯を頭から警察官に伝えた。

 ことの重大さが一人では把握しきれないほどになるとは予測していなかったから、過剰な緊張で頭の要領が収縮し、逆に落ち着いた受け答えができていた気がする。


 その後、一通りの聴取を終えた僕は、アクスティアとともに大学病院に運ばれた。


 同時に、アメリカ旅行中の母と父の元に警察から連絡がいった。僕は未成年であるため、何事をするにも保護者への確認が必要だったからだそうだ。

 即日の帰国が不可能な両親は、安全が確認されるまでの代理人として、叔父のキリトシさんを僕の元へ遣わせてくれた。


 僕への検査は「念のため」ということだったが、警察の説明とは裏腹に本格的だった。問診からMRIまで徹底的に行い、深夜近くまで検査が続いた。

結果、僕の体には異常が確認されず、そのまま帰宅の指示を受けるのだが、検査が長すぎて「関係ない病気とか見つかったのか?」と内心ビクビクしていたことを覚えている。



「あっちは大丈夫なのかな⋯⋯」


 顔に触れた水は、手に張ったそれよりずっと冷たく感じる。それと同時に、昨日病院ですれ違ったときの青ざめた彼女の顔が頭を過った。

 あの表情からして、彼女の正体は判明したのだろうか。


 朝からずっと肺に流れていた堅苦しい空気を吐き出したくて、「検査どうだった?」とか軽く雑談を投げかけようと思ったが、警察関係者と思われる数人が彼女の周りを厳重に囲っていて、とても話しかけられる雰囲気では無かった。


 彼女が現状どうなっているのか、僕はその末端すら知らない。

 検査の終わりに鎧を回収しに来た警察官に尋ねてみたが、「これからの捜査に関わるので教えられません」と素朴に断られてしまった。警察とのやりとりを代わりにしてくれているキリトシ叔父さんも、彼女についての情報は一切聞いていないと言う。


『今日、服をとりに病院いくんだろ? 送ってくか?』


 フェイスタオルから顔を離すと、スマホの画面に半透明の暖簾が落ちたのが判った。


『大丈夫です。バスで行くので』


 スマホに手を伸ばして返事の文言を送信すると、キリトシ叔父さんから謎のスタンプが返ってくる。コアラとトカゲを足して半分にしたようなデザインのキャラクターが、スパナを天に掲げているスタンプだ。『了解』とかそんな意味だろうか。


「バスの時間まであと十五分⋯⋯」


 無駄な考え事をしていると、時間は空気が抜けたみたいにあっという間に減っていってしまう。

 今日は彼女に貸していた服を回収しに、病院を訪れなければならない。


 僕は鏡を一瞥してから、手元のスマホを手提げに押し込んだ。



「えーっと⋯⋯ 昨日、保護の件で来たものなんですが⋯⋯ 服を返してもらうので来てて」


 状況の複雑性も相まって、酷くたどたどしい文章が口から紡ぎだされた。

 大学病院のナースステーション。昨日の終わりに説明を受けた場所に、僕は院内マップと睨めっこしながら辿り着いた。


「ああ! はい、こちらでお預かりしていますので、少々お待ちください」


 僕の散らかった説明など物ともせず、カウンターで対応してくれた看護師さんは、言葉に沈んだ意図を明快に一本釣りしてくれた。


「こちらでお間違いないですか?」


 上等な紙袋から一つずつ丁寧に服を取り出して、看護師さんは僕に確認を促した。僕は「間違いないです」と簡単に答えて、そのまま紙袋を受け取った。


 僕のToDoリストにチェックが入る。病院ですべきことは、もう終わりだ。

しかし、僕の片耳に巣を食った何かは、不必要なまでに発言を急かす。


「――あの! アクスティア⋯⋯ 僕が発見した女性は、どうなったんですか?」


 僕は業務に戻ろうとする看護師さんを強張りきった声で呼び止めた。


「ええと、病室で安静にされていると思いますが⋯⋯ どうされました?」


 足を止めた看護師さんは微かに困惑の表情を浮かべている。


「あの、ちょっと気になって。ど、どうなったのかなって」


 自然を装いつつも彼女の状態に詮索を入れる上手い方法が思いつかず、不自然さで言えば四十点くらいのセリフが放たれた。


「申し訳ありませんが、患者さんの個人情報ですし、何より現在は警察の保護下にありますので、それはお伝えできかねます」


「――そう、ですよね」


 ちょっと考えれば、当たり前のことだった。看護師さんの返事は端的で、これ以上問答を差し込む余地もない。

 それに、僕は『第一発見者』という肩書きで彼女と接しているだけであり、これ以上事件に関与する正当な事情など、全く携えていない立場なのだ。


「ありがとうございました」


 僕は看護師さんに頭を下げた。



 ナースステーションを離れた後、僕は住宅地に迷い込んだ哀れな猿を装いながら、病室の連なる第二病棟へと歩みを進めた。


 剣の入手方法、彼女の正体、そして何より気味の悪い『イェクフェ』の謎。多分そういった知的好奇心が、僕を「禁足地」へと導いたのだろう。


 廃墟巡りを敢行する心霊系配信者の動機に初めて共感を寄せつつも、僕の心臓に滾る緊張は、曲がり角に差し掛かるごとに増大していた。

 傍から見たら万引き犯のような歩様になっているのだろうが、迷い犬を演じているのだとしたら、寧ろそっちの方がリアリティがあるのかもしれない。


 そんなイメージのパースを脳内で採りながら、僕は記憶を頼りに彼女の病室を探していた。


「――そこのあなた! 患者さんじゃないですよね? ここは、関係者以外立ち入り禁止なのですが」




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