第81話 闇との問答
「ではまず――義の少女よ。」
玉座の闇から響くグラトスの声が、リーナに突き刺さる。
「義とは、正しさを貫くという意味だな? ならば問おう。
仲間や家族であっても、悪を成せば裁くのか?
もし、正しさのためにその手で仲間を斬らねばならぬ時が来たら――
お前は迷わず剣を振るえるのか?」
リーナはわずかに眉をひそめ、だがすぐに顔を上げて睨み返した。
「……かつての私なら、即座に斬る、と答えたでしょう。でも、今は違う。」
胸に手を当て、静かに語る。
「私の“義”は、人を裁くためのものじゃない。人を守るためのものよ。
たとえ仲間が、家族が、道を踏み外しそうになっても――私は剣ではなく、言葉で立ち向かう。信じて、ぶつかって、それでも届かなかったら……
その時こそ、私の“義”が試される。」
彼女の目が、かすかに潤む。
「正しさに殉じるんじゃない。私は、正しさを探し続ける人間でいたいの。」
沈黙のあと、グラトスは唇の端をわずかに持ち上げた。
「……その時にならねば分からぬ、というわけか。良いだろう。」
彼は次に視線を移した。
「では次。忠の騎士――お前だ。」
ミセルは無言で剣を抜き、顔の前に掲げた。それは騎士の誓約の構え。
「お前は忠義の名のもとに、数多の部下を死なせたな。
その忠義は、本当に正しかったのか? もし王が狂えば、それでも従うのか?
忠とは思考を放棄し、命令に従うことだとすれば――それは奴隷の徳ではないか?」
ミセルはしばらく口を閉ざしていたが、やがて低く、確かな声で答えた。
「……あの時のことは、今でも忘れていない。
偽りの命令に従い、多くの部下を死なせた。私の“忠”は、お前の策略に利用されたのだ。」
目を閉じ、一呼吸おく。
「だからこそ、私は盲目的な忠を捨てた。
だが――仲間のために、守る者のために、自らの意思で剣を振るう忠なら、私は胸を張って掲げよう。」
剣先がグラトスを真っ直ぐに指した。
「忠とは命令に従うことではない。誰のために生きるか、を選び抜く意志――それが、私の”忠”だ。」
「……強きかな、騎士よ。」
グラトスはわずかに口元を歪めて笑った。そして、今度はローレンに目を向ける。
「では、次。信の行商人。」
「お前は”信じる”ことを徳とするようだが……裏切られてもなお信じ続けるのか?
信とは美徳ではなく、愚かさであり、利用され搾取される隙だ。
信とは、自分の判断を他人に預ける行為――違うか?」
ローレンの喉が一度鳴った。緊張で心臓の鼓動がうるさく聞こえる。
だが、彼はいつもの調子で、口角を上げて答えた。
「そりゃあ、何度も騙されたさ。損もした。痛い目も見た。……でもな。」
胸元を軽く叩き、仲間たちに視線を送る。
「信じなきゃ、何も始まらないんだよ。商売も、旅も、友情も、恋もさ。」
声に力がこもってくる。
「信じるってのは、見返りを求める行為じゃない。
俺は人を信じて、この旅で一生の宝物を見つけた。だからさ――」
きっぱりと言い切る。
「“信”は賭けじゃない。俺の覚悟なんだ。」
グラトスは、にやにやと笑みを深めた。
傍らで、ニンフが静かに目を細める――仲間たちを誇らしげに見るその瞳には、微かな光が宿っていた。
※義:正しいことを選んで行う勇気をもつこと。
※忠:うそをつかず、約束や役目を最後まで守ること。
※信:相手を信じ、自分も信じてもらえるように正直でいること。




