第82話 アモンの徳
「さて、仁の少年。いや、サトリヌス家の皇子と呼んだ方が良いかな。」
グラトスは皮肉めいた笑い声をあげた。
「僕はサトリだ。それ以外の何者でもない。」
サトリは怒気をにじませて言い放った。
「そうか、では、サトリ。お前が悪人を許したとしよう。だがその悪人が、懲りもせずまた誰かを傷つけたら? 殺されるべき者を生かし、死ぬべき者を救ったことで――さらなる悲劇を招いたらどうする?」
グラトスの声が、大広間の高い天井に反響する。
「……それでも、僕は救いたい。たとえ裏切られても、たとえ間違っていたとしても……その時はまた、償えばいい。人は過ちを犯す。でも、だからこそ信じたい。もう一度、手を伸ばすこと。それが、僕の“仁”だ!」
サトリの叫びが、大広間に響き渡った。
グラトスはわずかに目を細め、冷笑を薄めた。
「さすがは皇家の末裔。その意気やよしとしよう。」
そして彼はサトリから視線をそらし、アモンを見つめる。
「さて、最後は我が息子アモンだ。……お前、自分の徳が何か知っているか?」
「知るかい、そんなの。どうでもいいさ。おいらは、みんなの徳の力を呼び出して助けられる。それで十分だろ?」
「アモン、あなたの徳は礼よ。」
これまで静かに見守っていたニンフが、穏やかに口を開いた。
「仁や義のような徳も、それが形になって現れなければ、伝わらない。――その形を示すのが礼なの。」
「多くの人が、礼儀作法だけだと思っているけれど……本当はもっと深い意味があるの。」
その言葉に、仲間たちは一斉に悟った。
――アモンのふるまい、仲間の徳をつなぐ力、そして宝具が顕現しなかった理由。
それら全てが一本の線としてつながり、意味を持ち始めたのだ。
「アモン……」「アモン……」「アモン……」「アモン……」
仲間たちは、ただその名を呼ぶしかなかった。アモンは照れくさそうに笑った。
するとグラトスが、ゆっくりと、しかし冷ややかに言葉を吐いた。
「なるほど。礼とは、徳を外に示すための“作法”か……。だがそれなら、心のない者がそれを装えば、それだけで立派に見えるということにもなる。」
「嘘の敬意、嘘の謙虚、嘘の誠実……人は礼を使って、どれほどの偽善を重ねてきたか。悪人がもっともらしい態度で人を欺くとき、その仮面になるのが礼だ。――礼こそ、欺瞞の道具ではないのか?」
アモンは俯き、唇を噛んだ。だが、やがて顔を上げ、真っ直ぐにグラトスを見返す。
「……そうかもしれない。礼は、うわべだけでもそれっぽく見える。おいらだって、誰かのマネをして、それっぽく振る舞ったこと、あるよ。」
「でもさ――だからって、やめる理由にはならない!」
アモンは拳を握りしめ、叫ぶ。
「人の心なんて、他人には見えない。だからこそ、“形”にしないと伝わらないんだ! ありがとうとか、ごめんなさいとか、君のことが大事だよとか……そういうのって、思ってるだけじゃ、届かない!」
「“礼”は、心をつなぐための橋なんだ。たとえ最初は形だけでも、たとえ港町の悪童流でも、繰り返していけば、本当の心に近づける!」
アモンは仲間たちを振り返り、声を張り上げた。
「ねぇ、みんな、そうだよね!」
「そうだ!」
全員が、声をそろえて応えた。
※仁:やさしさと思いやりをもって人に接すること。
※礼:あいさつやマナーで相手を大事にすること/心のうちを形にすること。




