第74話 忘八者
リーナは、サトリやアモンとともに戦場の屍を整理していた。
ひとつの死体を、リーナが足を、サトリが上体を持ち上げて運ぼうとした、そのとき――
「きゃああっ!」
突如、死体の下から何かが飛び出した。
永遠に動かないはずの屍の山。その中から這い出たのは、泥にまみれた一人の男だった。男は尖った耳を持ちエルフのようだった。
顔には泥がこびりつき、鎧も脱げ落ち、どこからどう見ても敗走兵の末路だった。
男は一目散に逃げ出そうとしたが、サトリが矢をつがえ警告の声を放つと、身をこわばらせてその場に立ち尽くした。
間もなくミセルとローレンも駆け付ける。
「待ってくれ! 俺はただの傭兵だ。ヴァルザークにこき使われていただけで、闇のモノじゃねぇ!」
両手を挙げて命乞いをする男に、ローレンが冷たく問う。
「ここで一晩も死体に紛れていたのか?」
「そ、そうさ! 俺には剣なんて無理だ。……頼む、殺さないでくれ」
リーナは小声で囁いた。「なんて汚らしい根性なの。忘八者とはこの事ね」
ミセルの目が鋭く光る。剣の柄に手を添え、低く問いかけた。
「名を名乗れ」
「な、名前? ……ダリオ……ダリオだ!」
ローレンが嘲笑を浮かべた。
「その震え声に、泳ぐ目。まるで村祭りの芝居だな」
「では“ダリオ”、エクという男を知っているか?」
ミセルの問いに男はすぐに反応した。
「ああ、知ってるさ。一緒に飯炊きやってた。ずいぶん前にいなくなったが……」
ミセルは黙って空を見上げた。不思議とその横顔には落胆も怒りもなかった。
そんな空気を察したのか、男はふてぶてしく口を開く。
「なあ、俺を仲間にしてくれないか? 城の抜け道や、グラトスの弱点も知ってる。報酬なんていらねぇよ」
一同が顔を見合わせる中、ミセルがゆっくりとうなずいた。
「いいだろう。ではまず――我々の“神聖な作業”を、手伝ってもらおうか」
「おう!」
男が背を向けた瞬間、ミセルの剣が風を裂いた。背中の上着が裂け、むき出しになった肌に、一本の深い袈裟傷が浮かび上がる。
「その傷……どこで負った?」
「え? ああ、それは……その……南の海で、海賊やってたときに……」
「くだらん嘘を」
ミセルは怒気を込めて言い放つ。
「その傷は私がつけた。貴様、裏切者のエクだな!」
※忘八者:人として守るべき八つの道徳を忘れた、冷酷非情な人




