第83話 善と悪
仲間たちが団結する様子を、グラトスは鼻で笑った。
「――ふん、愚かなことだ。太古の昔から、人間は同じことを繰り返す。聞き飽きた。」
その口ぶりに、仲間たちは一瞬、言葉を失った。
「ニンフが語ったように、人間が神の似姿として創られたのならば、その“性”が善であるのは自明だ。――だがな」
グラトスは、うんざりしたように手をひらひらと振った。
「その善の具体とは何だ? 人徳か? 仁義礼智忠信孝悌? そんなものを、努力して後天的に学ぶというのなら――つまり、お前たちは善を装っているに過ぎんということだ」
「欲望を悪とする愚かしさよ。飢え、渇き、欲望――それがあるからこそ人は前へ進む。満たされぬから、求める。欲するからこそ、変わろうとする。進もうとする。それの、どこが悪だ?」
そして、グラトスは静かに、だが誇り高く言い放つ。
「我は“悪”を誇る。なぜなら、我が中に偽りは一片もない。欲望を偽らず、怒りを抑えず、野心を隠さず――それが、我が真の姿だ」
「徳を学べ? 修養せよ? そんな不自然なことをするから、かえって“善”がゆがむのだ」
「……もういい。ニンフ、お前が禁を破ってまで呼び寄せた人間どもは、我に失望しか与えなかったな」
ゆったりと玉座から立ち上がるグラトス。その黒衣が、まるで闇そのもののように揺れる。
「誰かが“悪”であらねば、お前たちの“善”は輝けぬ。ならば――我が悪であってやろう。お前たちの理想とやらを、徹底的に試してやるためにな!」
その手にした長杖の先端、黒曜石の珠が妖しく光を放つ。
「グラトス!! やめて! 彼らを呼んだのは私。罰するなら、私を!」
ニンフが身を投げ出すように叫ぶ。
「また、それか。アモンに干渉した罪で無力となったお前から、今度は何を奪えという?」
「――私の命を!」
ニンフは懇願するように叫んだ。だがグラトスの眼差しは冷ややかだった。
「お前の処分は、こやつらを始末した後だ。引っ込んでいろ」
その瞬間、グラトスは長杖を振り上げた。空間が裂け、魔の気が奔流のごとく吹き荒れる。
――闇が、吠えた。




